#19 『霧』の魔女⑥

 村はずれの教会。

 霧と成り姿を眩ませたナナを追って、アルバスとエルはここまで戻って来た。


「やっぱり、ここに居たのね」


 扉を開けると、そこにはナナの姿が有った。

 どこを見ているのか分からない黒く濁った瞳のまま、教会の中で立ち尽くしている。


「どうだ? 運動してちょっとは気が晴れたか?」


 アルバスはまだ少し痛む身体を抑えつつも、いつもの調子で軽口を言う。


「どうして……わたしは……こんなに……」


 しかし、ナナはアルバスのかける言葉に応える事は無い。

 代わりに、相も変わらずぶつぶつと呟くだけ。


「駄目みたいだな」


 アルバスは早々に対話を諦めて、剣を構える。

 そして、エルも杖を構えて、前へと出る。


「アル、準備はいいかしら? さっき話した通り、今度は逆よ」


「ああ。サポートは任せな!」


 エルは自身に『身体強化』をかけ、ナナに向かって駆け出す。

 そして、杖に『結晶』の刃を形成し、それは槍の様相を成す。

 アルバスも、それに追従して行く。


 ナナはそれに呼応するかの様に、叫びを上げる。今度のそれは、先程までの口の中で呟くぶつぶつとした物では無い。


「――全部、壊れてしまえばいいのよ!!」


 心の悲鳴が、教会中に木霊した。


 エルが『結晶』の槍を振るい、そして『結晶』の矢を撃ち出す。

 しかし、それらは悉く『霧』のバリアによって阻まれる。


 ナナが腕を振るえば、帯状の霧がエルを襲う。

 しかし、アルバスが間に入り、剣でそれを受け流す。


 エルの接近の機会を作る為に、アルバスがタンクとして攻撃を受け続ける。

 そして、数度の攻防の末。

 アルの剣が弾かれた隙に、ナナの一撃がエルの腹部に直撃した――。


 ――かに思えた。が、しかし。

 その一撃はまるで空を切るように、エルの身体を通り抜けて行った。

 見れば、エルの身体が『霧』となり、霧散して行く。

 その現象、それはナナの使う『霧』の幻覚そのものだ。


「言ったでしょう? わたし、見た魔法をそっくりそのまま使えるって、ね」

 

 その声は、ナナの背後からしていた。

 エルは槍となった杖をを棒高跳びの要領で使って飛び上がり、一瞬でナナの背後へと回り込んでいた。

 そして、エルの右手が、ナナの頭部を掴む。


「そして、同じ魔法で『相殺』出来るっていうのも、あなたが教えてくれた事よ?」


 本来であればナナの作り出す『霧』の幻によって認識をずらされ、触れる事も出来ないはずだった。

 しかし、エルはナナの幻を相殺し、逆に自分が幻を見せる事でナナを欺いき、触れられる距離まで肉薄した。


 そして、エルはその右手で“何か”を掴み、一気に引き抜いた。


「――かはっ……」


 その衝撃で、ナナの口から声にならない嗚咽が漏れる。

 エルの手には黒い泥が握られていた。

 それは、ナナの精神の内から引きはがされた物だ。


「アルっ!」


「――ああ。これで、終わりだ!!」


 そして、止めは勇者の一閃。

 エルが引き剥がしたその汚れ、黒い泥。

 それはアルバスの剣の一振りによって塵と成り、虚空へと消えた。


 黒い泥が摘出され、汚れが断ち切られたナナは、ぷつりと電源が切れた様にその場で倒れ込み、それをアルバスはそのまま受け止めた。


「――『支配』の魔法。あのシータって子は下手くそだったけれど、悪くない魔法ね」


 エルはそう手を握ったり開いたりして感触を確かめていた。

 

 あの王都の森で出会った、奴隷商で用心棒をしていた魔女シータ。

 彼女の使っていた『支配』の魔法。

 それをエルは見て覚えていた。

 

 未熟なシータでは動物か魔獣程度しか支配出来なかったこの魔法だが、エルはそれを再構築し、その真価を発揮した。

 『支配』の魔法は精神干渉系の魔法だ。

 だからこそ、心の内に潜り込んだ汚れをも捉える事が出来た。

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