#33 『真実』の龍①


 がたん、がたん、ごとん――。


 身体を上下に揺さぶる感覚に、アルバスは意識を覚醒させる。


「うぅ……」


 揺れの感覚から、どうやらここは荷馬車の上である事が分かる。


 しかし、身体が重い。頭が痛い。

 風邪に掛かった時や、筋肉痛、もしくは二日酔いで寝込んだ日。それらが全て一緒になって襲い掛かって来たみたいな、気持ちの悪い感覚。

 そんな感覚にもう一度意識を失いかけるが、それも一瞬の事。

 アルバスはすぐに意識を失う前の状況を思い出す。


 あの時、黒い島での戦い。

 魔王を倒したはずが、蘇り、そして――、


(そうだ、エルは――)


 がばっと身体を起こし、大切な仲間の姿を探す。

 幸い、それはすぐに見つかった。


 自身の隣ですうすうと浅い寝息を立てている、黒髪の魔女の姿が目に入った。

 アルバスはその可愛らしい寝息に一瞬は安堵するも、“それ”が視界に入ると、すぐに表情を硬くした。


 彼女の肩口から頬にかけて、その白く綺麗な肌には亀裂が走り、その亀裂――即ち傷口を結晶が埋めて補う事で、一命を取り留めていた。

 白い肌にきらきらとした結晶の筋が走る、なんとも痛ましい姿。


 さらさらとした長い黒髪を手櫛で梳けば、「んぅ」と小さく声を洩らすも、目を覚ます事は無い。

 アルバスは胸の奥が、ずきりと痛むのを感じる。


 もっと強ければ、油断しなければ、もっと、もっと――。

 後悔を募らせるも、全ては後の祭りだ。


 そうやっていると、知らない年老いた男の声。

 馭者の隣に座っていたその男は、後方の荷台に寝かされていたアルバスたちの方へと向き直る。


「やあ、勇者様。目が覚めましたか」

 

 白を基調とした整った装束、金や宝石をあしらった豪奢な装飾品。

 一目で金持ちだと分かる、そんな出で立ちの男。


「あんたが、助けてくれたのか」


「ええ。我々は“龍の商会”――しがない商人でございますよ。丁度次の村へと向かう道中、道端に転がっていたお二人を、危うく馬車で轢きかけましてね。いやはや、危ない所でしたな」


「そりゃ悪かったな。ちょいとヘマしちまって――って、ちょっと待て。どうして俺が勇者だと?」


 まだ自己紹介はしていないはずなのに、とアルバスは疑問に思う。

 どこかで会った事が有るだろうか。それとも、顔を知られていただろうか。


「さあ。どうしてでしょうな」


 しかし、男はくつくつと笑うだけで、アルバスの問いに答える気は無いらしい。

 

「――ほら、もうすぐ村に着きますよ。休まれて行くとよろしい。お連れの魔女様の、傷を癒す必要が有りましょう」


 そう言って、商人の男は顎で馬車の外の景色を指す。


「あれは――」


 その先には、男の目的地であろう、村が見えた。

 そして、その村をアルバスは知っていた。知り過ぎる程に、よく知っていた。


 そこは、アルバスの育った、名も無き故郷の村だった。

 咄嗟に使った滅茶苦茶な『転移』で跳んだ先が故郷の村だなんて、どういう因果だろうか。

 しかし、助かった。ここなら、エルを休ませ、治療する事も出来るだろう。

 


 村へと辿り着くと、アルバスはまだ意識の戻らないエルを抱き抱えて、荷馬車を降りる。

 すると、すぐ背後から聞こえるはずなのに、まるでどこか遠くから聞こえるかの様に、


「それでは勇者様、またどこかで――」


 と、商人の男の声が聞こえた。

 振り向くと、そこには荷馬車も無く、商人も居なかった。

 まるで夢か幻でも見ていたのだろうか。――そんな非現実感に襲われる。

 

 しかし、今はそんな事に構っている暇ではない。商人がどこへ行こうと、どうでもいい事だ。

 一刻も早く、エルの治療をしてやりたい。


 腕の中で眠る黒髪の魔女に目をやれば、穏やかな寝息が肌を掠める。


(――良かった、エルは無事だ。生きている。また、仲間を失わずに済んだ)


 改めて、大切な仲間の無事を確認する。

 直接肌で感じる、生きた人間の温かさ。それがアルバスの心を救ってくれる。

 死神に戻るのは、もうごめんだ。


 

 ――村へと歩を進め、自分の育った家を目指す。

 

 村の様子は昔と何も変わっていない。それでも、懐かしむ様な感傷的な気分にはなれなかった。

 どんな顔をしてじいさんに会えば良いのか、分からなかった。

 今更帰って来て、「結局魔王を倒せず、のこのこ敗走してきました」だなんて言えば、拳骨の一つでも飛んできそうだ。


 アルバスがじいさんと二人で暮らした家は、村の奥にある。

 もう少し歩けば着くだろうか、そんな頃。


「――兄さま!?」


 背後からかけられた少女の声。

 その声には、聞き覚えがあった。


「リーンか」


 アルバスがこの村で暮らしていた頃、やけに懐いていた妹分の様な女の子、リーン・アズールだ。

 短くまとめられた金髪と、瑠璃色の瞳が印象的な、快活さの感じられる女の子。

 最後に有ってから何年経っただろうか。記憶の中の彼女よりも成長していて、背も伸びている。


「兄さま、いつの間に帰って来てたのですか!? というか、その女性は、一体……」


 リーンは金色の髪を揺らしながらアルバスの元へと駆け寄り、そしてすぐに目に入った腕に抱かれた黒髪の女性に驚いた。


「説明は後でしてやる。怪我人なんだ、取り敢えず、家まで運びたい」


「分かりました。でも、兄さま――」


 何かを言いかけたリーンだったが、そのまま口を噤む。

 アルバスも一々問いただしている余裕も無いので、そのまま家へと向かった。

 しかし、リーンが何を言いかけていたのか、それはすぐに分かる事となる。

 

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