失恋

 彼女は失恋するとあらわれる。



「誰から聞いたの」

 そう尋ねても、絶対に答えてくれない。代わりに、今日はケーキを持参しる。

「これ、食べたかったでしょ?」

 中身をみせながら、小さな箱に収まるまあるいみどりのムースは、確かに、先週テレビで見て、おいしそうだと思った奴だ。

 一緒に食べようよ、って彼に言って嫌がられたやつだ。

「アンタと食べたかったから、買ってきた」

 笑って彼女は私の頭を撫でる。

 違う、あなたじゃないの。それをしてほしかったのは。

 だけど、笑って、優しく、撫でてくれるから。

「泣いてもいいよ」

 優しく、そう囁いてくれるから。

 抱きしめてくれる彼女は、柔らかくてふわふわしていて気持ちがいい。いいにおいがする。とても優しい柔らかさ。

 彼の頼もしい、ゴツゴツとした力強さと大違い。

「いやされるう…」  

「でしょ?」

 嬉しそうに彼女は言って、そして、私の髪の毛に触れる。

「また、切ってあげる、失恋記念」

 彼女は美容師なのだ。

 私は、こくりと、頷いた。


 彼女は失恋するとあらわれる。


 2023.10.20

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2000文字以下の日常の風景 眼鏡のれんず @ren_cow77

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