第3話 拉致

ただ、ここに1匹だけ全く動かないワニがいる事をグループメンバーもスタッフも誰も気付いていなかった。

そのワニを誰にも気付かれずにこの園の飼育員 真菜下 透が尻尾を持って室内プールへと引き摺って行き、プールの中へと頭から放り込んだ。

淀んだ水の中で眠ったように動かなかったワニは、すぐに目覚めビックリして水の中で暴れたが、虚しく沈んでいった。

泡だけがプールの水面に浮かび上がる。

それをしばらく眺めていた透だったが、ウンと一つ頷くとプールから離れて別室へと向かった。


向かった先は男子更衣室。

透は定時になったので、つなぎの作業着から私服へと着替える。

ロッカーと壁の隙間に置かれた大きなドラムバックを手にすると、急ぎ足で駐車場へ向かう。

助手席のリクライニングを倒すと、そこへ優しくドラムバックを置いて車を発進させた。


透が車で走り去った頃、グループメンバーはまだ、シャワー室のある控え室で帰り支度していた。

もちろん、今回仕掛人として活躍したマネージャーの優木 夏菜も一緒に。


マネージャーの夏菜には一つ引っかかっている事があった。

それは控え室に入った時、ワニの着ぐるみに入るグループメンバーが着ていた真っ赤なウエットスーツが一つだけ残っていた事。

このウエットスーツは番組側で用意したもので、人数分あると聞いていた。

夏菜は仕掛人として、今回は明日菜だけのマネージャーとしてやって来た。

そのため、他のメンバーの子たちが、ウエットスーツに着替えるところも、ワニの着ぐるみに着替えているところも見ていない。

だから、絵里菜に襲われた時、迫真の演技が出来たとも言える。


誰か早く帰ってきて着替えたのか?それとも一着多く番組が用意したのかと、いろいろ思いを巡らせたが、何か引っかかる。


帰り支度を始めているメンバーの数を数える1…2…3…4…5…6 やっぱり1人足りない。

顔を見て名前を呼んでいく。

「愛菜、愛菜!愛菜 みんな見てない?」

夏菜は1人いないという事が分かると、水着姿にバスタオルを羽織っただけで、愛菜を探しに控え室を飛び出した。


他のメンバーも着替えを済ませたメンバーから愛菜の捜索を開始した。


マネージャーの夏菜はどっきりの現場となったプールを園の飼育員とともに探しに向かう。

しかし、先程のプールにはワニの姿も愛菜の姿もなかった。

ここに繋がるプールがあるか飼育員に尋ねると、すぐ横にある室内プールを案内してくれた。


室内プールは淀み、お世辞にも綺麗とはいえなかった。

そのプールに仰向けで浮かぶワニの姿を見つけた。

プールの浅瀬から急いで足を踏み入れる夏菜。

「愛菜、大丈夫?」

声をかけた時だった。

ワニは反転、見せていた腹を水に入れると、夏菜目掛けて勢いよく泳ぎ出した。

「危ないよ!」

同行してくれていた飼育員が力任せに夏菜の腕を引っ張り、プールから引き揚げた。

「あれは本物のワニです、今日のためにワニを全部こっちへ移したんです」飼育員が説明した。


ワニは夏菜を襲うのを諦めたようで、方向転換すると淀んだ水の中へと消えていった。


その後も神隠しのように姿を消した愛菜を、マネージャーとメンバー、連絡を受け戻ってきた番組スタッフ、園の飼育員総出で探したが見つかる事はなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る