第12話 あそう みく
今日は隣のワニのスペースが賑やかだ。
私はいつもと同じようにペンギンたちの世話に追われている。
私は阿蘇ミク、飼育員を始めて3年目だ。
今日はテレビのどっきり番組の撮影を隣でやるようだ。
アイドルグループのENAMEL STYLE 7菜がくるそうだが、私はあまり好きではない。
ただ、隣の飼育員にENAMEL STYLE 7菜のメンバー愛菜にご執心の奴がいる。
だから、他のメンバーは知らないが愛菜だけは知っている。
いつもだいたい昼休みに真菜下 透と私は一緒に食事を摂る。
透も飼育員3年目つまり私の同期だ。
同期は数人いたが、今は透と2人だけになってしまった。
透は決まってENAMEL STYLE 7菜の話をする。
ライブがどうとか、テレビ番組でどうだったとか。
そしてそこから推しメンの愛菜について語り出すのだ。
アイドルまでとはいかないが、そこそこ可愛い私を目の前にして。
“ムカつく!!“
私は透の事が好きだ。
でも、透は私の事をなんとも思っていない。
透の頭の中は、愛菜の事でいっぱいなのが、さらにムカつく、そして会った事もない愛菜に嫉妬している。
鼻の下を伸ばしている透を見るのが嫌で、どっきりの撮影の日はワザと早出をしてさっさと帰ることにした。
タイムカードの打刻を済ませ、女子更衣室の鍵を持って着替えに向かう途中、ワニを抱えてこちらに向かってくる透が見えた。
ただならぬ様子の透、今顔を合わせるのはマズイ気がした。
女子更衣室に入ることも考えたが、最近開錠がスムーズにいかないので、透との遭遇を避け常時施錠されていない男子更衣室に逃げ込んだ。
もしここに入って来たら、私は空いているロッカーに隠れた。
私から遅れて数十秒後、透がワニを抱き抱え男子更衣室に入ってきて、すぐに扉の鍵をかけた。
ロッカーの隙間から透の様子を探る。
透は床にワニを置いた。
“え!園のワニ持って来ちゃった?何処かのペットショップにでも売る気なの?“
私がそう思いながら見ていると、ワニの口に手を突っ込んだ。
“食べられちゃうよ!“心の中で叫ぶ。
しかし、ワニは動く事なく変わりに髪の長いウエットスーツを着た女の子が出てきた。
仰向けに寝かされた女の子の顔を見てすぐに分かった。
“愛菜ちゃんだ!“
“え!透、愛菜ちゃんを拉致したの?“
“いくら大好きでも、やり過ぎ、犯罪だよ!“
心の中で叫ぶが今、飛び出していく勇気はなかった。
私は事の成り行きをただただロッカーの隙間から伺っていた。
透は愛菜ちゃんの着ていたウエットスーツ、水着を脱がせると舐めるように彼女の体を眺めた後、潤滑剤の様なものを愛菜ちゃんの全身に塗ると、赤いマスクとトップスが一体となった服を着せ始めた。
ここまでされて全く起きない愛菜ちゃん。
透から番組中も寝てしまうほどの女の子とは聞かされていたが、これは違う、薬で眠らされているとしか考えられなかった。
おそらくだが、透はワニを眠らせる時に使う薬を使ったのだと思った。
透はさらに愛菜ちゃんに全身を覆う赤いタイツを首の部分を広げて着せていく。
全身が真っ赤なヒトガタの物体が出来上がった。
透はさらにそれを潤滑剤を塗り始めた。
普通のタイツだと思っていたのだが、潤滑剤を塗ると艶と光沢が出てきた。
あのタイツは一体何の素材で出来ているのだろう?
私の中で疑問となったが、それはすぐに解決する。
透は赤いヒトガタを再びワニの着ぐるみの中へと戻す。
そしてワニの大きな口をラップで開かないようにし、ワニの長い尻尾を体の前に回すと胴体と一つになるようにラップを巻きつけた。
一つの塊となったワニはドラムバッグに詰められてロッカーと壁の間に押し込まれた。
透は頭から水をかぶったように汗をかきながらも、手で簡単に拭うと男子更衣室を出て行った。
私が少しロッカーの扉を開けた時、透が戻ってきてドラムバッグを再確認して出て行った。
透のどっきり現場へ戻る足音を確認してからロッカーを出て、すぐに男子更衣室の出入口の鍵を閉めた。
すぐにドラムバッグを引っ張り出し、ラップに巻かれたワニを引き出す。
私は透が現場へ戻る事をある程度想定していた。
その間に愛菜ちゃんを救出して自分が身代わりになると決めていた。
だから、透が愛菜ちゃんを梱包する行動もしっかりと記憶した。
あとは先程まで見たものを逆再生し、透が愛菜ちゃんにした事を自分ですればいいのだが、問題はワニの着ぐるみに入り、ラップを巻いてドラムバッグに詰める事。
ワニには何とか入れたとしてもワニの口を中からラップで巻く事もワニの短い前脚で巻く事は到底出来ないと思った。
取り敢えずできるところまで。
私はそう思い、ワニのラップを外し、赤いヒトガタとなった愛菜ちゃんをワニの着ぐるみから引き摺り出した。
「愛菜ちゃん、ゴメンね」
そう声をかけてから、赤いタイツを脱がし始めた。
実際に触れてわかった事だが、このタイツはゴム製。
ここである事に気がついた。
顔の部分には呼吸穴が一つも見当たらない。
私は慌てて顔の部分に顔を近づけた。
生温かい空気が顔に触れる。
近くでよく見ると細かな穴が複数あいていた。
愛菜ちゃんも特に苦しそうにしていないので、まずは一安心。
このゴムのタイツは首元がよく伸びて脱がせる事ができた。
さて、まずは愛菜ちゃんに水着を着せて、その後は私が裸になる。
何気なく考えていた事だが、改めて考えるとすごく恥ずかしい。
ここは職場の男子更衣室。
すぐにやる事を済まさなければ。
顔を赤めながら、裸になり先程まで愛菜ちゃんが着ていたゴム製のタイツに足を通す。
「冷たい!」
ほんの少ししか立っていないのにゴム製のタイツは外気温と同じくらい冷えていた。
幸い透が愛菜ちゃんにたっぷりと潤滑剤を塗ってタイツを着せていたので、私は塗らなくても容易に着る事が出来た。
愛菜ちゃんに引けを取らない私の胸の辺りまでタイツを引き上げた時、愛菜ちゃんが目を覚ました。
彼女は状況が飲み込めず、辺りを見回した後、私の事を不思議そうに見ている。
近くでマジマジと見るとやっぱりアイドル、可愛い。
そんな事より彼女にワニのラップとドラムバッグに詰めるのをお願いするしかない。
私は変な人扱いされる事を承知で彼女にお願いした。
「愛菜ちゃん、起きた?悪いんだけど手伝ってくれないかなぁ?」
私はマスクを被ると目が見えなくなる事、ワニの着ぐるみに入り、ラップで梱包した上、ドラムバッグに詰めてもらうようにお願いした。
愛菜ちゃんは私に何も聞かずに引き受けてくれた。
説明の途中で彼女は私の心配もしてくれた。
優しい人、ファンになりそう。
彼女は私をドラムバッグに詰めた後の自分はどうしたらいいかを聞いてきたので、ウエットスーツを持って控え室へ戻ってもらうようお願いした。
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