#20 『霧』の魔女⑦

 ――今回の後日談。

 黒い泥を摘出されたナナは倒れ、一晩眠った後、無事目を覚ました。

 身体のどこにも異常は無く、今後の生活にも支障は無さそうだ。

 ナナは『霧』の魔女として、これからも変わらずこの教会を治めながら、村を守って行くだろう。

 後は、他の村人たち次第だ。


 そして、エルは村を発つ前にナナに挨拶をしようと思い、教会の中を探した。

 しかし、今日はそこには居ない様だ。

 アルバスには「別に良いだろう、さっさと行こうぜ」なんて言われたが、そんな訳にも行かない。

 

 そのまま辺りを探していると、教会の裏に一人で居るのを見つけた。

 エルが駆け足で近づくと、ナナはどこか気まずそうに、


「あ……。ばれちゃいましたか」


「あら。ナナ、煙草なんて吸うのね」


 ナナは教会の裏で、隠れて煙草を吹かしていた。

 教会に仕える身だから、と一度は断っていたあの煙草を、だ。


「先日の一件以降、思ったんです。良い子ちゃんは止めにしようって。でも、羽目の外し方が分からなくて……そしたら、勇者様がこれをくれたんです」


 そう言って、ナナは恥ずかしそうに煙草を吹かす仕草をして見せた。


「アルったら、本当に……」


 アルバスがナナに会いに行こうとするエルに渋い反応を見せていた理由はこれか。とエルもすぐに理解し、頭を抱えた。


「うふふ。変わった勇者様ですね」


「そうね、変わってるけれど、とっても良い人よ」


「ええ。不器用ですけど、優しい人です」


 ナナは煙草を伏し目がちに眺めながら、寂しそうに微笑む。


「それ、美味しい?」


「いいえ、全然。でも、悪い事してる気分で、とってもぞくぞくします」


 アルバスの所為で、この清廉潔白な修道女が変な扉を開いてしまいそうだ。


「何それ、変なの」


「ふふっ」


 ナナはまた煙草を吸い、はぁっと大きく息を吐く。


「――でも、神はいつも私たちを見ています。きっと、その内罰が下るでしょう」


 教会に使える修道女のナナにとって、煙草の類はタブーとされている。

 だからこその背徳感なのだが、やはりこれまで真面目に生きて来たナナにとっては葛藤が有った。


「あら、そうかしら?」


「違うのですか?」


「あなたの言う通り、きっと神は見ているわ。それは勿論、悪い所もだけど――あなたの普段の善行だって、見ているはずよ。だから、ね。偶に息抜きするくらい、許してくれるわよ」


「そうだと、良いのですが」


 そう励ますエルに対して、ナナは曖昧に答える。

 勢い任せにやってみたものの、やはり自分の中でもまだそれを咀嚼し切れていない様だ。


「それ、まだあるかしら?」


「ええ、一箱頂きましたから」


 安いものでもないというのに。やはりアルバスは後で叱っておこう。と、エルは心に誓う。


「わたしにも、一本頂けるかしら?」


「え? はい、元々勇者様からの頂き物ですし、勿論構いませんが……」


 エルは煙草を一本受け取り、ナナの煙草から火を貰う。

 そして、大きく煙を吸い込み、そして吐き出す。


「けほっ、けほっ……」


 しかし、エルも慣れない煙草の煙にむせ返ってしまった。


「だ、大丈夫ですか……?」


「ええ……。でも、これでわたしも共犯ね?」


 エルは目に涙を浮かべながらも、そう言ってナナに目配せをした。


「ふふっ。勇者様も、エルさんも、悪いお人ですね」


 ――教会の裏。二人の魔女。

 白い煙が、天に上って行く。

 その煙は彼女の想いを乗せて、どこまでも、どこまでも高く。

 きっと空の上に居る神様にだって、届いている事だろう。

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