#28 『明滅』の魔女⑥

 そこは人骨の座す木の前ではなく、天まで伸びた大樹の根元に有る、美しい湖の畔だった。

 こんな目立つ大樹、有れば遠くから見てもその存在に気付くはずだ。こんな場所、明らかに山の中には無かっただろう。

 不思議で、美しい、そんな空間。ここが――、


「ここが、妖精の里なのね……」


 気づけば、隣には目を覚ましたエルの姿が有った。


「良かった、目が覚めたのか」


「上手く行ったみたいね。お疲れさま」


 穏やかに微笑み、アルバスの傍に佇むその姿は傷一つ無く、無事な様だ。


 そして、背後から別の声がした。それは少女の様な声。

 

「――うちの子たちが迷惑かけて、ごめんね?」


 二人はその声に振り向くが、そこには誰も居ない。


「――こっちよ」


 再び元の向きへと振り向く。

 すると、そこには湖と同じ綺麗な青緑色の髪をしていて、薄く透き通った四枚の羽を生やしている、一人の女性が居た。

 小鳥程の大きさの二匹の妖精とは違い、人間大の大きさだ。


「お前が、妖精女王か」


「うん、そうよ。あたしは『明滅』の魔女、アリア。妖精たちの女王」


 大人しそうな見た目の割に、明るく快活な少女の様な喋り方をする、女王という称号にそぐわない印象を二人は受けた。

 

「じょおうさまー、たすけてー」

「ゆうしゃが、ぼうりょくー」


 女王の姿を見つけた二匹の妖精たちは、アルバスの手を振りほどいて、アリアの方へと飛んで逃げて行く。


「あっ、おい!」


 同胞を害されたアリアが反撃に出るかと一瞬身構えるアルバスだったが、実際は――、


「こらっ! あなたたちはまた悪さして、もうっ!」


 と、妖精たちはアリアからぽかぽかと拳骨のお仕置を受けていた。

 

「……なんか、女王というよりはオカンみたいだな」


「ふふっ。かわいい子ね」


 毒気が抜かれてやれやれと肩を降ろすアルバスと、そんな様子を見て微笑ましく笑うエル。

 そして、アリアが「ほら、もうあっち行ってなさい」と二匹の妖精をどこかへやり、アルバスたちの方へと向き直る。


「それで、あんたたちは、どうしてここへ来たの?」


「『転移』の魔法の話を聞いて、それを貰いに来たのよ」


「魔法を、貰いに……?」


 アリアは不思議そうに小首を傾げる。

 普通は魔法を文字通り見て覚えるなんて芸当出来ないのだろう。それはエルの特殊な才能だ。


「エルは発動を見た魔法を、そっくりそのまま覚えちまえるんだよ」


「へえ、すごいね。なら、いいよ。迷惑をかけたお詫びに、見せてあげる」


 そう言って、アリアは目の前で何度も『転移』の魔法を使い、ピカピカと点滅する様に、視界のあちこちを跳び回る。『明滅』の魔女の転移ショーだ。

 そして、最後の湖の上でぴたりと止まった。

 

「――どう? これで覚えた?」


「ええ、充分よ。ありがと、アリア」


 エルはそうお礼を言って、覚えたばかりの『転移』の魔法でアリアの隣へと跳ぶ。

 アルバスはそんな『転移』を見て、感心した様にひゅうと口笛を鳴らす。


「あら? あんた、あたしとどこかで会った事ある?」


 アリアは近づいて来たエルの姿を見て、どこかに既視感を覚えたのだろうか。

 何かが気になった様で、きょろきょろとエルの姿の上から下までを見回す。


「わたしは『結晶』の魔女、エルよ。――多分、初めましてよ」


 エルはアリアへと手を差し伸べる。

 それを見て少し驚いた様だったアリアだったが、すぐにその手を取った。


「ああ、そうですね。初めまし――」


「アリア?」


 アリアの言葉をエルは小声で咎め、途中で遮った。

 こほんと咳払いをして、改めてアリアも同じくらいの声量で。


「いえ、何でも――。ううん、何でもないわよ。初めまして、エル」

 

「そうよね。――魔法、ありがとね」


 改めて礼を述べてから、エルは『転移』でアルバスの元へと戻ってきた。


「よっ、おかえり」


「ただいま。それじゃ、用事も済んだ事だし、そろそろこの里からもお暇しましょうか」


 話していると、丁度アリアもエルの後を追って、二人の元へと『転移』して戻ってきた。


「改めて、勇者もエルも、迷惑かけちゃって本当にごめんね? あの子たちには改めて注意しておくわ」


「ああ、そうしておいてくれ」


 もうあんな目に合うのはこりごりだ、とアルバスは肩を竦める。

 何より、勇者一行でなければあの遭難者の様に、夢から覚める事無く、骨になるまで囚われていただろう。

 

「それじゃあ、里の外まで送ってもらえるかしら?」


「うん、もちろん。また何か困った事が有ったら、助けに行くよ。またね、エル」


「ええ。またね、アリア」


 別れの挨拶を済ませれば、二人の視界は再び明滅し、白く染まる。

 そして、瞼を上げれば、またあの人骨の前に戻って来ていた。

 

「これ、また夢の中だったりしねえよな……」


 と、不穏な想像に駆られるアルバスだったが、辺りを見れば、もう薄暗くなっていて、陽も落ちかけている。

 つまり、時間が進んでいるという事であり、それは夢から覚めてここが現実であるという事を示していた。


「女王に咎められて、しばらくは悪さもしないでしょう」


「はぁ……やれやれだ」


 アルバスは煙草に火を付ける。

 天に上った煙が、陽の落ちて来た夕色の空を白く染め上げる。


 黒い島を覆う二つの結界。島の存在を隠す結界と、侵入を防ぐ結界。

 それらを破る為の、二つの魔法。『霧』と『転移』。


 これでやっと、魔王に届く。

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