#15 『霧』の魔女②
村の外れにある、少し古い小さな教会。
とんとんと軽く扉をノックし、
「ごめんくださーい」
と声を張る。
しかし、誰も出ては来ない。
その代わりに、中からは黄色い声が漏れて聞こえて来た。
「魔女様ー!」
「ねえ魔女様、遊んで遊んでー」
「もう、駄目ですわ。お客様が来ていますから」
中で魔女様と呼ばれる女性が子供にもみくちゃにされている姿が容易に想像出来た。
「エル、帰るか」
「何言ってるのよ、ここまで来て。入るわよ」
少し面倒に思ったアルバスが踵を返そうとするも、どうやら鍵は掛かっていなかった様で、エルはがちゃりと扉を開けて中へ入ってしまった。
アルバスも仕方なく、後に続く。
教会の中へ入ると、数人の子供と、そして一人の女性が居た。
赤茶色のパーマがかった髪、深い緑色の瞳。黒い修道服姿。
一目でその女性が件の魔女様なのだとすぐに分かった。
どうやらこの教会は村の託児所の様になっているらしい。
仕事で出払っている家の子たちが集まっていた。
「失礼するわ。あなたが、『霧』の魔女で間違いないかしら?」
エルがずかずかとその女性に歩み寄って行けば、周りを取り囲んでいた子供たちは知らない客人に驚いてしまったのか、たったかと走って奥へと引っ込んで行ってしまった。
「ええ、お出迎え出来ずに申し訳ございません。私がこの教会を治めております、『霧』の魔女ナナ・スカーレットと申します」
そう言って、『霧』の魔女ナナはぺこりと優雅にお辞儀して見せた。
「初めまして。わたしは『結晶』の魔女エルよ。よろしくね。で、こっちが――」
と、エルはアルバスの方に視線をやり、追従を促すので、続けて、
「ん、ああ。勇者アルバス・ヴァイオレットだ。突然悪いな」
とアルバスも挨拶を並べ、長椅子に腰掛けて煙草を取り出す。
「あの、勇者様……」
「ん?なんだ、あんたも要るかい?」
ナナが興味を示したのかと思ったアルバスは、煙草を一本ナナへと差し出してみる。
「いいえ、私は教会に仕える身ですから、そういった物は……」
「何やってんのよ、アル。教会の中で煙草なんて吸うもんじゃないわよ」
エルは呆れた様に、そうアルバスを咎める。
「んあ、そういうもんなのか。育ちが悪いもんで、すまんな」
そう言って、アルバスはいそいそと煙草を懐へと仕舞い込んだ。
「いえ、お気遣い感謝します。それで、その……今日はどういったご用件でしょうか」
「ええ。村の人からあなたの話を聞いて、気になって会いに来たのよ」
「ああ、村を覆っている『霧』の結界の事ですね」
「結界、そうね。おかげで、この村は安全みたいね」
「ええ。私の魔法には幻を見せたり、認識を歪める力が有るんです。それを使って、魔獣が村に入らない様に結界を張っているんです。最も、私一人の力ではこの小さな村一つ守るので精一杯ですが……」
アルバスは素行の悪さを咎められてしまい居心地が悪くなったのも有り、魔女同士の世界が築かれ始めた事を察すると、その場を去る事にした。
そして、先程引っ込んで行って今は奥からアルバスたち客人の様子を窺っていた子供たちの方へとちょっかいをかけに行った。
エルはそんなアルバスを横目に見送り、一つ溜息を吐いた後、並べられた長椅子の一つに腰を下ろして、ナナとの話を続けた。
「謙遜しなくてもいいわ。この規模で結界を展開するなんて、並大抵の魔力じゃ不可能よ。流石、二つ名持ちの魔女ね」
「でも、エルさんだって、『結晶』の魔女なのですよね? 強い魔力を感じます。きっと、とても凄い魔女なのでしょう?」
「そうね。あなたがその魔法を使う所を見せてくれれば、それをそっくりそのまま真似出来るくらいには、ね」
「ああ、なるほど。ここへ訪れたのは、それが目的でしたか」
「それも勿論有るわ。けれど、それだけじゃないの」
「と、言いますと?」
「黒い島について、何か知らないかしら?」
エルはこの霧の結界に包まれた村を見た時から、あのズズから聞いた黒い島の話と重なっていた。
決して辿り着けない、霧に包まれた黒い島。
魔獣を寄せ付けない、霧に包まれたゴーフ村。
全く同じという訳では無いが、類似性は有る。
もしかすると、この『霧』の魔女の魔法が何かしら関わっているのではないか、と思っていたのだ。しかし、
「お役に立てず申し訳ありませんが、その黒い島という所については、何も存じ上げません」
「そう。ならいいわ」
「でも、そこと私にどういった関係が有るんですか? 私に聞くという事は、何かしら理由が有るんですよね?」
「そうね――」
そう聞かれて、エルはズズから聞いた黒い島についての概要を、そのままナナに伝えた。
「なるほど。でしたら、もし仮にその結果が私の魔法と同質のものだとすれば、同じ魔法をぶつける事で、その結界を相殺出来るかもしれません」
「そんな事が、可能なの?」
「理論上は、ですが。しかし、恐らく結界は複数張られているのだと思います」
「どうして、そう思うの?」
「こうしてあなた方がゴーフ村へ入って来られたように、『霧』の魔法は認識さえしてしまえば、容易にその内へ入ってしまえます。しかし、先程のお話では見えているのに近づくことも出来なかった、との事でしたから」
「つまり、島の存在自体を隠す『霧』と、物理的な侵入を防ぐもう一つの魔法。その二つの結界が張られている可能性が高いって事ね」
「ええ、そうだと思います」
つまり、ナナの『霧』魔法が有れば、黒い島を覆っている霧を相殺し、その島の全貌を暴く事が出来る。
ただでさえ正確な位置の分からない謎の島だ。これは一歩前進と言えるだろう。
「貴重なお話、感謝するわ。それで、あなたの魔法を教えて貰いたいのだけれど――今は子供たちが居て忙しそうね。今晩にでもまた、来てもいいかしら?」
「ええ、勿論です。魔王討伐のお役に立てるのでしたら、喜んで」
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