第10話 回想

みんなでワイワイ、私は初めて着るウエットスーツにワクワクしながら腕を通した。

それから簡単なリハーサルの後、控え室に戻るとワニの着ぐるみが扉の方を向けて並べられてあった。


張り切って先頭で控え室に入った莉菜がワニがいる事にビックリして入口で座り込んでしまった事を思い出し笑顔になる。


ワニの着ぐるみの鼻先にはメンバーそれぞれ名前が書いたビニールテープが貼ってあり、各々自分の着ぐるみを手にして着替え始めた。

ラテックス製の着ぐるみのワニはかなりリアルで、莉菜がビックリして座り込んでしまったのも頷ける。

きっと、これなら明日菜を騙す事ができると思った。


スタッフさんがワニの着ぐるみの着替え方を教えてくれた。

ワニの着ぐるみにファスナーなどはなく、ワニの口を大きく開く事で中に入れると。

そしてワニの口の部分は伸縮性があり、丈夫に作っているので強引に中に入れる事も付け加えた。


早速、ワニの着ぐるみの中へ入ろうと思ったが、大きなワニの口、そこに並んだ凶悪な歯、着ぐるみと分かっていても中に入るのを躊躇してしまう。

ワニの歯の中で大きく鋭い歯を触ってみた。

堅そうな見た目とは裏腹にプニプニして柔らかい、スポンジのようなもので出来ていることが確認できた。


さて、少しは安心して着ぐるみを着る決心が出来て周りを見た。

メンバーたちは床に寝そべって着ぐるみの中へと体を潜り込ませているところだった。

しかし、着ぐるみと分からなければ、みんなワニに食べられているように見える。

控え室のカオスな画に私は手で口を押さえて笑いを堪えた。


しかし、一人、また一人とワニになると、私も焦ってきた。

急いで足からワニの中へと入る。

ワニの中はビニールかゴムの様な素材で出来ていて滑りが悪い。

見た目は私の体の幅より広いのだがクッションの様なものが入っていて、着ぐるみの中は私の体の幅ピッタリに作られていた。

お尻を振りながら着ぐるみの中へ体を潜り込ませていると、苦戦しているように見えたのかスタッフさんがやって来た。

「ある程度まで入ったら愛菜ちゃんの足をワニの脚に入れて下さい」

そう言われ、手探りならぬ足探りでワニの脚の入口を見つけた。

スタッフさんは私の足がワニの脚に入りやすいようにフォローしてくれた。

両足は入ったのだが、腑に落ちない点が一つ。

着ぐるみの中で私はアイドルとしてはあるまじき、ガニ股で大股開きになっている事。

それを伝えようとスタッフさんを見ると、彼女は何かを察したようで「外からは分かりませんよ」と言って笑った。

まあ、これは私だけでなく、ここにいるメンバー全員がそうなっているので、我慢する事にした。

スタッフさんに腕もフォローしてもらい通していく。

腕を通していくと自然に私の体はワニの着ぐるみの中へと飲み込まれていった。

初めて着たワニの着ぐるみの感想は、フカフカしていて気持ちいい、よく眠れそうだ。

寝ちゃダメだけど。

地面にうつ伏せに這いつくばる変な体勢が今はワニである事を思い出させてくれた。

ワニの口は常に少し開いているので、呼吸は苦しくない。


スタッフは全員の着ぐるみへの着替えが完了すると、扉の外の男性スタッフに声をかけた。

男性スタッフは台車を押して入って来た。

3匹ずつ並べて台車に載せられると、次の台車が入って来て私と2匹のワニを台車に載せて、どっきり現場へ移動を始めた。


私たちはワニなんだ、台車に載せて運ばれているのが、経験した事のないことで妙に楽しかった。

そして台車の揺れが気持ちよく、眠気を誘う、ウトウトしかけた時に現場へ到着し、抱き抱えられて台車から降ろされた。


現場に到着すると簡単なリハーサルの後、ワニとしての歩き方の練習をしたが私には色んな意味でキツかった。

体力に自信がないのもあるが、それより何より大きな胸が地面を擦り、少し変な気分になった。

だから、いち早く配置につき、寝そべっていた。

地面に全身で張り付くようなポーズになる以外、着ぐるみの中は温かくて快適だった。

私たちの為に着ぐるみを着ていても暑くない11月末を番組スタッフは選んでくれたのだと思った。


ワニの口の隙間からマネージャーの夏菜さんが飛び込む予定の方向がよく見えるように寝そべる。

こうしておけば眠ってしまっても、周りが騒ぎ出したら起きて対応できると思った。

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