#31 『汚れ』の魔王➂
『霧』の結界を『相殺』して破壊。
『迷い』の結界を『転移』で飛び越えて突破。
そして、勇者一行は黒い島の、禍々しく闇色の大地へと降り立った。
『転移』の波が収まれば、ごつごつとした歩き辛い足元の感触が伝わって来る。
まるで溶岩が固まったみたいな、黒光りする大地。不思議な島だ。
「ねえ、ちょっと、アル? 急に飛び出さないでよ」
「悪い悪い。しかしこれが『転移』の魔法か、すげえな」
アルバスは新体験の魔法に感心した様で、どこか楽し気だ。
「あのねえ……。わたしがちゃんと魔法を使わなかったら、どうするつもりだったのよ?」
「うん? そんな心配はしてなかったが……」
エルは唇を尖らせて抗議するが、アルバス特段それに取り合う気も無い。
信用されているのか、適当なだけなのか。
エルはそんなアルバスをじとっと睨みつけて引き続き抗議の意を示すが、改めて自分の今の状況を思い出す。
「……ねえ、そろそろ降ろしてくれてもいいのよ?」
船から飛び降りた時のまま、エルはアルバスにお姫様抱っこの形で抱き抱えられたままだった。
アルバスはそんなエルの主張に対して、何故かエルの瞳を見つめたまま、数秒硬直していた。
「な、なに……?」
「いんや、何でもねえ」
アルバスは「よっと」とエルの身体を降ろし、数歩前へ歩く。
そして、うんと一つ伸びをしてから、ゆっくりとエルの方へと振り返る。
「――なあ、エル」
「なあに?」
「この戦いが終わったらよ、話が有るんだ」
「それは――」
「だから、勝って帰るぞ」
アルバスは特にエルの返事を待つことも無く、言いたい事だけを言ってから、すたすたと島の中央部――つまり魔王城へと、歩を進めて行った。
エルも「仕方ないなあ」と言ったような小さな溜息と微笑みを溢し、やや早歩きでその背中を追いかけて、傍に寄る。
魔王城までの道中は階段とも呼べない様な岩の段差だが、少し登ればすぐに目的の城へは辿り着けるだろう。
しかし、そう一筋縄では行かない。
「早速、歓迎されてるみてえだな……」
「何呑気な事言ってるのよ」
気づけば、アルバスたちを囲うように、岩と岩の間、僅かな隙間から、あの黒い泥――“汚れ”がぐちゅぐちゅと耳障りな音を立てながら、湧き出していた。
「――はぁっ!」
先制攻撃。
エルは『結晶』の矢を作り出し、黒い泥を射抜く。
しかし、その一撃によって僅かに減らしたその泥も、すぐにまたそれ以上の量が湧き出て来て切りが無い。
エルの一撃もどこ吹く風。
そして、次第にその黒い泥は寄り集まって行き、一つの形を成す。
その姿はを形容するならば、まさに“異形”。
「ぎょ、ぎょおおう――」
「なんだ、こいつは……」
寄り集まった黒い泥は生物の形の様を形成。まるで人の形の様だ。
タール状の泥が形作る、黒光りするぶよぶよとした肉塊。
その肉塊から四本の腕の様な触手を生やし、その内の二本は足の様に自立して、もう二本は腕の様にゆらゆらと揺らす。
ぎょろりと動く大きく飛び出した目玉。
そして、肉と肉の隙間の口の様な部位からは耳障りな不気味な鳴き声を発している。
「なんでも良いわ。倒して、進むだけよ」
「ふっ……そうだな。背中預けるぞ」
「ええ、勿論よ」
アルバスは剣を、エルは杖を構える。
異形の怪物たちも二人の殺気に呼応してか、「ぎょうぎょう」と鳴き声を発しながら、触手の腕を鞭のようにしならせて、臨戦態勢を取った。
魔法の淡い光が杖の先から、放たれ、再び『結晶』の矢を産み出す。
それと同時に、アルバスも地を蹴って異形の怪物へと接近。そのまま一体の泥の身体を一刀両断。
しかし、アルバスの背後から他の個体が伸ばした触手の一振りが迫る――が、そこにはエルが構えていた『結晶』の矢が放たれ、全ての触手はアルバスに届く前に消し飛ばされた。
互いに互いの事を深く理解していた。
そのアシストは当然の事、今まで共に戦ってきたからこその阿吽の呼吸。
言葉は要らない、ただ呼吸をする様に、自身の力を振るうだけでいい。
しかし、敵は見えている個体だけでは無かった。
「――きゃっ」
エルの足元から、地面を突き破って黒い触手が這い出し、そのまま身体を拘束。
持っていた杖は取り落とされる。
エルはばたばたと手足を動かして抵抗するが、だんだんと触手の締め付けが強くなってくる。
「エルっ!」
前方で異形と戦っていたアルバスは、後方支援をしていたエルの方へと踵を返し、そのまま走る勢いを乗せて、エルを拘束する触手を叩き切る。
支えを失ったエルはお尻から地面に落ち、「いたた……」と腰をさすりながら、ゆっくりと身体を起こしている。
「大丈夫か?」
アルバスが手を差し伸べれば、エルはその手を取って立ち上がる。
「ええ、問題ないわ。それより、もうこの子たちとのお遊びはお終いよ」
「あん? それはどういう――」
エルは触手に直接触れた事で、この異形の怪物たちの性質を感じ取ることが出来た。
彼らは動物や魔獣の様に、本能的に簡単な思考回路を有している。
ならば――、
取り落とした杖を拾い上げ、そのままそれを掲げる。
魔法の淡い光が放たれ、周囲の異形の怪物たちの動きが、まるで金縛りにでもあったかの様に突然停止した。
ぴくぴくと動こうとする筋肉の痙攣が見られるが、異形は動き出す事は無い。
「――『支配』の魔法。動きを封じたわ。さあ、今の内に」
かつてシータが動物や魔獣を使役していたのと同じ様に、エルは異形の怪物たちを『支配』して、その動きを停止させたのだ。
相手はもう残り四、五体程度。この程度の数なら、短時間であれば『支配』する事も可能だ。
「おうよ」
アルバスはエルの言葉に短く一言を返し、大きく長剣を振るい、目の前で硬直する泥の木偶人形共を薙ぎ払う。
抵抗すら許されなかった異形たちは、そのまま崩れて行き、そのまま塵と成って虚空に消えて行った。
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