第13話 誘拐

「あっつい!」

私は男子更衣室の片隅でドラムバッグの中に閉じ込められている。

しかも、呼吸穴がものすごく小さなゴム製のタイツを全身に纏い、さらにワニの着ぐるみに入っている。


“かなりキツイなぁ!透、早く帰らないかなぁ“

そんな事を考えながら待っていると、来た!

慌ただしい足音、荒い呼吸が透である事を連想させた。

“やっと来た!“私は心の中で呟いた。


透は私の入ったドラムバッグを担ぐと急ぎ足で車へ向かうのが分かった。

駐車場は幹線道路沿いにあるため、車の音が大きく聞こえてくる。

車のドアが開く音がして、私の体はシートの上に降ろされた。


程なくして発進。

私に車の走行時のGがかかる。

透、荷物扱いしてシートベルトはしてくれないだと思った。

透の家は職場からほど近いマンション。

一人暮らしの透の家へ、職場から近いというだけで飲み会の会場となった事があったので知っている。


車が停止し再び私は浮き上がる奇妙な感覚に襲われる。

そして、しばらく移動した後、私は優しく降ろされた。

透の家へ到着したようだ。

“早く開けて!“

私の気持ちをダイレクトには伝えられない。

開けてもらえるのをひたすら待つ。

そして、私はこれから愛菜ちゃんを演じなければならない。

つまり、声は出せない。


ドラムバッグのファスナーを開く音、それと共に新鮮な空気が僅かなワニの口の隙間から入ってきた。

今まで熱気の篭もった自分の吐いた息を吸っている感じだったので、違いを感じる。


透の手がドラムバッグの中へ入ってきた。

しっかりと私を抱き抱えると、丁寧にドラムバッグから取り出した。

私はワニの着ぐるみの中でラップ拘束により丸まった状態でしばし待つ。

少し間をおいてからラップの解体を始めた透。

ラップが解かれ、久々に体を伸ばせる。

私はまた悩んでいた、愛菜ちゃんは眠らされていたので、眠ったふりを続ければいいのかどうかを。

仮に愛菜ちゃんか連れて来られて目を覚ましたらどうするだろうと考えた。

知らないところへ連れて来られたのが分かれば、怖くてジッとしているだろう。

私はそうする事にした。


透はワニの口のラップを外す前にテレビをつけて、音量を上げた。

そろそろ薬が切れる事も透は分かっているようだった。

騒がれても誤魔化せるようにテレビをつけたのだろう。


そしてワニの口のラップが外された。

ワニの口が大きく開き、私の視界がゴム製のタイツの赤で染まり、新鮮な空気が大量に入ってきた。


ワニの着ぐるみの中へ透の腕が入ってきて、私を引っ張り出そうとする。

しかし、恐怖を感じている愛菜ちゃんならきっと、ワニの脚に入れた手足を踏ん張って、抵抗を試みるだろう。

「やっぱり目覚めてたか?」

透がボソリと呟いた。

今度は強引にかなり力を込めて引っ張りだそうとするが、私も頑張って抵抗する。


すると、諦めたようで透の腕はワニの着ぐるみから出ていった。

“やった!うまく行ったのかなぁ?“

私は自分が見知らぬ男性に今の状況に追い込まれた時どうするかを考えて演じる事にした。


どうやら透はソファーに座りテレビを見ながら私が出てくるのを気長に待つようだ。


私は考えたワニとして動けるようになったのなら、逃走を図るのがセオリーではないか。

しかし、視界は真っ赤、おまけにこのワニの着ぐるみは非常に歩きにくい。

女子なら恥じらうようなポーズで、床に這いつくばるようにして歩かなければならない。

さらに付け加えると、私の大きな胸がこの体勢で歩くと着ぐるみ越しだが、擦れて軽い刺激を与え、変な気持ちにさせる。


そんな事だから壁や扉、ソファーにぶつかり、その度に出口を求めて方向転換したが、出口に辿り着く事は出来なかった。


テレビの音の方に行けば透がいると思いそちらへ向かう。

“頑張ったけど限界、暑い、透ぅ引っ張り出して“

ワニの口の外に手を出し、パタパタし降参と救出を訴えた。


訴えが通り、通るに引っ張り出してもらう。

こうしてようやくワニの着ぐるみから出してもらったものの、一人恥ずかしい体勢で這いずり回り疲れて呼吸がなかなか整わなかった。


透は私の前から離れた。

薄らとだが赤い視界の中に黒い影が離れていくのが見えた。

透は愛菜ちゃんの逃走する気力も体力も奪ったと思っているのだろう。

入れ替わった私は逃走する体力もあるし、そもそも逃走する気がない。

何故なら、こんな奇妙な形だが、透とやっと2人きりになれた。

だから、透の望む事は愛菜ちゃんと間違われていても叶えてあげたいと思う。

バレた時、透が私の事をどう思うか分からないけど…… 。


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