杏野 3
半分程読み終えた文庫本を閉じ、公園の中央に設置されたポール型の時計を見る。午後一時五十分。そろそろか。
脈があるのか手首を触ってみたり、息を止めると苦しくなるのか確かめていると、スピーカーから発せられる童謡が少しずつ公園に近づいてきた。移動図書館だ。
スマホが無いと、いま町中に響いている童謡の曲名どころか、今日の日付すら分からないのだが、毎月十日にこの町に来る移動図書館のおかげで、今日この日は俺が刺されて死んでから一カ月後なのだと、これで確信した。ベンチで読書に勤しんだ後に血を流したあの日は十一月十日だったので、今日は十二月十日だろう。一月と二月は寒さのせいなのか移動図書館は運行しないので、日付に間違いはないと思う。
ブツリと童謡が鳴り止む。追突事故でも起こしたんじゃないのか? と心配になるような途切れ方だが、聞き慣れた者にはお馴染みである。いつも通りこの公園の近くの駅前広場に停まったのだろう。
本を積んだバスは午後二時に到着し、冬場は午後四時まで貸し出しを行う。なぜか町から去る時にまで曲を流すので、子供達に帰宅を促す町のチャイムと図書カーの童謡が織り成す不協和音が毎月十日夕刻の名物となっていた。
公園に静けさが戻る。
文庫本の背表紙を眺めながら俺はある事を考えていた。
俺がいま公園専属幽霊になっているのは、おそらく幼馴染に好きだという気持ちを伝えてないから……なのではないかと。
犯人に恨めしやと言ってやりたいなら拘置所か刑務所だろうし、単に生きる事に未練があるなら親の枕元で啜り泣いている方が、それらしい。あいつから借りたままの文庫本だけを持って、この公園のベンチに居るという事は、そういう事なのだろう。
でも、だからってどうすればいいんだ。
あいつの顔を思い出そうと、目を瞑ってみる。腹からこぼれる鮮血がフラッシュバックし、思わず首を振るい目を開けたところで、
「へぁ?」
と妙な声を上げてしまう。瞼の裏には描けなかった幼馴染の姿を、なぜか公園の入り口に確認したからだ。
いや……なぜかってことはないか。この公園のベンチで読書をするのは、そもそもあいつを真似ての事だもんな。
この一ヶ月、待ちわびた姿じゃないか。
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