#17 『霧』の魔女④
村の方へと戻ってみると、辺りには先程まで無かったはずの霧が立ち込めていた。
夜の暗闇と相まって、視界が悪い。
昼間の明るい雰囲気とは対照的な、怪し気な世界。
「おいおい、どうなってんだこりゃ。さっきまでこんな霧……」
「ねえ、アル。あれ……」
エルがそう言ってアルの服の裾を引き、指で示す方にアルバスも視線を向ける。
すると、そこには霧の中に浮かび上がる、黒い影が有った。
「まさか、本当に幽霊がお出ましとか?」
「なによ、人の事は散々煽っておいて、自分はびびってるの?」
「な……んな訳無いだろ。幽霊だろうと魔王だろうと、俺がこの剣で斬ってやるよ」
そう言って二人が問答をしている間にも、その黒い影は少しずつアルバスたちの方へと近づいて来る。
アルバスは慌てて剣の柄に手を置き、構えの体勢を取り、エルはその後ろに隠れ、ひょっこりと顔だけを覗かせる。
そして、その影が近づくにつれて、少しずつその輪郭もはっきりとして行き、ついのその全貌が露わとなった。
「――って、ナナじゃないの」
しかし、幽霊だと思っていたその黒い影の正体。
それは探していた『霧』の魔女ナナだった。
ナナは二人と距離を少し置いた位置で立ち止まる。
元々ナナを探しに来ていた二人。
普通に考えれば、教会に帰る途中のナナと鉢合わせたのだろうと思い至るのだろうが、幽霊の噂に怯えるあまり、ついそうだと思い込んでしまっていた。
「なんだよ、驚かせやがって……。ナナさん、探してたんだぜ?」
「そうよ、今晩行くって言ったじゃない。何をしていたの?」
自分たちが幽霊なんてものに怖がっていた事を悟られまいと、二人してナナに当たりだす。
しかし、ナナは二人と少し離れた位置で立ち止まった後、何も反応を返す事は無かった。
その様子に二人が違和感を覚えていると、ナナは焦点の合わない虚ろな目のまま、ぶつぶつと何かうわ言を呟き始める。
「ナナ……? どうしたの?」
エルがナナへと近づこうとする。
「ぁぁ……、ぁぁぁぁああ!!!」
しかし、突如ナナが喉の奥からか細い叫び声を上げ、それと同時に辺りを満たす霧が騒ぎ出す。
「エルっ――!」
アルバスは咄嗟にエル庇う為に飛びつき、二人は地に倒れ込む。
そして、倒れた二人の頭上を鋭い帯所の霧が勢いよく通過して行った。
「危ねえ……大丈夫か?」
「え、ええ……ありがと」
二人は急いで身体を起こし、アルバスは剣を抜き臨戦態勢を取る。
「おい、ナナさん。これは一体どういう事だ?」
しかし、ナナはそれにも答える事無く、腕を振るう。
それと同時に、再び鋭い帯所の霧の攻撃。
高速で振動する霧、小さな粒子状の水が、まるで斬撃の様に繰り出される。
アルバスはその攻撃を剣で受けるも、がりがりと嫌な音を立て、弾かれて後方へと吹き飛ばされる。
「アル――!」
「ちっ、正気じゃないみたいだな」
ナナは依然虚ろな目でうわ言をぶつぶつと呟きながら、淡々と魔法による攻撃を放ってくる。
アルバスとエルはその攻撃の波を回避し、『結晶』の盾で防ぎ、何とか防戦に徹するも、攻勢に移る事が出来ない。
それは実力的に勝てないという意味ではない。勿論魔獣相手の様に殺す気で戦えば、二人がかりであれば倒す事などそう難しい事ではない。
しかし、相手は正気を失っていると言ってもただ善良な人間だ。剣で斬る訳にも行かない。
「埒が明かねえ。女を殴る趣味は無いんだがな……俺は接近して打撃で気絶を狙ってみる。エル、サポート任せたぞ」
そう言うと、エルの返事も待たずにアルバスが下段に剣を構え、真っ直ぐとナナに向かって突っ込んで行く。
ナナも本能的に帯所の霧をアルバスに向かって放つが――。
「咲き誇れ――!!」
二人の息を合わせた攻防。
エルの『結晶』の盾がアルバスの前に現れ、角度を付けた盾は斜めにナナの攻撃をいなす。
アルバスはその攻撃が流れたのと逆方向に跳ね、更に距離を詰める。
ナナが腕を振り、再びの攻撃。
しかし、その攻撃も剣の側面で受け流す。
剣は攻撃の勢いに流されるまま、アルバスの手を離れ、地に落ちた剣はがらんと大きな音を鳴らす。
そして、その勢いのまま一気に残りの距離を詰め、ついにアルバスはナナに肉薄する事に成功した。
「我慢、してくれよ――っと!」
アルバスが拳を叩き込む。
その刹那。アルバスとナナの視線が交差する。
そして、アルバスはナナのその瞳の色が、黒く濁っているのを見た。
その色を、アルバスは知っていた。
拳はナナの身体を捉える。
しかし、何の手ごたえも無く、その拳は空を切った。
振るった拳の勢いのままアルバスの身体はナナに向かって突っ込むが、それもやはり空を切る。
見れば、ナナの身体自体が霧と成り、その身体をアルバスはすり抜けてしまっていた様だ。
アルバスはその勢いを殺し切れず、そのまま地面に激突。
『霧』の魔法による幻だ。
本来のナナの身体は、アルバスの認識していた位置よりも、人間一人分以上ズレていた。
そして、接近していたアルバスには、ぶつぶつと呟くナナのうわ言の内容が聞こえて来た。
「私は、こんなに頑張っているのに……」
その言葉が耳に入り、認識するとほぼ同時に。
散々暴れて満足したのだろうか。ナナの身体はそのまま霧に溶けて行き、霧散してしまった。
「ちっ、どこ行きやがった!?」
しかし、その声に応えるべき者はもうこの場には居ない。
残されたアルバスとエル。
戦闘が終わったのは、丁度、騒ぎを聞きつけた村の住民たちが集まって来た頃だった。
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