4 お昼休憩

 殺人現場を離れて暫く立った頃、αテストが始まって2時間がたったらしくお昼休憩の為に強制ログアウトが始まった。ツヴァイトレアルのテストはこのようにある程度の時間毎に休憩が挟まるようにスケジューリングされている。無論、望めばそれ以上の休憩時間も得られるが、せっかくのたった100人しか当選していないαテストなのだ。少しでも長い時間プレイしたいと思うのが大半のプレイヤーの総意だろう。


 ダイブを終えて、ベッドから起き上がった私は、


「さきほどのプレイヤーのように僅か1、2時間で退場なんてたまったものじゃありませんね……」


 と感想を漏らして、VR機器で乱れた髪型を整えた。


 なにせツヴァイトレアルにおける死亡とはキャラクターロストである。

 キャラクターロストしたプレイヤーは即時にテストを中断されるというのが事前に運営から告知されていた。

 死亡したプレイヤーは今頃テスタールーム退去の憂き目にあっているだろう。


「こうなってくると早めに私自身もディヴァインライトを習得する必要性がありますね……」


 そう独り言を言いつつ、昼食を摂るために食堂へと向かった。


 食堂へ到着し、レンジでパスタを温めている最中。見覚えのある顔を見つけた。

 そう女性警察官の女の子だ。そして今朝エレベーターで一緒になった子でもあった。

 彼女はどうやらゲームとリアルとで同じ容姿でいることを選択したらしい。

 どうしようか、声をかけてみようか。


 そう思い、彼女のことをジロジロと見ていると、あからさま過ぎたのかギロリと睨み返されてしまった。そして警察官の女の子は私の隣のレンジに昼食を入れて温めると、私に向き直って、


「私がどうかしましたか?」


 と満面の笑顔で言った。


「いえ……今朝エレベータで一緒になったなと……」

「あぁ……あの時の……そういえば同じ階でしたね」

「……そうですね。あの私、周防藍那って言います。どうぞよろしく」


 右手を差し出す私。

 それに彼女は、「あ、ご丁寧にありがとうございます。私、楽座らくざ文音ふみねです」と握手に応えてくれた。


「私は今年度で21のフリーターなんですが、楽座さんはおいくつか聞いてもいいでしょうか?」

「あ、私は18歳の大学生です。今年で19になります」

「へぇー2個下でしょうか? ツヴァイトレアルのテストは18歳以上からが対象だったからギリギリですね」

「そうなんですよ。本当にギリギリで良かったと思ってます!」


 楽座さんはとても嬉しそうに胸の前で手のひらを合わせる。

 すると私のレンジが鳴った。


「ご飯……良かったら一緒にどうですか?」


 私が問うと、楽座さんは「はい、喜んで!」と笑った。

 そして楽座さんのレンジもほどなくして温めが完了し、私達は二人で食堂の席についた。


「周防さんはクラス何を選択しました?」

「私は魔族を……」

「へぇ、あの街から1時間のところがスタート地点のやつですよね?」

「はい。そうなります」

「そうなんですね。だったらご存知ないかもなんですが、実は最初の街ヤーントルクでPKプレイヤーキラーが出たんですよ」

「へぇ……」


 疑われてはゲーム中で問題だろうから、私は素知らぬ顔で話題を受け流すことにした。


「だってこのゲーム死んじゃったらそこでテスト終了じゃないですか?

 だから私、警察官ってきっと暇な職業だろうなって思ってクラス警察官にしたんですよ」

「それはまた……思い切りましたね」

「だって最初から拳銃手に入るし、良いじゃないですか?

 でも暇だと思ってたところにPKが出現しててんやわんやですよ。

 しかもどうやら同じ手口で二人ももうプレイヤーが犠牲になったみたいなんですよ!」

「二人もですか?」

「そうなんです。それも目撃者がいなくて、犯行の際に犯人がいなかったらしいんです。意味が分かりませんよね? こんなんでどうやってヤーントルクの平和を守れるんだろう……。あー暇だと思ったのにな警察官。このままだと勤務時間終了後しか森に散策行けなさそうで焦りまくりですよ。犯人捕まえないと大きく経験値貰えない仕様らしくてレベリングもままなりませんし……」


 そう言ってパスタを割り箸で口に頬張る楽座さんに、「へぇー大変ですね」と答える私。


「そう、PKって言えばこのゲーム……!」


 思いついたかのように割り箸の手を止める楽座さん。


「街中だってのにセーフティエリアとかなくて攻撃可能なんですよ! 一体どうなってるんでしょうね」


 彼女は割り箸を置くと自身の顎を撫でる。その目には困惑の色がありありと浮かんでいた。


「そのPKって街中で出たんですか?」


 無論、現場に居合わせたのだから知っているが、知らないフリをする必要性がある。


「えぇ……そうなんです、街のど真ん中での犯行ですよ。それで私、不思議に思ってログアウト前に同僚と確認したんです。そしたら街中でも同僚のプレイヤーが攻撃可能オブジェクトとして認識されたんですよ。でもその辺を歩いているNPCに銃口を向けてみたら、攻撃不可能オブジェクトって表示されてて……」

「なるほど……」


 それは初耳の情報だ。てっきりNPCも含めて攻撃可能なのかと思っていた。

 けれどNPCが攻撃可能になってしまうと街の機能が損なわれる危険性がある。

 それを警戒して、主要なNPCは攻撃不可能オブジェクトに分類されているのかもしれない。


「初耳でした。街中であっても気を抜かないように気をつけたいと思います」

「はい。それが良いと思います!」


 それだけ話すと、楽座さんは食事を再開。

 程なくして私も楽座さんもお昼ごはんを食べ終わり、ではまたとだけ挨拶を交わして別れた。

 そして私はテスト再開前にトイレを済ませた。


 自室への帰り際に食堂を眺めるが、やはりどうやらこの階は女性プレイヤー専用階らしく、男性プレイヤーの姿は見当たらなかった。


「まぁ1週間とはいえ半共同生活をするわけですから当然かも知れませんね……」


 フルダイブで無防備になる自室は受付証がなければ出入りできないから安心だが、トイレやシャワーを使う際に男女一緒というわけにも行かなかったのだろう。2箇所あるトイレはともかくシャワーはシャワールームが一つでは分けようがあるまい。

 私は女性だけだということにほっとしながら自室へと向かった。

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