杏野 5

 雲が多く涼しい日だった。

 途中、「誘ったのはこっちだから」と、冷たいレモンティーを買ってくれた佐々山と公園のベンチに落ち着く。

 これといって特徴の無い、普通の公園だった。申し訳程度に設置された滑り台とブランコに子供の姿はなく、蝉の鳴き声以外は静かなものだった。

 お互いが通う高校の話や佐々山が最近読んだ新書の話が途切れると、合わせたように蝉が鳴き止んだ。少しの沈黙を挟み、佐々山がポツリとこう言った。

「昔、二人で遊んでた時、私のことどう思ってた?」

 ちょうど口を付けたレモンティーのせいなのだと、わざとらしく噎せるふりをして、俺は時間を稼いでしまう。横目に見る幼馴染は、確実にあの頃よりも大人びていた。そして何かを諦めているように見える……なぜかそんな風に思った。

「ごめん。急だったね。恋愛的な質問じゃなくて。子供心に私のこと、変な奴だって思ってたりしたかな? って」

「変だなんて思った事は一度もないけど……」

 だからといって女子として特別視もしていなかった……とは口にしないでおいた。なぜなら、再開してからの一時間程で、既に俺は彼女を特別視しかかっていたからだ。ベンチの上で妙に近い距離感や、時折風に乗っては俺の鼻を擽る爽やかな髪の香りがそうさせたのだろうか。

「けど……何?」

「え? えーと、大人っぽくなったなーって」

そんな月並みな言葉に、『可愛い』だとか『好みだ』的な意味合いをやんわりと込めるのが精一杯だった。

「質問に対する答えから逸れてるよ」

 唇を緩めただけの表情。目が笑っているように見えないから、『何かを諦めているような』なんて感じたのかもしれない。しかし、

「杏野君はあの頃のまま……遊び相手のいない私とよく遊んでくれてた頃の、優しいままの雰囲気で変わらないね」

 そう言った彼女は、彼女なりの精一杯の微笑みを披露してくれている……ように思えた。


 それから小一時間、他愛のない話をした俺達は、連絡先を交換し別れた。

 その日から、佐々山からの不意なお誘いが始まった。「今日は読書をするので、良かったら」と。放課後や休日、日々たいして予定の無い俺は、誘いに乗り、電車に乗り、公園へと向かう。

 ベンチに座り、佐々山が読んだ本の話を聞いたり、佐々山が本を読んでいるあいだ俺はスマホで映画を見たり……そんな過ごし方が思いのほか心地良く、たまの学友からの誘いを断ってまで佐々山に会いに行くようになった頃には秋が訪れ、この幼馴染はひょっとして俺のことを好いてくれてたりするのだろうか? そういえば告白ってしたことないぞ……そんな事を考えだす頃には肌寒くなっていた。


「最近読んだ中では出色の一冊だよ。是非読んで欲しいな」

 渡された文庫本の背表紙のあらすじには、『彼にはどうしても告白できない理由があった』と書かれていた。その文章を見て思った。告白するって確かに勇気は要るけど、別に告白できない理由は俺には無いんだよな……と。

 この本を読み終えたら、物語の結末の話から告白する流れに持っていってみよう。そう決めて本を読んでいたある日、俺は刺されたのだった。


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