10 消灯時間

 結局、あのあと狩りを進めてもゾンビはもう1体しか出現しなかった。

 私の勘では、プレイヤーがやられてしまったときのみに出現するレアモンスターなのではないかと思っている。とすれば、森では既に2人のプレイヤーが犠牲になったことになる。


「あれからゾンビもう1体しかでませんでしたね……!」


 楽座さんがほっとするように胸を撫で下ろす。

 ちなみに2体目のゾンビも私が首を跳ね飛ばして倒した。

 レベルも1上がり、lv13になった。


「それにしても楽座さんがホラーが苦手とは思いませんでした」


 クスッと少しだけ笑う。

 すると楽座さんが「もー内緒ですからね!」と人差し指を唇の前に置いた。


 時刻は午後11時になろうとしている。消灯時間だ。それと同時に強制ログアウトが起きる。


「それじゃ明日また!」


 楽座さんが別れの挨拶を告げる。


「はい。また機会があればご一緒しましょう」


 私の挨拶を聞いた楽座さんが警察署横の寮へと入っていく。

 それを見送ると私は片霧荘へと歩みを進めた。


「お帰りなさい」


 片霧荘へと着くと、店主の女性がまだ起きていたようで私に微笑みかける。


「はい。ただいま」

「お風呂はどうしますか?」


 問われ、私は今日はそこまで汚れていなかったので「今日は良いです」と告げる。


「そうですか。おやすみなさい」


 女店主が私におやすみを言い微笑む。私は自分の部屋へと向かった。

 既に強制ログアウトのアナウンスは始まっている。

 部屋についた私は鍵を閉め、ログアウトまでに初期装備の防具を脱ぐとベッドに横になった。


 何故こうしたかと言えば、ベッドで休めば翌日に特別な補正のようなものがあるかも知れないと思ったからに他ならない。このゲームは非常に良く出来ている。

 チュートリアルはお粗末な出来に思えたが、それ以外の部分はとてもとてもαテストとは思えないくらいの出来栄えだ。


「グラフィックなんて完全に現実だしな……」


 そう呟いたところで、強制ログアウトが始まった。

 私の視界は暗転し、そして現実世界に舞い戻った。




   ∬




「よいしょっと」


 現実に戻った私はVR機器を外すと、ベッドにそのまま転がろうと思ったのだが、妙に喉が乾いていることに気付いた。


「消灯時間は過ぎてるけど食堂は開いてるのかな……? 夜食とか食べられちゃったりしたら太っちゃうな……」


 そんな独り言を言いつつ、自室を出て食堂へと行く。


 食堂は食品類が置かれている冷蔵庫周りだけに灯りが点いていた。

 私はサンドイッチに手が出そうになるのを堪えつつ、ミネラルウォーターを手に取った……のだが、他にもう一人同じミネラルウォーターに手を伸ばしていた人がいたらしく、手が触れ合ってしまった。


「あっすみません。どうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 私は咄嗟にそのミネラルウォーターを譲ると、すぐ横にあったミネラルウォーターを手に取った。そうしてお水を譲った相手を見た。


 小さい。第一印象はそれだった。

 たぶん身長145cmないんじゃないかというくらいの小ささだった。

 それにルームウェアが支給の白いものではなく、耳の付いたフード付きの黒いルームウェアだった。衣類を持ち込んでいるのか。


 私も楽座さんも一週間分もの衣類を持ち込む気概がなかったので、支給品のルームウェアに頼っている。というか食堂でみかけた限り、殆どのプレイヤーがそうなはずだ。

 まさか運営……? こんな小さな子が?

 私は興味が湧いたので、食堂に座ってミネラルウォーターをちびちびと飲んでいる黒の彼女に話しかけて見ることにした。


「プレイヤーの方ですか?」

「あ、はい……」

「そうなんですね。白のルームウェアじゃないからてっきり運営の方かと思ってしまいました」


 私が軽く微笑みつつ対面に座ると、黒の小さな彼女はオドオドとした様子で答えた。


「えっと……私、合っている服じゃないと落ち着いて眠れない体質なんです……それで……」

「そうでしたか。私なんて支給品で満足しちゃえる一般人なので支給品さまさまですよ」


 アハハと軽く笑いを添える。

 しかし、彼女はあまり笑っている様子はない。

 もう少し歩み寄ってみよう。楽座さんではないけれど何故かそう思った。


「あの、私、周防と言います。ゲーム内では魔族クラスをやってます」

「あ! 私は服部って言います。クラスは一般市民クラスを……」


 服部さんはそわそわとしながらもそう教えてくれた。


「へぇ、一般市民クラスですか……ならご存知ないかも知れないですけど、ゲーム内はPKの話で持ち切りらしいです」

「……PKですか?」


 私が振った話題に服部さんは余り興味がなさそうにしている。

 そりゃそうだろう。一般市民クラスにはおそらく全く関係のない話だ。

 というか、一般市民クラスって一体なにをして経験値を稼ぐのだろうか?

 そんな事を考えながらもPKの話を続ける。


「はい。背後から包丁を投擲して一撃必殺みたいですね」

「え……包丁を投擲してるってなんでバレたんです?」

「え……?」


 私達二人はお互いの顔を見合わせた。


「まさか……服部さん……?」

「あ……えと……はい。あの、そのPK私です……!」

「えー!?」


 私は酷く驚いて声を上げた。

 な、まさかPK御本人にリアルの方で出会えるだなんて誰が思うだろうか?


「その……そんなに驚かないでください」

「いや、だってあの無慈悲な無差別PKをやってるのが……」


 こんな小さくて可愛い子だなんて思ってもみなかったのだ。驚くのも仕方ないと思う。


「その、私、警察官クラスのプレイヤーも知り合いにいるので、この事は聞かなかったことにしておきますね」

「あ! ありがとうございます。そうして貰えると助かります」


 服部さんはそれだけ言って俯く。

 ここは話題を振らなければなるまい。


「でも、どうしてPKなんて?」

「いえ……私、本名が服部しのぶって言いまして、代々お偉い様に使えるしのびだったらしいんですね。それで忍者にちょっとだけ憧れとかあったりして……」

「なるほど……それで……」

「いえ! あのそれだけじゃないんです。それでこのゲームでは一般市民クラスを選んだんですけど、始めは『投げる』スキルを選んだから適当に家にある包丁でワッシーと一角兎を狩るだけだったんです。そしたら街中で一般市民クラスから派生して、暗殺者クラスっていうクラスになれるらしいっていうのを偶然NPCの会話で耳にしまして……」


 恥ずかしそうに服部さんは続ける。


「それで暗殺者クラスから派生で忍者クラスとかあったりするんじゃないかなって思って……そう思ったら犯罪者狩りをするのが自然な流れかなと思いまして……」

「え? 犯罪者狩りですか?」


 私は思いもつかぬ言葉が出てきて困惑してしまう。


「はい……。あの私もしかしてさっきおっしゃっていたように無差別PKって思われてますか?」

「はい……今のところはそのように……」


 私がそう伝えると、服部さんは狼狽えるように訴え始めた。


「違うんですっ! 一般市民クラスには性向値って言う特殊なパラメータが見えるんですけど、私それが赤になってる人だけをターゲットにしてるんですよ! たぶんゲーム内で盗みとか悪いことをしてる人たちです!」


 性向値! 他ゲーではよくあるそれが隠しパラメータとして一般市民クラスにだけは表示されるというのか!


「それは初耳です。性向値なんてないと思ってました」

「性向値はあります! 一般市民クラスを選んだ人は珍しいと思うので中々居ないかも知れませんが、聞いていただければあるのを教えて貰えると思います! とにかく、私そういう悪い人たちだけを相手にしてるので断じて無差別PKとかではないですからっ!」


 服部さんはそうはっきりと言いきった。

 しかし、犯罪者は警察が取り締まるものだと相場が決まっている。

 それを勝手に裁いては、しかも殺してしまっていては如何にゲームと言えど分が悪いだろう。


「それで件の暗殺者クラスにはなれたんですか?」

「はい……えと4人目を倒したところでlv15になったので、暗殺者クラスにクラスチェンジするクエストが発生して……それがいまちょうど終わったところです」


 服部さんがそう教えてくれた。対人でもきっちりEXPは入るらしい。

 それと私は気になることがあったので、思案するように額の右側を擦った。


「それと……もしかして包丁は足がつくような買い方しませんでしたか?」

「えと街のデパートで……え……? もしかして?」

「はい……それもしかしたら不味いかもです……鍛冶屋さんの方まで警察官クラスの方が聞き込みに来ていましたから」


 服部さんのキャラまで警察が到達するのも時間の問題かもしれない。


「教えてくれてありがとうございます……私、NPCの父と母に別れを済ませて、明日の朝にはヤーントルクの街を出ようと思います」


 服部さんその小さな背でペコリと頭を下げた。

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