#16 『霧』の魔女➂
そして、話も一段落した頃。
立ち上がろうとした時、急にナナが頭痛を訴え、頭を抑える素振りをみせた。
「っ……」
「?……大丈夫かしら?」
「ええ、少し頭痛がしただけです。最近、偶にあるんです」
「村を守って、子供たちの世話もして、大変でしょうしね。きっと疲れが溜まっているのよ」
「そうかもしれませんね。でも、これが私の仕事ですから」
「そう? でも、無理は駄目よ。簡単な治癒魔法くらいならかけてあげられるから、酷い様だったら言って頂戴」
「ええ、ありがとうございます」
「お大事にね」
そうして、魔女同士の会談を終えたエルは席を立って、アルバスを呼びに行く。
「アル、お待たせ――って、何やってるのよ」
「おじさん、もっと早くー!」
「おじさんおじさん、次ぼくもー!」
「おじさんじゃなくて、お兄さんと呼べと――」
なんて風に、そこには子供たちと戯れる四つん這いのアルバスの姿があった。
アルバスはエルに気付くと、背中から子供を下ろして、
「おう、エル。終わったか」
「え、ええ……」
「もしかして、おじさんの彼女ー?」
「おじさんのお嫁さんー?」
「なっ……違うわよ! ただの仲間というか、そういう関係じゃ……」
「ははは、だと良いんだが、生憎違うんだなこれが。あとおじさんじゃないぞ」
真に受けて顔を朱に染めて狼狽えるエルに対して、アルバスは大して取り合う気も無い。
「えー、ちがうのー?」
「ほんとにー?」
「ごめんな坊主ども。それじゃ、お兄さんはもう行くからな」
「ええー」
「おじさん、また来てねー?」
「おうおう。じゃあな、坊主ども」
そして、子供達と別れて、二人はまたナナの方へと戻る。
「それじゃあナナ、また来るわね」
「ええ、エルさん。お待ちしてますわ。勇者様も、子供達と遊んで下さり、ありがとうございます」
「いやいや、俺は魔法はさっぱりなもんで、暇だったんでね」
アルバスはからすれば本当に二人の世界に入っていけなかった故の暇潰し以上の意味は無かったので、正面から感謝の言葉を述べられるとこれまた妙な居心地の悪さを感じて、ぶっきらぼうに言葉を返すしかなかった。
そして、アルバスたちは教会を後にし、夜まで村の中を見て回る事にした。
「平和な村ね。作物もよく育ってるわ」
「近くの霊山から湧き水が流れて来てるらしい。おかげで野菜が美味いって坊主どもが言ってたぜ」
「随分と仲良くなったみたいね」
「そっちこそ。魔女同士の会談はどうだった?」
「ああ、それなんだけれど――」
と、エルは黒い島の結界が二重に張られている事と、ナナの魔法についてアルバスに共有した。
「ほう。なら魔王討伐にまた一歩近付いたってとこか」
「そうね、今晩にでもまた教会を訪れて、ナナに魔法を教えて貰おうと思うわ」
「ああ、それなんだが、夜は止めといた方が良いかも知れねえな」
「?……どう言う事かしら?」
「いやなに、坊主どもから聞いた話なんだが、どうやらこの村、夜になると出るらしい」
にやり、とアルバスはわざとらしく不敵に笑ってみせる。
「出るって、まさか――」
「そのまさかだ。時計の針が天辺を回ると、村の中を黒い影のおばけが徘徊していて、それに見つかると襲われるって話だ」
「それ、子供を早く寝かせる為の嘘なんじゃないの? ほら、そういうのよくあるじゃない」
「いやいや、これがマジらしいぞ。坊主どもが魔女様が村長の息子から聞いたのを聞いたって言ってたぞ」
「それ、又聞きの又聞きじゃないの……。幽霊なんて、居ないわよ、絶対」
「どうだろうな。そう思うなら、今晩確かめに行くか?」
「嫌よ、時間の無駄だわ」
「なんだ、怖いのか?」
「むっ……そんな訳無いでしょう? 上等よ、なら確かめに行こうじゃないの」
いつもの軽口。売り言葉に買い言葉で今晩の予定が決まってしまった。
「でも、ナナに魔法を教えてもらう約束をしてしまったわ」
「ならナナさんも呼んで、三人で肝試しと洒落込もうぜ」
「あのねえ……」
夜。アルバスたちは再び教会を訪れていた。
勿論ナナから『霧』の魔法を修得する為――ではなく、何故か肝試しのお誘いの為だ。
とんとんと扉をノックしてみる。しかし、反応はない。
「ナナ、居るかしら?」
エルが呼び掛けてみるが、やはり反応はない。
「寝ちまったんじゃねえか?」
「一応今晩また来るって言ってあるのよ、そんなはず無いでしょう」
エルにじとっと睨まれたアルバスは「へいへい」とそのまま無遠慮に教会の扉に手を伸ばす。
「ちょっと」
エルがそう制止しようとしたものの、ぎぃっと短く軋む音がして、扉は何の抵抗も無く開いてしまった。
「おい、鍵掛かって無かったぞ。不用心だな」
そのままアルバスはずかずかと中へと入って行くので、エルもその後に続いた。
そのまま教会の中を住居スペースの方まで隈なく捜索する。
「エル、そっちはどうだった?」
「駄目ね。ナナの私室の方も見て見たけれど、ベッドに入った形跡も無かったわ」
しかし、どこにもナナの姿は無かった。
二人の胸の内を少しの違和感、言い知れぬ不安感が過る。
「こんな時間に、どこか出掛けたのか……? ひとまず、村の方を探しに行くか」
「ええ、そうね……」
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