11 海辺洞窟

 2日目の朝。スマホに設定していたアラームが鳴る。

 現在午前8時。ツヴァイトレアルのテストが再開されるまでまだ1時間ある。

 私はベッド脇で軽く伸びをすると、朝食を摂る為に自室を出た。


 食堂へ到着して朝食を物色しようとしたときだった。


「すみません、プレイヤーの方ですよね?」


 知らない女性達に声をかけられる。


「はい。そうですが何か?」

「あの、私達ヤーントルク北の海辺洞窟を攻略しようって思ってて、それでパーティメンバーを探してるんです。一緒に如何ですか?」

「北の海辺洞窟ですか……?」


 初耳だったので話を聞くことにした。


「そうです。ヤーントルクの街で最初のダンジョンとしてオススメされてたやつですね。

 それで私、あ、ゲーム内ではエレナって言います。それと彼女はゲーム内ではヘレン」


 エレナさんの隣りにいた女性がハローと言いながら微笑む。

 彼女がヘレンさんなのだろう。


「二人で海辺洞窟を攻略しようと思ったんですけど、推奨レベル10の推奨PT人数3ってなっってて……それでレベルは足りてるんですけど、一人足りなくて!」

「それで私をですか?」

「はい……。さっきから何人か誘ってるんですけど、皆ソロが良いからって言って断られちゃって……どうかお願いしますパーティメンバーになって頂けませんか?」


 そう言って右手を差し出してくるエレナさん。

 困っているみたいだし、私は人助けと思ってエレナさんの手を取った。


「私で良ければ、よろしくお願いします」

「ありがとうございます!」


 エレナさんは右手を強く握り返して、ぶんぶんと私の腕を振る。

 私は二人と一緒に朝食を食べることになった。


「私達二人共フリーターで、ツヴァイトレアルのテスターって結構良い金額が手に入るじゃないですか? それで応募したんですよ! でもまさか当選するとは思ってなくって!」


 席についた二人は私にツヴァイトレアルのαテストに参加している経緯を話す。


「そうなんですね。私もフリーターです。

 確かにテスターには日当5万円が支払われますからね……」


 それは僅か1、2時間で退場することになったプレイヤーでも同様で、1日分の5万円が支払われる。テスト7日間で35万円分もの給料が支払われるのだ。フリーターからしてみれば結構な金額になる。それ目当てでの応募も多数あったのだろう。


 私達がそんな話をしていると、アナウンスがあった。


「ただいまより、食堂にて健康診断を開始します……体調が優れないなどの不調がある場合は必ず看護師、医師にご相談ください」


 アナウンスがあり、医師および看護師らしき女性が食堂へと入ってきた。

 私は特に体調不良という訳では無いが、いざという時にはご厄介になるだろう。

 そんな事になるとは思えなかったが、頼れる医療があるのは心強かった。


 と、私はまだ二人にゲーム内でのキャラ名を名乗っていないことに気付いた。


「そうでした。私、ゲーム内でのキャラ名はセージと言います。よろしくお願いします」

「セージさんですね。OKです覚えました! よろしくお願いします!」

「私も覚えたよ。よろしくねセージさん」


 そして食事を食べ終わった後も暫くの間、ゲーム内の仕様などの情報交換を行った。


「それで一般市民クラスの方には性向値というのが見えているらしいです」

「へぇ……そんなシステムあったんですねー……」


 私は性向値が一般市民クラスにのみ見えている事などを説明し、彼女たちからはヤーントルクの北、海側エリアでのモンスターなどを教えてもらった。

 スマホの時計を見ると、テスト開始20分前を指し示していた。

 そろそろ解散しておかなければゲームにスムーズにログインできないかもしれない。


「ではそろそろ部屋に戻りますね。それではまた後ほど広場で……」

「はい。よろしくお願いしますねセージさん!」

「またよろ~」


 私は二人と別れると、トイレへ行ってから自室へと戻った……のだが。

 自室の前には服部さんがちょこんと突っ立って居た。


「服部さん、おはようございます。どうかしましたか?」

「あ、おはようございます。……その周防さんに一つ忠告を……」

「はい? なんでしょう」


 私はなんのことか分からず服部さんを見つめる。


「さきほどの二人とのお話、失礼ながら聞かせて頂きました。

 海辺洞窟に向かうとのこと……ですが……あそこは、その、私以外の荒くれ者の拠点らしいです」

「え……? 本当ですか」

「はい……ヤーントルクの一般市民の間で話題になっていたので」

「それは……エレナさんとヘレンさんの二人にも伝えた方が良さそうですね」

「……」


 二人に伝えた方が良いだろうと思ったのだが、服部さんが黙ってしまった。

 どういうことだろうか?


「服部さん……もしや?」

「……はい。あの二人。荒くれ者の仲間ではないかと……」

「え?!」


 私は驚いて声を上げてしまった。


「とにかく、そういうことですのであの二人には関わらない事ですセージさん。それではまた……」


 それだけ言って、服部さんは去って行ってしまった。

 そんな事急に言われても、もうキャラ名だって教えてしまったしどうすれば!?

 混乱する私。ゲーム開始まであと5分というアナウンスが更に私の混乱に拍車をかけた。




   ∬




「こんにちは」

「あ、セージさん! よかった会えたー。ゲーム再開してから10分も経つから気が変わったのかと思っちゃってましたよ~」


 エレナさんがその赤の癖っ毛をワシワシと掻きむしりながら笑う。

 その水色の瞳には人懐っこそうな笑顔が貼り付けられているように思えた。


「すみません……宿から広場まで結構離れていたもので……」

「いえ、良いんですよ。来てくれたんだから~。さ、それじゃ早速、海辺洞窟に向かいましょう!」

「そうだね、善は急げだよ」


 エレナさんとヘレンさんがやる気満々そうに言い、エレナさんが私の腕を取った。

 私は二人に誘われるままに、ヤーントルクの北側出口を出た。


 そして30分ほど歩いて海岸へ到達した。

 道中カーニという中型のカニ型モンスターを数匹退治。

 そのドロップアイテムである『カーニの身』をゲットしていた。

 きっと茹でて食べれば美味しいに違いない。

 ツヴァイトレアルに調理スキルがあるのは初期スキル選択画面で分かっている。だから一般市民クラスの中に調理師がいるのだろう。その人に調理してもらえばきっとおいしい料理になるに違いない。しかし、私の心中はそれどころではなかった。


「ここです、海辺洞窟~」

「やっとついたね!」


 エレナさんとヘレンさんが洞窟を見つけ準備運動とばかりに伸びをしている。

 今のところ荒くれたちの気配はない。


 海辺洞窟……推奨レベル10、推奨PT人数3人


 洞窟の入口ではUIでそのように確認できるのみだ。

 中へ入ってみるしかないだろう。


「さぁ攻略開始です!」


 私は二人に連れられ、中へと進んでいく。


「気をつけてくださいセージさん。サーモナーは太鼓を叩いて同族を召喚する召喚士ですので、見かけたらすぐに倒すように心がけてくださいね」


 エレナさんは初めて来る場所だというのに妙に海辺洞窟の出現モンスターに詳しかった。

 しかし、その情報に嘘は無いようで安心する。

 私は魚型モンスターであるサーモナーが太鼓を叩き始めたのを確認すると急接近し、その頭部を切断した。するとレアドロップだろう。『サーモナーの太鼓』というのがドロップした。


「え? あれってドロップとして落ちるんだ」

「へぇ~街で売ったら良い稼ぎになりそうだね!」


 エレナさんとヘレンさんの二人はとても攻略を楽しんでいる。

 果たして本当に二人と荒くれ者達とに繋がりがあるのだろうか?

 だが妙に出現モンスターに詳しかったり、道中のモンスターが少なすぎるなど不審な点はある。


 そして海辺洞窟を攻略すること20分少々。

 私達は途中稀に出現するという中ボス部屋を抜けて更に奥へ。

 ついにその最奥に到達した。


「ボスモンスターは……?」


 私が二人へと声をかけるが返事がない。

 そして、ぞろぞろと複数の人影を私の野生の直感が探知した。


 全員武器を構えていて戦闘態勢に入っている。

 中にはプレイヤーも居るのかと思ったが、全員NPCのようだ。


「あれれーどういうことだろうボスモンスターがいないよぅ」

「ほんとどうしよう。なんか囲まれちゃったみたい!」


 エレナさんとヘレンさんの二人はそう言いながら私の方を見る。

 あまり芝居慣れしているとは言えないその台詞に、私は「謀りましたね……?」と言った。


「えーなんのことセージさん。どういうことか分からないよぉ」


 一角兎のホーンナイフを片手にエレナさんが私へと迫った。

 しかし、そこへ一本の包丁が投げ込まれた。


 エレナさんの右腕を掠めるように投擲された包丁が、粘土質の柔らかい地面へと突き刺さる。


「外しましたか……ですから二人には関わるなと言ったはずです……!」


 そこへ現れたのは黒の一枚布を身に纏うプレイヤー。シノブだった。


「もしかして……服部さんですか?」

「はい……セージさん。助太刀致します」


 服部さんが――シノブさんが包丁を構える。


「ちっ……新手か。セージさんってばお仲間を連れてきてたんですかー? 嫌だなぁ。バレてるならバレてるって教えてくれたら良かったのに」

「もう、あんたが芝居下手だからバレたんじゃないの?」

「私のせいにしないでよ~ほらあれでしょ。一般市民クラスのお仲間が居たんでしょ?」

「あーそれでか……」


 エレナさんとヘレンさんの二人が真相に気付いたらしい。

どうやら性向値システムの話を知っているらしかった。


「服部さんやはり二人は……?」

「はい。性向値真っ赤です。もう2、3人は性向値青のプレイヤーを狩ってますね」


 私が尋ねると、シノブさんが唾棄するような目線を二人へとぶつける。

 どうやらシノブさんは暗殺者クラスにクラスチェンジしたあとも、性向値システムを引き継げているらしい。


「仲間って言ってもたった一人でしょ? セージさんはlv13の雑魚だし!

 こっちはレベル14が二人に仲間が大量だっての!

 さぁアンタたちやっちまいな!」


 エレナさんはシノブさんのlvが15を超えている事を知らない。

 シノブさんは遠距離一撃必殺タイプだから正面切っての戦闘は不利かもしれないが、逃げるチャンスくらいはあるかもしれない。

 しかし、私には本気で逃げるつもりなどさらさらなかった。

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