#23 『明滅』の魔女①

 アルバスたち勇者一行は、黒い島の結界を突破する手段――『転移』の魔法を求めて、霊山へと来ていた。

 この山のどこかに在ると言う妖精の里、それが今回の目的地だ。


「シータから聞いた話じゃ、魔力草って奴が目印になるらしいが――」


 魔力草とは、魔力回復の薬となる薬草の事だ。

 この霊山の様に、地脈が流れる魔力の強い土地に自生すると言う。


「アル、魔力草がどんな物か分かってるの?」


「や、全く。でも、そういうのは魔女様が詳しいんじゃないのか?」


 魔法に明るくない加え煙草の勇者様はそう適当に口を動かしながらも、身軽にひょいひょいと倒木を越えて行く。


「そうね。でも、そう思うなら、もう少しゆっくり歩いてくれないかしら?」


 しかし、慣れない山道を歩くエルはアルバスの数歩後ろを歩いていて、付いて行くのに必死だ。

 立ち塞がる倒木とも悪戦苦闘を強いられていた。

 近接戦闘特化の勇者アルバスと遠隔攻撃メインの魔女エルでは、やはり身体の鍛え方が違う。

 

「そんなひらひらした服着てるからだよ。さっさとしないと、日が暮れちまうぞ、ほれ」


 アルバスは一度大きく煙草の煙を吐き出してから、踵を返して、倒木を踏み越えてエルへと手を差し伸べる。

 エルはその手を「ん」と取り、協力を得てやっと倒木という大きな壁を乗り越えた。


「山道は歩きにくくて嫌いだわ」


「なんだ、おんぶでもしてやろうか?」


「余計なお世話よ」


 エルが文句を垂れるも、それにアルバスが軽口で返す。

 つんけんとした言葉返すエルだったが、その表情はやれやれと子供を見守る様に、優しく穏やかな物だ。

 たった二人の勇者一行の仲睦まじい、いつもの光景。


「しかし、同じ景色がずっと続くばかりで、頂上に辿り着く気配すらねえな。これ本当に道合ってんのか?」


 辺りを見回すが、どこに目をやっても草と木と土、後は肌を撫でる風の感触くらいだ。


「知らないわよ。道も、目印の魔力草も分からないのなら、前を歩かないでちょうだい……」


 道が分かりもしないのに、自信満々にずかずかと山道を進んで行くアルに、エルは溜息を溢す。

 

「それは……すまん」


 しかし、アルも悪気が有った訳では無いので、素直に謝る。

 本人としては平地で歩く時と同じ様に歩いたつもりで、まさかエルとそこまで機動力に差が出ると思っていなかった。

 

 死神と呼ばれようと、腐っても勇者だ。その身体能力は通常の人間よりも幾分か高い。

 何より、これまでの無茶な戦闘の中で鍛え上げられた肉体だ。

 勇者であろうと無かろうと、その出来がまるで違う。

 

 その後は、アルバスもずかずかと進んでいく事はせず、黒髪のエルフと距離を離しすぎない様に気を遣い時折振りその様子を窺いつつ、山道を並んで行く。

 

「妖精ってのは、どんな奴なんだろうな。見た目で分かるもんなのか?」


 道も、魔力草も、妖精も分からない。実に適当な男だ、とエルは今日何度目か分からない溜息を吐き出す。

 しかし、いざ戦いになれば頼りになるので、そう責める事も無い。

 

「……アル、あなた本とか読まなかったの? おとぎ話とかに出て来るじゃない。羽の生えてる悪戯好きの妖精さん」


 エルは両手を小さくぱたぱたとさせて、羽を羽ばたかせる仕草をする。


「知らんなあ。俺がガキの頃に枕話に聞かされてた話には、妖精じゃなくて龍が出て来たな」


 アルバスもエルの真似をして、手を龍の腕の様に爪を立てる仕草をして見せる。がおー、と。


「……龍?」


「ああ、俺が育った故郷に伝わる昔話だよ。昔はそういうでっかいトカゲみたいな種族が居たらしいぜ」


 そう言って、アルバスは故郷に伝わっていた龍の伝説について、ざっくりと話す。


 とあるところに、水が綺麗で自然豊かな峡谷が有りました。

 その峡谷のどこかには龍が隠れ住んでいて、その龍に出会えた者にはある特権が与えられる。

 その特権とは、龍の持つ“真実の目”と呼ばれる権能を一度だけ使用する権利。

 その権能を用いれば、過去や未来問わず、あらゆる真実を得られるのです。

 

 要約すると、大体そんな内容だ。

 アルバスの説明は途中で「あ、その峡谷っていうのは故郷の村の近くに有るんだけどよ」とか「リーンがその話好きだったな」などと余計な合いの手が挟まり、その語りは些か聞き辛い物だったので、エルは「ふぅん」とあまり関心無さ気に聞き流していた。

 リーンという女の話が出た時だけ、エルが少しむっとしていたのは、アルバスの気のせいだろうか。

 

 そして、程なく歩いて進むと、山の中で一際目立つ大樹の根元に、見慣れない物。


「これ……人の骨かしら」


 物というか、人というか、人だった物。

 まるで柱の様に太い大樹の幹に、もたれ掛かる様にして座すそれは、土埃や落ちた葉、木の枝に埋もれていて、一瞬元が何だったのか分からない。

 それでもよく見れば、間違いなくそれは人骨だった。


「おいおい……。まさか、妖精の仕業か?」


「まさか。遭難者とかじゃないの?――でも、これ……」


 そう言って、エルはその骨の足元にあった植物を一つ摘み上げる。


「それがあれか、例の――」


「ええ。魔力草よ」


 茎が捻じれ曲がった不思議な形状をした植物だ。


「と、いう事は――」


「目的地は近い、って事みたいね」

 

 魔力草がここに生えているという事は、目的地――つまり、妖精の里に近付いているという事。


「やっとゴールが見えて来たな」


 そう言って、もう短くなった煙草を落とし、踏みにじって火をもみ消す。

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