第18話 訪問者
どっきりの撮影が行われた後、私と透は付き合い始めた。
会うのは専ら彼の家。
2人ともラバーマネキンになって交わったり、私がラバースーツを着たままワニの着ぐるみに入って飼育プレイをしたりしている。
変なカップルではあるが、これはこれで私は満足している。
ただ、透が私をラバーマネキン姿でいろいろな事に挑戦する企画のYouTuber になろうと言い出したのを今は必死に断り続けているところだ。
そんな変な透だが、私は大好きだ。
ただ、一つ不安がある。
それは透が拉致しようとした愛菜ちゃんの事。
愛菜ちゃんはおそらく私の顔しか知らない。
透の事は知らないはずだが、四方手を尽くして透の事を調べて慰謝料を請求してくるかも知れない。
もしくは警察へ被害届けを出して警察がくるかも知れないといろいろ想像を膨らませて不安になっていた。
しかし、1か月が経っても2ヶ月が経っても、今までの生活に変化はなかった。
職場はワニの着ぐるみどっきりが放送されて以降、園は大盛況だったが、人の噂も七十五日とはよく言ったもので、2月中旬頃には客足は以前と変わらなくなった。
一番寒い時期も重なったのも要因の一つだろう。
そんな時、ペンギンを見に来ている1人の女性がいた。
赤いロングダウンコートにマフラーをしている。
雪が降っていたのでフードを被って立っていた。
ペンギンのお世話をしている私と目が合い会釈したように見えたが、気づくといなくなっていた。
だが、少しするとまた戻って来て私に声をかけてきた。
「阿蘇さん、阿蘇ミクさん!」
私は彼女に呼ばれて観覧の柵の方へ近づいた。
女性はダウンコートのフードを取ると話しかけて来た。
「あのー私、愛菜です、伊都川愛菜です、今日仕事終わりにお時間頂けませんか?」
遂に来た、本人が直接乗り込んできた。
私は覚悟を決めて、仕事終わりに待ち合わせの時間と場所を愛菜ちゃんに伝えた。
愛菜ちゃんからは赤い車で待っていると返ってきた。
それが済むとワニの展示スペースの方には目もくれずに帰って行った。
私は愛菜ちゃんから何を突きつけられるのか想像を廻らせ、気分が悪くなっていくのが分かった。
仕事が終わり、透と一緒に帰るのを断ると、愛菜ちゃんとの待ち合わせ場所へ向かった。
待ち合わせ場所には赤いミニクーパーが停まっていた。
さすがアイドルかわいい車に乗っているんだと思いながら、窓をノックし愛菜ちゃんを確認し、会釈すると、ドアを開けてくれた。
「お邪魔します」
私が一声かけて乗り込むと、車は何処かへ走り出した。
私は逃げられない状況で何を問い詰められるのか、不安で口を開けなかった。
重苦しい空気の中、愛菜ちゃんが口を開いた。
「急にごめんなさい、お忙しい中付き合わせちゃって」
「いえ、特に予定ないので大丈夫ですよ」
「でも、大変ですね、寒い雪が降る中でも動物のお世話はキツくないですか?」
「そうですね、キツいですけど、動物が好きなので」
たわいもない話をしていたが、意を決して本題に入ろうと口を開いた。
「今日は私にどんな御用なんですか?」
私の質問を遮って愛菜ちゃんが返す。
「もう、着いたから部屋でゆっくり話しましょ」
“部屋で?“
車はマンションの地下駐車場へと滑り込んだ。
車から降りて、愛菜ちゃんの後をついて行く。
セキュリティのついたエレベーターに乗り、目的の階へ。
そして左柄と書いてある表札の部屋へと入る。
「ソファーにかけて、飲み物は紅茶でいい?」
私はソファーに座り、愛菜ちゃんにハイと返事をした。
リビングはそこそこの広さで、綺麗に整理整頓されている。
私の愛菜ちゃんのイメージはボーッとした天然キャラだったが、普段はテキパキしていてるのでイメージは払拭された。
愛菜ちゃんが紅茶を運んで来てくれた。
いよいよ本題に入る、私の鼓動が速くなるのが分かる。
愛菜ちゃんは紅茶を一口飲むと表情が変わった。
「阿蘇ミクさん、あなたの事はいろいろ調べさせてもらいました」
口調も先までとは違い重い感じがする。
「あなたはS県H市の出身、1998年12月12日生まれの23歳、小学校はH市の東第二小学校ですね」
“え、なんで、そんなに私の事を調べてるの?“
心の中で呟き、透の事も既に調査済みで私との関係も知られていると思った。
“もうダメだ、愛菜ちゃんからは逃げられない“
「ごめんなさい!」
私はソファーから降りて愛菜ちゃんに土下座した。
この後、愛菜ちゃんから浴びせられる言葉を覚悟した。
しかし、私に浴びせられた言葉は違った。
「え、どうしたの?ミクちゃん急に」
愛菜ちゃんの声には重みはなく、動揺している感じがして頭を上げた。
愛菜ちゃんは私を見て、目をまん丸にしている。
「え、ミクちゃんどうして急に謝ったの?」
私は透のした事、私が愛菜ちゃんの身代わりなった事を正直に話した上で、愛菜ちゃんが私や透を訴えるのではないかと思った事を説明した。
愛菜ちゃんは私の話を聞いていたが、ふぅーんといった感じで特に気にしていない様子だった。
ならば、どうして私を自分の部屋に連れてきたのだろうか?
愛菜ちゃんが話し始める。
「私ね、あのどっきりの日、ミクちゃんに会って初めは変な子だなぁって思ったんだ」
確かに私もあんな格好で、カバンに閉じ込めてと言われたら変な人にしか思えない。
「でもね、ずっとミクちゃんの顔とあの赤いラバースーツ姿が頭から離れなくて」
そう言うと、愛菜ちゃんは顔を赤らめて両手で顔を隠した。
“え!?なんだろう、この光景、見たことあるような“
私は心の中で呟き、記憶を辿るが出てこない。
少し紅潮した愛菜ちゃんが顔を上げて続きを話す。
「でね、ミクちゃんの顔をこの数ヶ月ずっと思い返してたんだ、そうしたら一つの記憶に辿り着いてん」
愛菜ちゃんの口から方言が突然飛び出した。
「でもね、仕事が忙しくてミクちゃんに会いに行けんかったんよ」
方言は聞き慣れた方言。
「でね、今日やっと行けたわけなんよー」
嬉しそうに興奮気味に話す愛菜ちゃん。
「ミクちゃん、覚えとー?私の事?」
“え、私って愛菜ちゃんと知り合い?“
急な事で私の頭はついてこない。
「ミクちゃん、その顔は覚えてないなぁ」
「親友の顔を忘れるなんて、ひどいぞー」
アイドルが私に親しく話しかけてくるが、人違いではないかとさえ思えてくる。
「実家の畳屋さんのい草のいい匂いだったなあ、今でも畳の匂いを嗅ぐと思い出すねん」
“え、なんで私の実家の事まで知ってんの?“
「ミクはまだキョトンとして、思い出してへんねやろ」
とうとうタメ口になった、あなたはいったい誰ですか?
私の心の声が届いたように、愛菜ちゃんが話し出す。
「私の誕生日はあなたと同じ1998年12月12日生まれで23歳、本名は左柄めぐみ、あなたが知ってる名前は山縣めぐみ」
私の記憶が戻ってきた昔とは違いはるかに綺麗になっているけど面影はある。
「メグちゃん?」
私の問いかけに、大きく頷く愛菜ちゃん、いやメグちゃん。
私たちは久々の再会に抱き合って喜んだ。
「ミク、早く気づいてやぁ」
「ごめん、ごめん、まさかあのメグちゃんがアイドルになってるなんて想像もしてなかったから」
伊都川愛菜は芸名で本名は左柄めぐみ。
私とは小学校の同級生で4年生の時、親の離婚が原因で引越していった。
それ以来の再会となった。
生年月日が全く同じで仲の良かった2人の夢はアイドルだった。
私は夢を諦めたが、メグちゃんは夢を叶えたんだと自分の事のように嬉しかった。
次の日、お互い仕事があるという事で、連絡先を交換して、また会う約束をして送ってもらった。
親友との再会に盛り上がったが、ふと透の事が頭をよぎった。
「メグちゃん、お願いがあるんだけど、サイン貰えないかなぁ?彼氏が愛菜のファンで」
メグちゃんはにっこり笑うと色紙にサインをしてくれた。
「彼氏いいなぁ、今度会わせてよ!」
メグちゃんの言葉に私は動揺しながらも、
「機会があれば紹介するよ」と流した。
“もうすでに会ってるから、会わせたくないよ“
それが私の本音だった。
何はともあれ、透が訴えられる事もなく、これからも平和に過ごしていける事に胸を撫で下ろした。
透の起こした拉致事件を通して、私は2つのものを手に入れた。
一つは彼氏、そしてもう一つは昔の親友。
完
番組ロケ拉致事件 ごむらば @nsd326
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