#21 旅路の幕間3ー1


「――よっと。もうこの程度の魔獣一匹なら相手にならないな」


 アルバスは降り下ろした剣を、鞘へと仕舞う。

 魔獣だった肉塊は黒い塵と成り、虚空へと消えて行く。


「それにしても、この辺りはこういう小粒の魔獣が多いわね」


「ナナの結界で弾かれた分が溜まってるんじゃねえのか。あのまま結界が崩壊してたらと思うと、ぞっとしないな」


「そうね。そうなる前に、わたしたちが魔王を討つのよ」


「ああ。その為にも、もう一つの結界を突破する手段を探す必要が有る訳だ……」



 そして、一仕事終えた二人が休憩がてら川で顔を洗っていると、川上からどんぶらこどんぶらこと、大きな――、


「おい、エル。尻が流れて来たぞ」


「はあ?アル、あなた溜まってるの?わたし、身の危険を感じた方が良いかしら?」


「違う違う。見ろって」


 アルバスが指で示す方向に、エルも視線を送る。

 そこにはアルバスの言う通り、黒い布を被せた丸い二つの山、つまりはスカートを履いた少女のお尻が水面に浮いて、流れて来ていた。


「ちょっと、大変じゃない!早く言いなさいよ!」


「だから言っただろ。引き上げるぞ、手を貸せ」


 そうして、二人は川を流れて来たお尻、もとい少女を拾い上げた。

 どうやら生きてはいる様だ。

 引き上げると、けほけほと咳をして水を吐き出し、意識を取り戻した。


「おい嬢ちゃん、大丈夫か?」


 その少女は銀色の長髪、きっとした鋭い目つき。

 背は低いながらも赤と黒を基調とした大胆に胸元の空いた大人びた服装。

 下半身はミニスカートに黒のストッキング、そして大きな帽子を被っている。

 その如何にもな見た目は「私は魔女です」と自己紹介しているかの様な装いだ。


「腹、減った……」


 ぐぅ、と少女の腹の虫が鳴く。

 そして、それだけ発すると、そのまままた倒れてしまった。



 程なくして、銀髪の少女が目を覚ました。

 丁度、水に濡れた少女が暖を取れるようにと焚いた火を囲うようにして、アルバスとエルが食事を取っていた。


「お、目覚めたか」


「ぁん?……」


「とりあえず、食うか? 腹減ったんだろ?」


 アルバスが銀髪の少女へとスープの入った椀とスプーンを差し出す。

 少女はやや不満気な表情を見せるも、やはり空腹には抗えないのか、無言で受け取り口に運んだ。


「あなた、この前森で会った子よね? 名前は確か――」


「……シータだ。お前、オレとどこかで会ったか?」


 どんぶらこと流れて来た銀髪の少女の正体。

 それはエルが奴隷商に攫われた先の森の中で出会った、奴隷商で用心棒をしていた『支配』の魔女、シータだった。

 あの怒りっぽい魔女が、何故か川から流れて来たのだ。


「なんだ、エル。知り合いか?」


「覚えていないの? ほら、奴隷商で用心棒をしていた……って言っても、アルが来た頃には、この子は一人逃げ出していたんだったかしら」


「お前、あの時の女かよ。クソっ……」


 シータは奴隷商での一件んを思い出し、悪態をつく。


「助けてもらっておいて、そういう態度は無いんじゃないかしら?」


「何だよ、オレはお前らの所為で行き倒れてたって言うのに、お説教とはいいご身分だな? オイ。オレは助けてくれだなんて頼んじゃいねーぞ?」


 シータは苛々を隠そうともせず、眉間に皺を寄せる。


「じゃあ、そのスープも要らないかしら?」


「それは……食うけどよ……」


 エルが悪戯っぽくそう言うと、シータは久方ぶりの食事を奪われては堪らないと思ったのか、少し溜飲を下げた。

 シータはそっと自分の椀をエルの方から遠ざけ、守る体勢を取りながら口に運ぶ。


「まあまあ。事情は知らんが、あんたはどうして川なんて流れてたんだ。まさかそういう趣味って訳じゃないだろ」


 アルバスが間に割って入り仲裁の姿勢を取る。


「だから言っただろ、お前らの所為で、俺は仕事を失って食うのにも困ってんだ」


「それで川を流れようとは成らんだろうよ」


「違えって。オレは『支配』の魔女様だからな。腹が減ったからその魔法で川の中の魚でも捕ってやろうかと思ったんだが、思ってたより限界が来てたらしい。軽く魔法を使ったらそのまま意識を失っちまって、気付いたらこのザマだ」


 そう言って、シータは肩をすくめて見せた。


「そりゃあ災難だったな。けどまあ、こっちだって仲間を拉致られてたんだ。お互い様って事で恨みっこ無しと行こうぜ」


 シータはふんと鼻を鳴らす。


「ま、これに懲りたら、もう奴隷商なんて汚え仕事に手を出すのは止めとけよ」


「余計なお世話だ、子供扱いすんじゃねえよ。皆お前みたいにガキだからって雇ってくれねえ。だからオレの魔法で手っ取り早く稼げるのがそれだっただけだ」


「お前の魔法なら、もっと色々やれる事有るだろうよ」


 アルバスはつい先日、ゴーフ村で『霧』の魔女ナナと対峙した時にエルが見せた、真の『支配』の魔法を思い出す。

 触れた対象の精神に干渉し、内に潜んだ汚れを引きずり出した。

 あれ程の魔法としてシータの『支配』が完成したのなら、シータは本当の意味で二つ名持ちの魔女として、『支配』の魔女として、世に名を遺せるだろう。


 しかし、今のシータはまだ未熟な魔女だ。

 自分の魔法の本質さえも理解出来ていない。

 綺麗な服を着て、高いヒールの靴を履いて、強い言葉を使って、どれだけ自分を大きく見せようとも、背伸びをしようとも、その事実は変わらない。


「……なんでお前がそんな知った口ぶりなんだよ」


「……アル?」


 エルに咎められ、アルバスも自分が余計な事を口走りかけた事に気付き、


「さあな、気のせいじゃねえか」


 と、素知らぬ顔で言葉尻を濁した。


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