杏野 4
幼馴染の佐々山とは、同じ幼稚園と小学校に通っていた。
小学三年生頃まではかなり仲が良く、二人きりで遊ぶこともあった。しかし、同級生に冷やかされたわけでも、幼いゆえの些細な喧嘩で仲違いしたわけでもなく、学年が上がっていくにつれ、理由もなく、ただなんとなく遊ぶ頻度が減っていったように思う。男子と女子はそんなものだろうとも思う。
中学に上がる際に、俺は親の転勤に伴って転校した。町内の端から端へではあるが、学区は変わり、それから約四年間会うこともなく、今年の夏頃、たまたま移動図書館の前で俺と佐々山は再開した。公園の近くの駅前広場で。
親戚の子が読む絵本を借りに行かされていた俺を偶然見つけた佐々山は、数分のあいだ声をかけるでもなく、じっとこちらを見つめていた。女子からの明らかな視線を感じたからといって、軽々しく声や流し目を返せる性格ではない俺に、佐々山は不意に話しかけてきた。
「杏野君は変わらないねえ」
「あーえっと……見た目が? 動きが?」
俺の返答に、唇の端を少し吊り上げると佐々山は、
「君が本を探す動作なんか今初めて見たよ。読書嫌いだったでしょう? 私のこと覚えてくれてたんだね」
「佐々山こそ、よく覚えてるなそんな事」
「交際している女の子はいるの?」
「へ?」
「彼女。いるなら、話しかけるとまずいと思って。それに、誰かの為に本を借りに来たんでしょう」
探しているのは、彼女ではなく幼女の為の絵本だった。
「幼女の……違う、えー、親戚の子に絵本をな」
「そう。じゃあ、これがいいよ」
目星でも付けていたのかと思わせる素早さで棚から一冊抜き取ると、佐々山は俺に近づき、喋るドングリが表紙を飾る間違い探しの本を手渡してくれた。一瞬、えらく良い匂いの本だな……そう思ってから佐々山の髪の香りだと気がつく。高校一年男子の勘違いを誘発する距離の近さだと、そう思った。
本を借りるあいだ待っていてくれた佐々山に、次は俺から声をかけた。
「ありがとな選んでくれて。佐々山も子供いるのか? こういうの探すの得意なんだな」
「まだ十六歳だし、流石に自分の子供はいないけど」
「えー、違う。いや、分かってるよ。じゃなくて、親戚の子とか。確か兄弟はいなかったよな」
「本が好きなだけだよ。これも」
掲げられた紙袋には駅前商店街の書店の名が印刷されていた。
「今買ってきたところ。杏野君、急いでる?」
「いや、時間はあるけど」
「近くの公園で休憩しない?」
「あー、いいけど。佐々山は大丈夫なのか? 時間とか、えっと……」
「子供も夫も彼氏もいないから大丈夫」
再び口角を上げた幼馴染は、
「どころか友達もいないから」
話に句点を打つようにそう言って、ゆっくりと歩き出した。
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