#27 『明滅』の魔女⑤

「お、ほんとか!?」


 前のエルが言った通り――いや、正確には少々間を要したが、それでも全く事情も分からないというのに、首を縦に振ってくれた。

 しかし、エルは指を一本立てて、アルバスを指して付け加える。

 

「でも、アルはわたしの事、信用出来るの? 『支配』の魔法って、文字通りよ。あなたの精神を、わたしの好きなようにしてしまえるわ」


 つまり、悪意を持って使う事も出来ると言う事。

 しかし、アルバスにはそんな考えなんて露ほども無かった。


「うん? ああ、おお……そうか」


 なんて、締まりの無い返事をしてしまう程に、エルに言われるまで考えもしなかった。意とも容易く、自分の精神をエルに明け渡そうとしていた。

 そして、気付いた。


(ああ、俺も他人の事、とやかく言えねえな……)


 エルが悪意を持って『支配』するだなんて、全く疑っていなかった。

 アルバスの中には不安の欠片の一つすら無い。

 これでは前の周のエルに「アルが詐欺に引っ掛からないか心配だわ」とまたからかわれてしまいそうだ。


「全く……アルが詐欺に引っ掛からないか心配だわ」


 なんて思っていると、今回のエルにからかわれてしまった。

 少し照れ臭いが、嫌な気はしない。アルバスは頭を掻いてその場を誤魔化す。


「でもまあ、それで構わないよ。やってくれ」


 アルバスは目を閉じ、腕を広げて、エルの魔法を受け入れる体勢を取る。


「ええ、分かったわ」


 エルはそう一言だけ返し、片方の手の平をアルバスの胸へと当て、『支配』の魔法を発動した。

 淡い魔法の光が、アルバスの身体を包み込む。


(信じてるぜ、エル)

 

 そして、魔法の光が収まると、アルバスはゆっくりと瞼を上げた。

 気づけば、アルバスは地に倒れていた。

 身体を起こしてから、周囲を確認すると、隣には同じく倒れているエルの姿。

 そして、この場所は最初の人骨の場所だった。


 アルバスたちはぐるぐると山の中を歩き回っていた様で、その実一歩もこの場所から動いていなかったのだ。

 妖精たちはそんな間抜けな勇者一行を見て、さぞ嘲笑い、楽しんでいた事だろう。

 

 そして、今なら分かる。

 この人骨の彼もまた、この場所で妖精たちに精神攻撃を受け、そして、その夢の世界という牢獄に囚われたまま抜け出せず、こうして骨になってしまった訳だ。


 自分たちは骨にされなくて良かったと、アルバスは心底安堵し、隣でまだ倒れたままのエルの身体を揺する。


「おい、エル。起きろー」

 

 しかし、長い黒髪がふわふわと揺れるだけで、目を覚ます事は無い。


(目が覚めたのはエルの『支配』を受けた俺だけ。エルを起こすには、妖精をとっちめてやらないとって事か――)


 そう思い、周囲を見渡すと、目的の対象はすぐそこに居た。


「くすくす。おもしろーい」

「くすくす。ゆうしゃ、ばーか」


 二人が倒れていたすぐ傍で、一つの大きな水晶玉を囲い、二匹の妖精が夢の中で惑わされるアルバスとエルの姿を見て嘲笑っていた。

 興味が完全にその水晶玉へと向いていて、アルバスが意識を起こした事に気付きもしない。馬鹿はどっちだ。


 その水晶玉に映っているのは、アルバスとエルの二人。

 そう、夢から覚めてここに居るはずのアルバスも、そこに映っている。

 

 それを見て、アルバスはすぐに察しが付いた。

 ゴーフ村の修道女ナナ・スカーレットから貰ったあの『霧』の魔法だ。

 それを使い、エルはアルバスの幻影を作り出し、妖精たちの目を欺いていた。

 

 何の説明もしていないというのに、エルはどこまで俺の意図を見抜いていたのだろうか。とアルバスが驚くが、それはアルバスに妖精の事前知識が全く無かったからだ。

 対して、エルはおとぎ話から得た僅かながらの事前知識と、そしてアルバスの様子から、現状の最適解を見出した。

 これが、エルの作戦だ。


 アルバスはそっと水晶玉に釘付けの妖精たちの背後へと回り、二匹の羽をわし掴みした。


「誰がバカだ、バカ」

 

「ちょっと、え? なんで?」

「あれ? ゆうしゃ、ゆめのなか?」

 

 妖精たちは状況が分からずに、ぱたぱたと腕をばたつかせるが、羽を掴まれていて逃げ出すことが出来ない。

 こうなってしまえば、呆気ない物だ。


「――エルを、解放してもらうぞ」


 アルバスはどすを利かせた声で妖精たちを脅す。

 すると、小鳥の様に小さな生き物は、抵抗を諦めて泣き出した。

 

「うわーん、じょおうさまー」

「たすけてー、ころされるー」


「ああん? 殺されそうになったのはこっちだっての。良いから早く――」


 そうして、アルバスが泣き喚く妖精たちがエルを解放しないのなら、今度は実力行使に出ようと、そう思っていた時。


 視界が一瞬明滅し、白く染まる。

 その瞬く間に空気の匂いが変わった事に気付き、目を開く。

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