第3話 執事見習いの失踪

 その後、私たちはなんとか屋敷に辿り着き、執事長にバレる前にそれぞれ自室に戻った。

 幸い、私の熱は大したことはなかったようで、目覚めた時にはすっきりとしていた。

 しかし、ヤマトが朝七時になっても部屋にやって来ない。不安になってヤマトの部屋を訪ねたが、彼の姿はどこにもなかった。


「執事長、ヤマトは!?」

「わかりません……。彼の実家に電話をしてみましたが、繋がらないのです。もしかしたら、この電話番号は偽りだったのかも。キツネに抓まれた感じですなぁ……いやはや」

「彼はキツネじゃないわ! オオカミ少年よ!」

「……は?」


 私は、憤慨して部屋に戻った。


「お嬢様、オオカミ少年も嘘つきですぞ……?」


 執事長が、ポツリと呟いた。


 ヤマト、どうして黙って行ってしまったの?

 昨日一日だったけれど、私、あなたがいて楽しかったわ。

 満月をバックに宙を飛ぶなんて、その時は怖くてびっくりしたけど、滅多にできる体験じゃない。

 今思うと、とても嬉しかった。


 私は、寝台にうつ伏せになって考えた。電話も繋がらないということは、実家に行ってもいないかもしれない。

 それに、私は出歩ける体じゃない……。どれだけ対策をしても、特に顔の部分は隙間ができてしまう。そんな私が街を出歩いたら、どうなるか……。

 執事長だって、反対するに決まっているわ。


 ……それでも、行かなきゃ。

 まだ、日差しの強い時間じゃないから大丈夫。

 日差しの強い時間帯は、影にいれば……。

 意を決するように、シーツを強く握りしめた。


 私は、帽子にサングラス、マスクという万全の日焼け対策をして外に出た。傍から見れば、完全に不審者だ。


 最寄の駅までは、車で来た。

 お抱えの運転手にも反対されたけれど、「じゃあ自分で行く」と言ったら、あっさりと乗せてくれた。

 後で執事長に報告されるでしょうけどね……。

 本当は、ヤマトの実家まで車で行ったらいいのでしょうけれど、それだと意味がないような気がするの。


 ヤマトが、実家にいるといいけれど……。

 電車に揺られながら、ずっと彼のことを考えていた。


 駅から徒歩数分。履歴書に書いてあった住所だと、このマンションのはずだった。

 しかし、チャイムを押しても反応しない。

 その時、隣の人が出てきて、私の日焼け万全対策姿を見てぎょっとしていた。


「あ、あの、ここの……。ヤマトさんのお宅は……」

「ヤマトさん? 一週間前に引っ越しましたけど……」


 ひ、引っ越した!? ヤマトがうちに来たのは一昨日で、昨日から住込みで働くようになって……。

 え? どういうこと?

 引越し先を訊ねたが、知らないそうだ。


「ここの、息子さんは?」

「一緒に行ったんじゃないですか? あれ、でもそういえば……。二~三日前に見かけたような気が……」


 ヤマトは一緒に行かなかった。だから、うちへ住込みで働こうと思ったんだわ。

 ご両親と、うまく行ってないのかしら……?

 もしかして、彼の正体……獣人と何か関係している……?


「それより、顔色悪いけど大丈夫ですか? やけに青い顔してるけど……」

「……失礼します!!」


 私は、慌ててマンションを後にした。 

 まずいわ……。隠しきれていない肌の部分が、変色し始めている。

 ヤマト……一体、どこへ行ってしまったの?

 陽の高くなった街を彷徨い、疲れてその場にうずくまってしまった。なんとか日陰に……行かないと……。


「キミ、大丈夫か?」


 声を掛けられ、見上げると警察官だった。


「気分が悪いなら、救急車を呼ぶが」

「あ、大丈夫です……」


 ここで救急車なんて呼ばれたら、屋敷に連れ戻されてしまう。


「しかし、そんな格好していると不審者と思われるよ? せめて、サングラスだけでも取ったらどう? あ、もしかして芸能人?」

「ち、違います……」


 なんともフランクな警察官だ。

 早くここから立ち去りたかったが、日差しの強さに眩暈がして動けなかった。


「じゃあ、いいじゃない。この辺り、本当に不審者が多いんだよ。間違って補導されるよりは、いいと思うよ」

「あっ……!」


 警察官は、有無を言わさずサングラスを取ってしまった。


 私の肌は、みるみる変色していく。

 慌てて手で覆ったが、遅かった。


「……うわっ!? わ、悪かったよ!!」


 警察官は、サングラスを投げ捨てて走り去った。

 私は落ちたサングラスを拾い上げて、すぐに付け直した。

 ざわめく民衆。周りの視線が、痛い。


 ヤマト、もしかしてあなたは……私と同じだったの?

 あなたは獣人になった時、私は皮膚が変色した時、周りから、両親から……いたたまれない視線を感じていたの……?


「お嬢様、大丈夫ですか!?」


 立ち尽くす私に声をかけてくれたのは、帰ったはずの運転手だった。

 どうやら、心配してしばらく待機していてくれたようだ。


「執事長に連絡はしてあります。さあ、もういいでしょう。車にお乗り下さい」

「そうね……」


 促されて、私は車に乗った。

 皮膚が焼かれたように、痛みを感じた。


「しかし、なぜヤマト殿を探しておられるのです? 黙って出て行ったからというのはわかりますが……。若い者は、何かあるとすぐに黙って出て行くものですよ。私だって、そりゃあ若い頃には……」

「私も、オオカミ少年だからよ」

「はぁ?」


 わからなくていい。私は、ただヤマトに会いたかった。会って、彼の気持ちをわかってあげたかった。でももう、それも叶いそうにない。

 私は、最低二週間の入院を余儀なくされた。

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