5日目
乗客がほとんどいない電車。依子と貴久は並んで座り、揺られている。天井付近に取り付けられた扇風機がガタガタと言いながら車内の空気をかき回している。
依子:平日の昼間は案外空いているのね。
貴久:そうですね。次の駅で降りますよ。そこから少し歩きます。
依子:わかりました。
電車から降り、依子と貴久は二人で歩いて海を目指す。舗装されていない砂利道に足を取られながら、降り注ぐ日差しに肌を焼かれながら歩く。やがて道は雑木林に入っていく。
依子:写真で見たことはあるけれど、自分の目で見るのは初めてだわ。
貴久:僕もです。
依子:海を見たら、その後は……。
貴久:(無言で先を歩く)
雑木林を抜けた先に、白い砂浜と青い海が広がっていた。海面は陽の光を浴び、それを反射させては輝いている。
貴久:着きましたね。
依子:そうね。眩しい。
貴久:眩しいですね。
依子:写真で見た海はもっと綺麗だった気がする。
貴久:そんなものでしょう。
依子:ああ、でも。来てよかった。
貴久:そうですか。
依子:……はい。
貴久:よかったのですか? 画材道具を持って来なかったですが。
依子:いいのよ。どうせ前のようには描けないのだから。網膜にしっかりと焼き付けるわ。
貴久:……おかしいな。
依子:何が?
貴久:美しい景色を見たら、君と見ることが出来たら、もう少し生きたいと思うかもしれないと、そう思ったんです。この思い出を力に、前を向けると思ったんですけど。人の気持ちはそんなに簡単じゃなかった。自分の感情ですら完璧に理解も操作も出来ないんだ。僕はどうしたって、君と一緒にいたいみたいだ。
依子:そう……。
貴久:ああ、でも、約束ですから。わかっています。これでさよならです。君はどれだけ僕が駄々をこねたところで一緒に逝くことを許してはくれないのだから。君を殺して、僕はいきます。それで満足するんですね?
依子:ええ。私はそれで満足です。酷いことをさせてごめんなさい。
貴久:今更謝らないでください。君の我儘は今に始まったことじゃない。でも、人殺しの強要は流石に参ったな。案外君の後を追うのも、そう遠い未来ではないかもしれませんね。
依子:それは……悲しいわね。生きるために殺して、その罪による罰で殺されるなんて。
貴久:本当に笑えないね。
依子:ふふ、そうね。どうか、恨んでくださいね。そして、私の死体はどこか誰にも見つからない場所に隠してください。
貴久:さいごまで注文が多いね、君は。
依子:あなたこそ、なんだかんだ全部聞いてくれるのだから、弱い人ね。
貴久:そんなものかな。
依子:そんなものよ。
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