7 鍛冶屋にて
私は今回は冒険者ギルドで出来ることならば冒険者登録をして、買い取りをして貰うことにした。さすがに道具屋とで買取額に2倍近い差があってはそうせざるを得まいという判断だ。
幸い冒険者登録は魔族であっても問題はなかったようで、あっさりと終わった。
それとどうやら冒険者登録をしたところで、クラスが冒険者クラスになるわけではないらしかった。クラスは依然として魔族クラスのままだ。
そして買い取りの順番が回ってきた。
「おまたせ致しました。買い取り査定額ですが、ワッシーの羽根59枚に一角兎のホーン10本……こちら全部で2200エイダとなります」
「はい。ありがとうございます」
一角兎のホーンは1本辺り200エイダが相場らしい。
ワッシーの羽根は在庫が十分になったのか、冒険者ギルドであっても少し買い叩かれているように感じた。
けれど、たった1日の狩りでおおよそ宿屋40泊分のエイダを得られたのは嬉しいところだ。
初期のゲームバランスは大分緩いらしい。
ほくほく顔で冒険者ギルドを出た私は、武器を新調しようと街にただ一つだけあるという鍛冶屋へと向かった。
「ごめんください」
店の中に入ると、所狭しと武器や防具が並んでいた。
剣は……と探してみると、樽1つに何本もの剣が入れられていた。
値札は付けられていない。
このゲーム、ツヴァイトレアルは鑑定スキルが無ければ武器類に攻撃力などの表示はない。
インベントリではただ単に長剣と表示されるのみだ。
装備してみて初めて攻撃力が上がったのが確認できるという仕様だ。
私は樽の中の剣を片っ端から手に持って見ることにした。
「これは攻撃力が1で長剣の2以下ですね……こちらは長剣と同じ攻撃力2ですが錆びています……」
私がどうしたものかと思っていると、店の奥から店主らしき男がようやくやってきた。
「どうもこんにちは。剣をお探しかな?」
「はい。こちらの長剣よりも良いものを探しています」
店主に長剣を手渡す。
「ふむ……扱いやすそうな良い剣だ」
軽く振って長剣の性能を確認したのか、店主は私に長剣を返した。
そして「ではそちらはどうかな?」と、店の壁面に飾られていた一振りを指し示す。
「では、失礼します」
手に持つと、ずっしりとした重さが伝わってくる。
長剣よりもかなり重い。
「攻撃力11ですか……」
「鋼鉄で作られた剣でね。いまこの店にある武器で一番良い武器だよ。鋼鉄の供給がこの街には少なくてね。いまはその一本しか店にないんだ。
ナイフで良ければ一角兎のホーンナイフがこの街の特産品でおすすめだけれどね」
「ちなみにナイフを持たせて頂いても?」
「はいよ」
店主が一角兎のホーンナイフを私に手渡す。その名の通り一角兎のホーンから削り出されたらしき小ぶりの短剣だ。
だがナイフにしては重く感じる。
装備すると、攻撃力4のようだった。
「うーんこちらの鋼鉄の剣を頂きたいのですが、おいくらでしょうか?」
街唯一の鍛冶屋にたった一本だけの武器。
高いに違いなかった。
だからこそ他のプレイヤーが手を出していないのではないか。
そんな不安が心の大部分を占めていたが、私はとりあえずとばかりに値段を聞いた。
「2000エイダだよ。高いだろう?」
高い。出来れば簡易的な防具や道具類も今日の稼ぎで揃えたいと思っていただけに、その値段には躊躇せざるを得なかった。
しかし、武器が新調出来れば次の街への道中で大いに役立つに違いない。
私には気配遮断があるし、被弾は抑えられる。
しかし……私の脳内には先程の森でのPK遭遇時の場面が再生される。
『くっそが! VITに振ってなかったら死んでたぜ……ぐはっ……』
店に飾られているチェーンメイルが目に入る。
あれがあれば致命傷は避けられるだろう……。
けれど私にはAGIがある。防具を着込んで動作が遅くなるよりも避ける方がステータスに合っているに違いない。
私はぐっとPKの一撃必殺の恐怖を堪える。
「鋼鉄の剣をください!」
「あいよ」
20枚の100エイダ金貨を革袋から出して支払い、後戻りはできなくなった。
「ちなみにですが、こちら包丁も扱っていますよね?」
「包丁かい? あるにはあるが、基本は道具屋の方に卸させて貰ってるんだけどね」
「いえ、一本おいくらかだけ教えて頂いても?」
「あぁ……別に構わないが、一本50エイダだよ。道具屋の方へ行けば60エイダで買えるんじゃないかな。でも何故だい?」
店主は不思議そうな表情をしている。
すると、閉じていた店のドアが急に開いた。
「店主はいるか?」
現れたのは、広場でみたことのある警察官だ。
「失礼します」
その後ろから現れたのは女性警察官――楽座さんだ。
楽座さんは私に気付いたのか軽く会釈してくる。
いや、別に私が周防藍那だと気付いたわけではないだろう。方や黒髪ボブで方や金髪碧眼のロングだ。これだけ見た目が違うのだから気付けるわけがない。単に女性プレイヤーを見つけて挨拶をしただけに違いないだろう。
私がジロジロと楽座さんを見ていると、楽座さんは先刻の休憩時と同様にキッと睨み返してきた。なんと気が強い女性だろうか。警察官向きで間違いないよ楽座さん。
「店主、このところ包丁を買った客はいるか?」
私のことはお構いなしに男性警察官が店主へと尋ねる。
「いえ……包丁はここ2週間ばかりはウチでは一本も売れてませんよ。道具屋さんの方へ卸させては貰ってますがね」
「ふむ、そうか……ちなみに卸している道具屋はどこだ?」
「街の南にある道具屋さんと、それから街の中心にあるヤーントルクデパートに……そう言えば、デパートさんの方からさきほど包丁の発注が大量にありましたね……」
「ほう……そいつは怪しいな」
「でも、なんで包丁なんです?」
店主がそう言って頭を掻きながら警官と私とに視線を行き来させた。
不味い……。
私がそう思った次の瞬間、強制ログアウト5分前を示すアナウンスが流れた。
「……この女性も包丁を?」
強制ログアウト前にも関わらず、男性警察官は話題を止めようとはしない。
「えぇ……さきほど包丁の値段を尋ねられたんですが……」
店主はそう言って首を傾げる。
「おい君、名はなんという?」
「……セージと申します」
「何故、包丁を買おうと思ったのか聞いてもいいかな?」
男性警察官は私を逃さないようにと拳銃に手をかけつつ私に問うた。
「実は……森で包丁を使ったPKに合いまして」
「なに……?」
「私はPKに遭遇してすぐ逃げ帰ってきたのですが、犠牲者が少なくとも一人。
そのPKが包丁を使い捨てするプレイスタイルのようでしたので、一本いくらなのか気になって……」
嘘はついていない。
ハイドしていただけで遭遇したのは間違いないのだから。
「それで君は包丁の値段を聞いたと?」
「はい。そうなります」
「PKの姿を見たかな?」
「いいえ……」
「ふむ……では犠牲者は森のどの辺で出たのかは分かるかな?」
男性警官は拳銃にかけていた手を離し、UIで地図を開いた。
「はい。この辺りかと……」
私は棺アイコンのあった場所を正確に教える。
「ご協力感謝します!」
教え終わると男性警察官が自身の胸を2度ほど叩くようにして敬礼。
それに楽座さんも続いた。
そして強制ログアウト1分前を示すアナウンスが流れる。
「あの。私ラクーザって言います。こちらはタケさんです」
ログアウト寸前、楽座さんが突然自己紹介を始めた。
「もし34階でプレイされているんでしたら、このあとお食事一緒にどうですか?
私……実は現実と同じ姿でプレイしてまして、だから見たらすぐに分かると思うので……!」
「その……楽座さん。実は私……」
そこまで言ったところで強制ログアウトが発動。
私はツヴァイトレアルの世界から現実へと引き戻された。
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