12 荒くれ者との戦い

 シノブさんが追ってきていたのは計算外だったが、私にはもう一つあてがあった。

 さきほどから全く気配なく追ってきたらしきシノブさんはおそらく気配遮断を有しているはずだ。


「シノブさんもしかしてですが、気配遮断を持っていますよね?」

「はい。暗殺者クラスにクラスチェンジしてボーナスで取得しましたが……」

「残りMPは?」

「40少々ですね」


 ならば行ける。私は咄嗟にそう判断した。


「シノブさん、気配遮断で後退しましょう」

「逃げるのですか……? 私はてっきり戦闘するのかと……」

「……私に策があるのです」


 私はエレナさんとヘレンさんとのPTを即座に破棄すると、シノブさんへPT申請を送る。

 私はPTリーダー権限でドロップしていたサーモナーの太鼓をゲット。

 そうして気配遮断を発動した。

 私に習いシノブさんも気配遮断を発動。


「やはりPT員の気配は分かりますね……」

「はい! でもどちらへ」

「普通に出口へできるだけ早く!」

「分かりました」


 私とシノブさんの姿が消えたことでエレナさん達が狼狽え始めた。


「ちぃ……逃げられたか!? ディヴァインライトの使い手は?!」


 手下らしきNPCに叫ぶエレナさんだったが、手を挙げる者はいなかった。


「居ないか……ならば逃した……?

 いや……気配遮断なんてそうそうMPが持つわけない。

 ダンジョンから出るまでに追いつけるはずだ……追うよアンタ達!」


 そう言って私達を追い始めたようだ。

 私達二人も全速力で後退。

 そうして3分ほどが立った頃、私達は中ボスが稀に生じる広い部屋へとたどり着いた。


「ここで迎え撃ちましょう」

「はい。ですが何故こちらへ……」

「それは……」


 シノブさんが不可解そうに私を見たので、私が答えようとしたときだった。


「みーつけたー! 気配遮断の鬼ごっこもここまでのようね!」


 エレナさんが一人、私達に追いついてきた。どうやらAGIにかなり振っているらしい。


「……単独で来たのならば都合がいいです」


 言いながらシノブさんがエレナさん目がけて包丁を投擲。

 しかし、


「さっきも見たし見えてるんだよぉ!」


 とエレナさんがするりと包丁を躱した。

 やはりシノブさんの『投げる』は遠距離からの一撃必殺でこそ本領を発揮する。

 敵に姿が視認されている状態ではかなり分が悪い。


「シノブさん……接近戦は?」

「出来ないこともないですが、少々力量は落ちます……! なにせ包丁自体の攻撃力は1なので……」

「なるほど……それでは私が前に出ます」


 私はエレナさんの前に出た。

 そして私は即座に気配遮断を発動。


 エレナさんの背後に迫った。

 私が鋼鉄の剣を振りかぶったその時――。


「――ここ!」


 という声を上げるとエレナさんが正確に私のいる場所目がけて一角兎のホーンナイフを振るう。ザシュっという嫌な音を立てて私の左腕に浅くない傷を残す。


「くっ……」


 ダメージを受け、気配遮断が解かれる私。


「野生の直感でバレバレなのさぁ!」


 エレナさんがそう叫びながら私へと追撃を行おうと前に出るが、そこをシノブさんの包丁が牽制した。


「ちっ……」


 素早い動きで包丁をパリィするエレナさん。

 どうやら私とシノブさんの二人のペアでは、エレナさん一人を相手取るのも苦戦しそうだった。私はジリリと後退り歯を食いしばった。

 あともう少し……もう少しのはずだ。


 すると「いたー!」という声と共にヘレンさんと荒くれNPC達が追いついて来た。


「さーて蹂躙再開と行こうか?」


 エレナさんが邪悪そうな微笑みを浮かべ、エレンさんが斧を構えて前に立つ。

 そして周りを取り囲むように荒くれ達が各々の獲物を手に私達二人を包囲し始めた。


「どうしますか……?」


 シノブさんが私に作戦を問う。

 私はシノブさんに何も言えず、ただ鋼鉄の剣を構えるのみだった。


「さぁ、行くよ!」


 エレナさんが仲間たち全員に一斉攻撃の合図を発したその直後。

 パァンパァン! と中ボス部屋の入り口の方から銃声が2つ鳴り響いた。


「そこまでです! 観念なさいPK達!」


 中ボス部屋へと駆け込んできた楽座さんが、そう堂々と宣言した。

 その背後からはタケさんを始め、多くの警察官が突入してくる。


「ちぃ……そちらこそ謀ったわねセージさん……!」


 大声を上げて悔しそうにするエレナさんだったが、多数の銃器に牽制されては一歩も動けないようだった。


 楽座さんが私に駆け寄ってくる。


「周……セージさん大丈夫ですか?」

「はい。ラクーザさん助かりました」


 私を心配してくれる楽座さん。そして隣にいるシノブさんに気付いた。


「そちらは?」

「あ、えと私は……」


 警察が来た直後、咄嗟に獲物をしまっているシノブさんはわたわたとしている。


「こちら私を助けてくださったシノブさんです」

「どうもシノブです。セージさんとは昨夜知り合いまして……無茶するセージさんを助けようと……」

「そうでしたか……まったくセージさんも無理しないでください。私達に海辺洞窟にならず者の拠点があるらしいって教えてくれたあとさっさと先に行ってしまうんですから……!」


 そう。私は今日ログイン後、急いでラクーザさんのいる警察署寮へ訪問。

 エレナさんたちならず者の情報をラクーザさんに託して来たのだ。

 PKを探していたラクーザさん達はその情報に即座に反応。

 こうしてここへやってきてくれたというわけだ。

 

 エレナさん達との待ち合わせに遅れたのは何も宿屋から広場が離れていたからではなく、警察署寮へ寄っていたからに他ならない。

 しかし間に合ってくれて本当に良かった。


「申し訳ありません。エレナさん達をあまり待たせて不審に思われるのも避けたかったもので……」


 私がそう言ってペコリとラクーザさんに頭を下げる。


「それにシノブさんも来てくださってありがとうございます。シノブさんが居なかったら、私もう既にやられていたかもしれません」


 エレナさん達が思っていた以上に手強かったのだ。

 私も自身のプレイヤースキルを少しばかり過信していた。

 シノブさんが来てくれて本当に助かった。

 私はシノブさんへもペコリと頭を下げる。


 私達が話していると、エレナさんたちが警察官達の銃器に抵抗できず投降を決めたようだ。


「くそっ……覚えてなよ!」


 捨て台詞をこちらへ吐きながら、手に手錠を付けられ連れて行かれるエレナさん達。

 私はその背中に「殺されず済んで良かったではないですか……テスト7日間まで出来ますよ」と憎まれ口を叩くと、ふふっと笑った。


 取り調べに時間がかかるはずだ。いくら2、3人を殺害した容疑とは言え、すぐに死刑になることはあるまい。彼女たちはきっちりツヴァイトレアルのテストに7日間ログインすれば牢屋から参加し、それなりの報酬を得られるはずだ。


「問題はリアルの方で同じ階層で過ごさなければならないことですか……」


 その点は少し心配だった。どんな嫌がらせをされるか分かったものではない。

 あとでマイクから運営さんに相談してみよう。


 海辺洞窟の荒くれ者討滅戦はこうして幕を閉じた。

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