第11話 ブラックアウト

明日菜が到着するまで時間があるので、私はウトウトし始めた。

ワニの着ぐるみの中が私にとっては快適で、かつワニのほとんど閉じた口で、中は暗く眠るのに申し分なかった。

ワニの口のスリットの向こうの光の中では、絵里菜が着ぐるみのまま泳ぐリハーサルをしている?

これはワニの口のスリットじゃなくて私の瞼か。

私はそのまま眠ってしまった。


目覚めたのは周りが騒がしくなってきたのが、キッカケ。

明日菜がすでに現場に入っていた。

柵の向こうにはウエットスーツに着替えたマネージャーの夏菜さんが見える。

あ、かなり寝ていたんだ私。

もうすぐ動かなきゃ。

そう思い動けるように準備しようとした時、夏菜さんがプールに飛び込んだ。

私も、と手足に力を込めた時、ワニの口が大きく開きハンカチの様なものが、放り込まれた。

薬品の臭いがして私はそのまま意識を失った。


「そうだ!私、眠らされたんだ!でも誰に?」

もう一度、できる限り思い出してみる。

薄らとだが、抱き抱えられて揺られている記憶がある。

ただ、見えるのは廊下のような天井の蛍光灯の光だけだった。

また、その後すぐに眠くなり意識を手放した。


次に気がついたのは、体に何か塗られ感覚がした時、でも体を動かす事が全く出来ず視界は真っ赤だった。

「あ!そういえば、さっきのあの女の子も目が見えない真っ赤なマスクを被ってた」


さらに、記憶を辿る。

次に気づいたのは真っ暗で窮屈なところに押し込まれている感覚だった。

その後、体が持ち上がり何かに挟まれるような感覚の後、意識を失った。


そして、気づいた時、あの女の子が目の前にいた。

「もしかして、あの子、私の身代わりになったんじゃあ!」

慌ててトイレから出ると先程までいた男子更衣室へ向かう。


男子更衣室手前の曲がり角で血相を変えたマネージャーの夏菜さんとメンバー数人と出会した。

「愛菜!どこ行ってたの?気づいたらいなくなってたから、心配してみんなで探してたのよ」

語気を強めた夏菜さんに注意された。

「ごめんなさい、途中でトイレに行きたくなって抜け出しちゃった」と笑って照れ隠しをする。


しかし、私の心の中は今、ドラムバッグに詰めて置いて来た女の子事だけだった。

「ちょっと私、行くとこあるので」

「どこ行くの?愛菜!」みんなの声は聞こえていたが止まらなかった、いや止まれなかった。

夏菜さんとメンバーを振り切り、男子更衣室へ走って行った。

男子更衣室を開けると、幸い誰もいなかったが、ドラムバッグを置いたところには何もなかった。

「遅かった、ゴメン」

私は俯き呟いた。


心配して私の後を追って来た茉莉菜がおどけて声をかけた。

男子更衣室の前にいた私を見て、「カッコイイ男の子でもいた?」

私は首を横に振り、「違う、そんなんじゃないよ」とだけ返した。


茉莉菜は控え室に戻る途中、夏菜さんが室内プールの本物のワニを私だと思い、飛び込んで間一髪のところを飼育員さんに助けてもらった事を話してくれた。


私の事をすごく心配してくれた夏菜さんにお礼を言ってから、次の仕事、新曲を生披露する会場へと向かった。

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