#24 『明滅』の魔女②

 光明が見えて、心なしか足取りも軽く、二人はそのまま道なりに――と言っても整った道なんて物なんて無いので、獣道を更に進んで行く。

 道中、何度か先程骨が座していた場所と似た、柱の様に太い大樹が生えていて、やはりこの山の森はどこも同じ様な景色が続くんだな、なんて思いつつ。

 

「しかし、変な形してんな……。これ食ったら、俺も魔法使えたりするのか?」


 歩きながら、いくつか摘んで来た魔力草の内の一つを手に取り、物珍しそうに光に透かせてみたり匂いをかいでみたりしていたアルがぼやく。


「あなた、魔力草をなんだと思ってるのよ……」


「なんだ、そういう物でもないのか」


 口ではそう言うアルだが、特段肩を落とした様子も無い。


「確かに煎じれば薬になるし、魔力の補給的な使い方も出来なくはないけれど――。あなた、魔法を使ってみたいの?」


 魔力が補充できるイコール魔法が使えるなんて簡単な話ではない。

 魔法は学問であり、想像力だ。

 きちんと魔法式を記憶し、それを脳内で魔力を込めて構築する。


「うん? まあ、使える物なら使ってみたいな。昔教本を読もうとした時は、一ページ開いただけで文字の多さに眩暈がして止めちまったが……」

 

「ふふっ。なんだか、らしいわね」


「だろ?」


 得意げに言うが、自慢出来る事でもない。

 しかし、これまで剣一本で戦い抜いて来たアルにとっては必要の無い物だったので、熱が入らないのも当然かもしれない。


「そうね。でも、性格上は向いていなくても、素養が全く無いという訳でも無いと思うわよ?」


「お、そうなのか」


「わたしの見立てでは、別に魔力量だけなら勇者じゃなくて魔法使いをやっててもおかしくないと思うわよ?」


 アルとしてはかなり意外だった。

 これまで自分の魔力量なんて知らなかったし、そもそもどうやってそれを調べるのかすら分かっていなかった。

 しかし、腕の立つ魔女には一目見ればそれも分かってしまうたしい。


「まじかよ。俺にそんな隠れた才能が……」


 わざとらしく手を振るわせて、魔力を溜める様な仕草をしてお道化て見せる。


「でも、いくら魔力があっても、魔法式を覚えるのはアルの頭じゃ無理そうね?」


「おい」


 上げて落とす。期待させておいて、結局、結論としてはアルに魔法は使え無さそうだ。

 しかし、それもアル一人でなら、という話。


「ふふっ、ごめんなさい。――でも、そうね……。予めわたしが魔石に魔法式を書き込んでおけば、そこに魔力を流して即席的に使うくらいなら、アルにも出来るかもしれないわ」


「へえ、そいつは面白そうだな。今度試してみてくれよ」


「そうね。まあ、気が向いたらね」

 

 そんな話をしていると、山の中で一際目立つ大樹の根元に、見慣れない物。

 いや、見慣れないというのは嘘だろう。正確には、さっきまで見慣れていなかった物だ。

 

 物というか、人というか――そう、あの人骨だ。

 まるで柱の様に太い大樹の幹に、もたれ掛かる様にして座すそれは、さっきも見た人骨だった。

 

「おい、これさっきも……」

 

「また? この山、遭難者が多いのかしら……」


 一日に二度も人死にを見るのはあまり気持ちの良い物で無い。

 しかし、どこか違和感を覚える。

 

 今目の前に有る人骨、最初に見た人骨。それらの光景が、まるでデジャヴの様にダブる。

 最初の人骨からはそれなりに歩いて距離もある。真っ直ぐと歩いて来たから、ぐるっと回って戻って来たなんて事も無いはずだ。

 そのはずなのに、迷って戻って来てしまったと見紛う程に、同じなのだ。


「はぁ……ま、俺たちも遭難しないよう、気を付けねえとな」

 

 そうして二人目の遭難者を見送って、先を進もうとした時。

 視界の端に映り込む、地面に落ちている小さな何か。それに先に気付いたのは、半歩後ろを歩いていたエルだった。


「……ねえ。アル、待って」


 先に進もうとするアルバスを制止して、それを指で摘み、拾い上げる。

 

「あん?」


「これ、さっきアルが捨てたやつじゃない?」

 

 拾い上げたそれは、先程――つまり最初の遭難者を発見した時に、アルバスが捨てて来た煙草の吸殻だった。

 まだ新しい焦げ跡があり、アルバスが踏みつけた靴の後も残っている。

 

「……おかしいな。俺たち、真っ直ぐ進んできたはずだ」


 実際、迷うはずがないのだ。

 大樹を背に左を向けば、今来た道。右を向けば、先へ進む道。

 藪の中を突っ切りでもしなければ一本道だ、ぐるっと回って戻って来るなんて迷い方をしようがない。


「という事は、この遭難者は二人目なんかじゃなくて、さっき見たのと同じ――」


 遭難者が二人も居なかった事を喜ぶべきなのか、それとも迷子になった事を嘆くべきなのか。


「ともかく、今度はもっと慎重に行くか」


 はあっと大きく溜息を溢して、もう一度先へと進んで行く。

 

 道中、やはり同じ景色。

 何度か先程骨が座していた場所と似た、柱の様に太い大樹が生えている開けた場所が続く。

 大樹、道獣道、大樹、獣道、大樹、獣道――。

 そして、そのもう見飽きた同じ景色が三度程続いた後、再びまたあの人骨の元へと戻って来てしまった。

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