3 殺人事件

 宿は確保した。

 宿のベッドで休んでいると、HPとMPの自然回復は10秒に一回起きるようになったようだった。

 MPを回復した私は次に街の中心にあるという冒険者ギルドへ向かうことに決めた。

 一度はハイド状態を維持したまま向かうつもりだ。


 宿を出て暫くしてから街の中央に近づくと、私は「気配遮断」と小声でスキルを発動しハイド状態を開始。そうして冒険者ギルドへとやってきた。


「よぉー! 姉ちゃん。買い取りを頼むぜ。それと冒険者登録もだ!」


 狩人帽子を被ったプレイヤーらしき男がギルドの受付へと飛び込んでいって大声で言った。


「はい! すみません。ただいま買い取りは30分待ちとなっております。

 冒険者登録はあちらで受付ております!

 受付番号3番でお待ちの冒険者様! 買い取り査定が終了しましたのでカウンターへお越しください!」


 受付嬢がそれに答え、そして待っていたらしき冒険者を呼ぶ。

 私は買い取り査定の結果に興味があったので、呼ばれた冒険者に寄り添うように査定結果を覗き込んだ。どうやらUIに英語を選んでいる冒険者らしく、英語表記された買い取り査定結果が並んでいた。


 えっと……イーグルフェザー30枚に、ラビットホーン5本で買い取り1200エイダ!?

 ちょっと待ってよ。私とそう数は変わらないのに、倍以上の値段で買い取ってるじゃん!


 私はやられたと思い、道具屋の店主の顔を思い浮かべる。

 まぁでも宿屋の情報は得られて、ギリギリ最後の1部屋に滑り込めたのだから良しとしよう……。冒険者ギルドに寄っていたら間に合わなかったかもしれない。


 私は今後はドロップを冒険者ギルドで冒険者登録をして売りに出すことを決意し、そして次に冒険者登録をしようとしていた狩人帽子の冒険者の元へと向かった。

 狩人帽子の男は日本語で書かれた登録書類に次々と記入をしていき、そして書き終えたのか再び受付を呼んだ。


「よぉー! 書き終わったから頼むぜ!」

「はい!」


 書類を受け取った受付嬢が、


「はい。問題ありませんね。それではこちらの水晶に触れてください」

「おう」


 言われるがまま狩人帽子の男は水晶へと手を触れる。

 すると水晶が鈍く光った。


「はい。それでは冒険者カードに情報をお移しするので少々お待ち下さい」


 受付嬢がそれだけ言って、狩人帽子の冒険者から次の冒険者の対応へと向かっていく。

 暫くして、狩人帽子の冒険者が再び呼ばれた。


「はい。それではこちら冒険者カードになります。

 大切に保管し決して無くさないようにお願いします」

「おう! ありがとうよ! にしても買い取りの方はまだあと20分以上待たなきゃならねぇのかよ……人員増やしたらどうだい?」


 狩人帽子の男がそう受付嬢に愚痴ると、


「大変申し訳ございません……受付の養成も1年と結構研修に時間がかかるものでして……」


 と、受付嬢が頭をペコペコと下げた。


 私は狩人帽子の男の元を離れ、依頼掲示板を物色。

 どのような依頼が出ているかをある程度把握したところで、10分を過ぎる前にギルドを出た。


 そして、街の中央広場辺りでハイドを解除したそんなときだった。


「きゃああああ!」


 突如として広場に叫び声が木霊する。

 いきなりハイドを解除したから誰かに驚かれたのだろうかと辺りを見回すが、声の主は見当たらない。もっと広い範囲を探すと、大分離れた場所に口に手を当てた女性がいた。そしてそのすぐ横で男が蹲るように倒れていき……倒れ込んだかと思うと、シュパーンという音を立てて、光の粒子となって消えていった。

 男の居た場所にはカタカタンと一本の血まみれの包丁と、槍、盾、そして貨幣の入っているらしき革袋が残された。

 その上には棺のアイコンが浮かんでいる。


「殺人……殺人よ……! 誰か警察を呼んで頂戴!!」


 女が再び叫び声を上げ、人がたくさん集まってきた。

 そして暫くして、


「どうしましたか!」


 警察クラスの制服を着た男女が複数人寄ってきて、女性に声をかけた。


「それが私の横にいた冒険者っぽい男の人が急に倒れこんできて……それで背中には包丁が一本突き立っていたんです!」

「そうですか……おい教会員を呼べ」

「はい。ただいま……」


 同僚の女性警察官へと『教会員』を呼ぶように指示すると、男性警官は女性へ詳しい聞き込みを始めた。


「背中のどの当たりに包丁が突き刺さっていたか、またどれくらいの深さだったかは覚えていますか?」


 問われ、女性は男性警官の背中を指し示す。


「はい……ちょうどこのあたり、心臓のある辺りだったと思います。深さはほぼ刃が見えなくなるくらいグッサリと刺さってました……」

「なるほど……それですとそれなりにレベルが上がっていて、おそらくはSTRが20は超えていないと無理でしょうね……」


 警官が言いながらメモしていく。


「他に男性が倒れる前に見かけた人などはいますか?」

「いえ……周りには人はいなかったかと……」

「ふむ……」


 その答えを聞いて、訝しむような目線を人だかりの方へと向ける男性警察官。

 彼は視線を戻すと、手袋をした手で包丁を摘むと、シリアルナンバーのような物がないか確認しているようだった。

 すると、女性警察官が一人のローブ姿の男を連れ立って戻ってきた。

 今気づいたけど、この女性警察官には見覚えがある。


 そんな事を考えていると、ローブ姿の男が血まみれの包丁を見ながら、


「ここが現場ですか?」


 と尋ねた。それに男性警察官が「はい」と答える。

 するとローブ姿の男が杖を取り出して、棺アイコンへと詠唱を始めた。


「それでは唯一神ベヴォスローゼヒカイト名の下に……汝の名を示し給え」


 周囲から光の粒子が集まってきて、男性の姿を象り始める。

 そして、その頭の上に名前が表示された。

 日本語UIを使っているらしく、カタカナでジンという名前が浮かび上がった。

 そして年齢らしき数字と性別、無所属という漢字が浮かぶ。


「プレイヤーのジンさんですな……。

 年齢は39歳男性。所属は……まだ無所属だったようです」

「なるほど……」


 警察官たちが情報をメモしていく。

 そうして10秒ほどたっただろうか、男の姿を象っていた光の粒子はまたしても霧散していった。


「ご苦労様でした」


 警察官たちがローブ姿の男に恭しく頭を下げると、男は、


「いえ、こちらもこれが仕事ですし経験値もたっぷり入りますので……」


 とニヤリと笑った。


「さぁ……解散しなさーい!」


 事は終わったとばかりに警察官が集まっていた群衆に解散を指示する。

 私もここらで切り上げようと思ったのだが、背後で「ぐあっ」という悲鳴がしたので振り返った。


 群衆の一番外側にいたらしき男が、真っ赤になった眼で私達を見る。

 そうして躓くように倒れ込んだ。

 背中にはぐっさりと深くまで突き立った包丁……!


 蜘蛛の子を散らすように集まっていた群衆が私含めさっと引いていき、警察官と男との間に何もなくなった。

 そうして暫くして男の姿はシュパーンという音と共に、光の粒子となって消えていく。

 残されるのは再び血塗れの包丁と、男が装備していたらしき二振りのナイフ、貨幣の入っているらしき革袋だった。

「な……! 皆さん動かないでください……! この場を動かないで……!」


 驚く警察官だったが、瞬時に判断して群衆を逃さないことに決めたらしい。


「不味いですね……」


 私は一人呟いた。

 なにせ犯人の姿は見えない。

 もしかしたら私と同じ気配遮断持ちかもしれなかった。

 だとすれば聞き込みが始まったとして、疑われるのは初期スキルが気配遮断の私だ。

 警察官を選んでいて、初期スキルに鑑定スキルを選んでいるプレイヤーがこの中にもし入れば、さも犯人かのような扱いを受けても不思議はない。


 私はこの場から去ることを選択した。

 さっと呟くように気配遮断スキルを発動すると、その場を後にした。

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