#25 『明滅』の魔女➂
アルバスとエルは人骨の前で途方に暮れていた。
状況を整理しよう。
どうやら、今この山の中では一定の空間が“繰り返している”らしい。
人骨の座す大樹を通り過ぎて、獣道を抜けると別の大樹。
その大樹を三度見送れば、次はまた最初の骨の座す大樹に戻る。
そんな繰り返しが続いていた。
気のせいだと思いたかった。
ただ本当に迷っているのだと、そう思いたかった。
だから、アルバスは道中の三本の大樹にそれぞれナイフで目印として傷を一本、二本、三本と付け、そして、再び同じ様に歩いてみる。
しかし――、
「――駄目だな。また、ここだ」
やはり、繰り返している。
同じ傷の目印を三つ数えて見送って、また骨の場所へ。
何度やっても、悪あがきをしてみても、同じ結果だった。
「ねえ、アル。空を見てちょうだい」
気づけば、空はもう陽が落ちて――いない。
あれだけの時間を歩いていたと言うのに、“まるで時間が経っていないかの様に”空模様に変化は見られなかった。
「こいつは……どうなってんだ」
「わたしたち、山の中を歩いていたつもりだったけれど、そうじゃ無かったのかもしれないわね」
「うん? どういう――」
「――アル、ちょっといいかしら?」
そう言って、エルは間髪入れずに、すっとアルバスの顔へと両手を伸ばし、そして――、
「おいおい、ちょっと待っ――」
アルバスの頬を抓った。
古典的な確認方法だが、今のおかしな状況においては適切な行動だろう。
「どう? 痛い?」
「……いいや、全然」
少し身構えてしまったアルバスは少々不機嫌になりながらも、自分の抓られた頬が痛覚を訴えて来ない事に違和感を覚え、エルの言わんとする事を理解した。
「ふふっ。何されると思ったのかしら?」
そんな不服気なアルバスをからかう様に、エルは笑うが、そうやっていつものように軽口を投げ合ってじゃれている場合でも無い。
アルバスは「いいから離れろっての」と頬を触るエルの手を軽く払い取る。
「しかしまあ、言いたい事は分かったよ。――つまり、今俺たちが見てる景色は現実じゃ無い」
「ええ。時間も、そして空間も、同じ様に繰り返しているわ」
――そして、俺たちがその現象を認識すると、まるで今までの様子を見ていてタイミングを見計らったかの様に、彼らは現れた。
「くすくす。きづいちゃったねー」
「くすくす。たいへんだねー」
光を透かす透明な羽、黒目の無い怪しく光る瞳、人の子の様な姿をしてはいるが、小鳥程の大きさの身体。
彼らがこの霊山に住む、妖精たちだ。
そんな生き物が二匹、木々の隙間からふわりと浮いて、現れた。
「これは、お前らの仕業か?」
「さあー?」
「どうでしょー?」
妖精たちはのらりくらりと、アルバスが話しかけても取り合わない。
何が面白いのか、くすくすと笑っている。
「わたしたち、『転移』の魔法を求めて来たの。あなたたち、それが使えるなら、見せてくれないかしら?」
「てんい? ぼくたち、ちがうー」
「それ、じょおうさまー」
「女王様? じゃあ、その人に合わせてくれる?」
エルが問う。すると――、
「「だめだよ」」
急に、妖精たちの声のトーンが落ち、纏う雰囲気が変わる。
それを察知して、アルバスは剣の柄を握り、臨戦態勢を取る。
しかし、その剣を抜く事は出来なかった。
――ぐらり。
視界が、一瞬暗転する。
アルバスは足元がふらつくが、何とか倒れる事無く持ち堪える。
数度瞬きしてから、周囲を確認すると、先程の妖精たちの姿は無かった。
「これ……人の骨かしら」
そして、エルの声。
エルはまるで初めての事かの様に、そう言って木の根元に座す人骨を見ていた。
「おい、エル。妖精は、どこだ……?」
アルバスは違和感を覚えつつも、状況を確認する。
「妖精? どこって、今それを探しているのでしょう?」
さも当然の様に、エルは疑問符を浮かべたまま、不思議そうにアルバスの顔を覗き込む。
「いや、何言ってんだ。さっきまで、俺たちの目の前に居ただろ?」
「何言ってるのはこっちの台詞よ。それよりも、この骨よ。遭難者かしら?」
アルバスは頭を抱える。
あの暗転の一瞬で、エルはこれまでの記憶を失っていた。
いや、というよりは。時間が巻き戻っている、という方が正しいのだろうか。
この現状、自分が今置かれている状況すら正確に把握できていない。
「参ったな……」
「アル、さっきから様子が変よ……?」
エルが心配そうに、アルバスに寄り添う。
しかし、アルバスは思案する。果たして、この状況をどうエルに伝えようか。
そもそも、“山の中の時間と空間が繰り返す幻覚を見せられている”だなんて、伝えた所で信じて貰えるだろうか。
エルにはその自覚が、記憶が無いのだ。
この繰り返しを認識しているのはアルだけだ。
エルの表情を窺う。
吸い込まれそうな程に澄んだ、紫紺の瞳。
アルバスは「はぁ……」と大きく溜息を吐き、自分の体験したことをそのまま、エルへと伝えた。
「実は――」
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