#22 旅路の幕間3ー2

 今の未熟なシータに“人の精神にも干渉出来る”なんて事実だけを伝えてしまえば、どんな使い方をするか分からないだろう。

 それこそ奴隷商に力を貸してしまっていた時の様に、善悪区別なく力を振るってしまえば恐ろしい力だ。

 それはこれから先、彼女が精神的にも成長して行く中で、ゆっくりと魔法の腕も磨いて行けば良いのだ。


 シータもそんなアルバスの態度にそれ以上興味を示す事無く、「あっそ」とだけ返してから、


「で、オレの事はともかく、そう言うお前らはこんな所で何やってんだよ? 勇者様なんだろ?」


 と、アルバスたちの方へと興味を示して来た。


 先程咎められた為、アルバスは一度エルの方に「話しても良いか?」と視線だけで窺ってみる。

 すると、エルもアルバスの視線に気づいた様で、「どうせ無駄だろうけれど」といった風ながらも、こくりと頷いた。

 それを確認した後、アルバスはシータに“黒い島”の話と、その島を覆っている結界を突破する方法を探している事を話した。


 シータは途中までつまらなさそうに話を聞いていたが、結界の話が出た途端、玩具を見つけた子供の様に口角を上げた。


「――もしかしたら、その結界を突破できる魔法に、心当たりが有るかもしれねえ」


 そして、話を聞き終えたシータはそう得意げに言った。


「マジかよ」


「それ、本当かしら?」


 全く期待していなかった二人は驚きの声を上げる。


「ああ。だが、タダじゃあ教えられねえなあ」


 なるほど、急に水を得た魚の様になったのはそういう事か。と、アルバスたちは理解した。

 つまりシータは交渉の席に着けると踏んだのだ。しかし、


「いや、さっき飯食わせてやっただろ」


 無情にも、アルバスの言葉。


「それは別だろ。タダじゃねえってなら、食う前に言わなきゃ――」


「じゃあ、情報の代わりにその腹の中入った物吐くか?」


 と、アルバスがにやにやとしながら、そう冗談めかして指をポキポキと鳴らす。

 勿論少女相手に本気でそんな事をするつもり等無いのだが、シータは「ぐっ……」と唸った後、溜息を吐いてから、結局話始めた。


「ゴーフ村って村が有ってよ――」


 しかし、既に話の流れが怪しい。


「わたしたち、その村を発ったばかりなのだけれど……」


「あん?って事は、オレはそんなに流されて来たのか」


 どうやら川を流されて来たシータは現在地を把握していなかったらしい。


「まあいい。その村の近く有る霊山、そこに魔力草が生えてる地帯が有るらしくてよ、その辺りに隠れ住んでる妖精ってやつが、凄え魔法を使うらしいぜ」


「へえ。その魔法が有れば、結界を破壊出来るって事か?」


「いや、破壊じゃねえ。――“無視して通り抜けられる”んだよ」


 曰く、突然現れて消える。

 神出鬼没の妖精は、『転移』の魔法を使うのだとか。


「どうしてそんな事知ってたんだよ」


「いやな、その妖精ってのをオレの『支配』の魔法で使い魔に出来ないかと思って、丁度捕まえに行こうとしてた所だったからな」


 アルバスとエルは渋い表情で目を見合わせる。

 妖精が何かも分からないまま捕まえに行こうとし、そのまま途中で行き倒れたという事だ。

 何たる計画性の無さだろうか。


「ん? どうした?」


 シータはアルバスとエルの微妙な反応に首を傾げている。


「いいえ、なんでもないわ。ありがとう。おかげで道が見えたわ」


「おうよ。感謝してくれるってなら、やっぱり報酬を貰ってやってもいいんだぜ?」


 気を良くしたシータはにやりと口角を上げる。


「そうね。まさか本当に有益な話が出て来るとは思っていなかったし、いいわよ」


 そして、エルは人差し指と中指の二本立てる。


「選択肢をあげるわ、好きな方を選びなさい。まず一つ目はお金、今わたしの懐にある分の金貨二枚」


 そして、エルは空いた方の手で、指を一本折りたたむ。


「そして二つ目は情報、あなたが情報をくれたから、それに見合った情報をあげるわ。好きな方を選んでちょうだい」


 そして、二本目の指も折りたたむ。

 しかし、それを聞き終えたシータはすぐに。


「金だ。情報じゃすぐに飯は食えん」


 と言って、寄越せと言わんばかりに開いた手を前に差し出した。

 それを見たエルは楽しそうにくすっと笑い、


「そうね。じゃあ、はい」


 と、二枚の金貨をその手に乗せた。


「へへっ、まいど。最初はどうなるかと思ったが、飯も食えて金も貰えて、今日のオレはツイてたな」


 シータはそう言って、立ち上がる。


「もう行くのか?」


「ああ。オレは別にお前らと慣れ合う気も無えからな」


「妖精を捕まえに行くんじゃなかったのか?」


「村に行く。金が手に入ったからな」


 シータも今回の一件で自分の無計画さには懲りたのか、先に村へ行って準備を整えるのだろう。


 シータはたったと足早に駆けて行き、少し離れた後、振り返り、


「その、なんだ。……ありがとよ」


 と、一言残して、そのまま去って行った。


「現金なやつだな、全く……」


 

 シータを見送った後。

 片付けを終えたアルバスとエルは、話に聞いたその霊山へと向けて歩き出した。


「――にしても、エルも意地が悪いな」


「あら、どうしてかしら?」


「シータが金を選ぶなんて、分かってただろ?」


「ええ、そうね。でも、もし後者を取っていたら、それはそれで面白かったのに」


 エルはそう言って、また楽しそうにくすっと笑う。


「俺が口を滑らせそうになった時は、咎めてきた癖によ」


「あの子が後者を選んでいた時は、わたしが少し先生をしてあげるつもりだったわ」


「そりゃまた、面倒見の良い事で」


「あの子、あんなだけど、あれで天才よ。磨けば光るのに、勿体ないわ」


「ま、だろうな」


 エルが目を掛けようとする、シータにはそれだけの才能が有るのだ。

 後に、『支配』の魔女シータは世にその名を遺す――かも、しれない。

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