#29 『汚れ』の魔王①

 霊山にある妖精の里、そこで妖精女王アリアと出会い、俺たちは『転移』の魔法を手に入れた。

 そして、勇者一行の二人は今、船の上だ。

 何故かって? もちろん魔王の本拠地だと思われる、あの“黒い島”を目指して、だ。


「なあ、結界を突破する魔法が揃ったのはいいんだが、黒い島ってのはどうやって行けばいいんだ?」

「あなた、ズズの言っていた事を忘れたの?」

「海の上にあるんだろ? 海って広いんだぜ? しかも、結界で隠されている。まずは場所を見つけなけりゃ、結界を突破する以前の問題なんじゃないかって」

「東の大陸から西の大陸へ向かう商船に乗っている時に、黒い島を見たのでしょう? なら、同じ航路を辿る商船に乗って行けばいいのよ」


 という、霊山を下山しながらの会話の元、早速港へ。

 そして、勇者の名前を使って、半ば強引に商船に乗り込ませて貰った訳だ。


 大きな商船の甲板で、二人して柱にもたれ掛かり座り込んでいる。

 

「――そういや、エルはアリアと知り合いだったのか?」


「……いいえ。あの時が、初めましてよ」


 エルは少し間を置いた後、首を横に振る。


「そうなのか、やけに仲良さげに見えたから、てっきり……。まあ、女王様と仲良くなっといて損は無いだろうし、ラッキーだったな」


「あなたねえ……」


 エルはため息を吐きながらも、何やら手元で魔石を弄んでいた。

 淡い光がちかちかと点滅していて、何かしら魔法を行使しているのだと分かる。

 そう言えば、最近エルは手が空いた時間にこんな作業をよくやっていたな、と思い出し、気になったので聞いてみる。


「で、それ何してんだ?」


「ああ、この前話したでしょう? アルも魔法を使えないか――って」


 それは妖精の里を目指して霊山を歩いていた時の事。

 魔力草の話の流れから、アルバスも魔法を使いたいと軽い気持ちで言ってみたのだ。


「ああ、そういやそんな話もあったな。もしかして、俺の為に?」


「そうよ。もしかして、忘れてたの?」

 

「そうじゃないけどよ、本当にやってくれると思わなかったから、驚いたんだ」


 その時エルは「気が向いたら」と言っていたので、アルバス自身あまり期待はしておらず、まさか本当にアルバスも魔法を使えるように試行錯誤してくれるとは思ってはいなかった。

 

「――はい、出来たわ」


 そう言って、エルは魔法の光が収まった魔石を一つ、アルバスへと手渡した。

 

「これがあれか、前に言ってた魔法式をなんたらって言う――」


「その魔石に、わたしが魔法式を書き込んだのよ。つまり、アルはそれに魔力を流すだけで魔法を使えるわ」


 あまり理解していないアルバスに変わり、エルが説明をしてくれた。

 エルはさも当然の様に言うが、それはかなり凄い技術なのでは無いか、とアルバスは内心感心する。


「この水色の魔石は、何の魔法が使えるんだ?」


「それはこの前アリアに貰った『転移』の魔法式を刻んであるわ。あ、それまだ試作段階で、使うと一回切りで壊れちゃうから、間違っても今使わないでよ?」


「おおう!? 危ねえ、どうやって魔力を流すんだろうって、実験する所だった……」


 アルバスは驚いて魔石をぽいっとエルへと投げ返す。


「大丈夫よ、それはこっちの空の魔石で練習してみましょう」


 そう言って、エルは別の赤紫色の魔石を取り出して、腰を浮かしてアルバスの隣にぴったりとくっつく距離まで近づいた。

 そのままアルバスの手を取り、魔石を握らせ、その魔石を握る手を覆う様に、エルの手を重ねる。


「いや、近けえよ」

 

「いいから。ほら、わたしがアシストするから、魔力の流れに意識を集中して――」


 そうやって、しばらくの間、アルバスの魔力操作の練習をしていた。

 結果として、やはりアルバスの魔力量自体は充分に有った為、簡単な魔力操作自体はすぐに修得する事が出来た。


「――ふぅ。おかげでコツを掴んで来たぞ」

 

「いいわね。思っていたより、筋が良いわよ。頑張ったご褒美に頭撫でてあげましょうか?」

 

「お褒め頂き光栄だ。素敵な魔女様からの褒美を頂戴できるのなら、是非ともお願いしたいところだな」


 いつもの様に、軽口に軽口を返す。

 もちろんこの後はエルがまた冷たい態度を返してくれるのが、いつもの流れなのだが――。


 エルはきょとんとした後、少し間を置いてから、少し背伸びをして、普通にアルバスの頭を撫でてくれた。

 なんともむずむずするが、自分が売り言葉に買い言葉で言った事なので拒否する訳にも行かず、というか別に悪い気もしないので、アルバスはそのまま享受していた。

 

 数秒そうしていた後、エルは「はい終わり」と言ってぱっと手を離し、


「ほら、この魔石持っておきなさい」


 と、先程の水色の魔石をアルバスへと放り投げた。

 アルバスはそれを軽々とキャッチする。

 

 魔力操作は完璧とは言えないまでも、充分に実用レベルにまで使える様になった。予め魔石に魔法式を刻んだこの“即席魔法”ならば、充分戦闘に組み込むことが出来るだろう。


「おう、ありがとよ」


「まだそれ一個だけだから、使うタイミングは慎重にね?」

 

「ああ、分かった」


 そうやって、二人は長時間の船旅の時間を過ごしていた。

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