第39話 義妹による膝枕+耳かき

「さて、このお兄ちゃんどうしたものか」


 夏希に『春斗お兄ちゃん』と呼ばれてからかわれた日の放課後。少しむくれ気味の美優と下校をした後、俺は自室のベッドの上に座らされていた。


 目の前には部屋着に着替えた美優の姿があって、腕を組んでむくれた顔でこちらを見下ろしていた。


「えっと、美優さん?」


「なに? 妹以外の女の子に『お兄ちゃん』って呼ばれただけで、鼻の下を伸ばしていた『春斗君』?」


 美優はジトっとした目を向けながら、『春斗君』という呼び名を強調してきた。その言葉が一体どんな感情を表現しているのか。


 数々の妹をゲームで攻略してきた俺からすれば、その答えにたどり着くのは容易いことだった。


「……これは、ヤキモチ妹か? そういえば、微かに香しい香りがするかも」


「っ、別に、ヤキモチとかではないけど」


「すんすんっ、いや、ツンデレ妹の方か?」


「~~っ! だから、そんなんじゃないってば。その、対抗心みたいのは認めるけど」


「対抗心?」


 テキストの流れから察するに、今のはヤキモチを焼いている妹だということに確証を持っていた俺は、思いもしなかった返答を前に小首を傾げていた。


 そんな俺の反応を見た美優は、まるで鈍感主人公にでも向けるような視線を向けた後、ぷいっとこちらから視線を外して言葉を続けた。


「……お兄ちゃんの妹として、『妹キャラ』を夏希さんに取られたくない」


 兄妹のもとに突然現れた偽妹キャラ(妹ではない)。その子に優しく接する兄を見て、形容しがたい何かを胸の奥で感じる妹。でも、その胸の何かが分からずにイライラしてしまう。そして、兄に対して少し強く当たってしまったり、拗ねてしまう妹。


「っ!」


 そんな実はブラコン妹の片鱗を見てしまった気がして、俺は殴られたような衝撃

を受けてしまって、言葉を失っていた。


「なので、これからお兄ちゃんには、私以外の女の子に『お兄ちゃん』って言われても反応できない体にします」


「これは……ヤンデレ妹ルートに突入か」


「ヤンデレはまた今度ね。それよりも、『お兄ちゃん』って単語に条件反射で反応しちゃう耳がよわよわなお兄ちゃんのため、私、休み時間のうちに色々調べておきました」


 また今度の機会にヤンデレ妹もしてくれるのか。


 そんな期待と少しの恐怖を感じている俺の顔を覗き込むようにしながら、美優は微かに朱色に染めた頬で言葉を続けた。


「お兄ちゃん、耳かきASMRって知ってる?」


「……へ?」


 美優の耳から聞くとは思いもしなかった言葉。


恥ずかしそうに瞬きをする美優の瞳を見るに、どうやら美優が口にした言葉は、俺が知っている言葉と同じ意味の言葉らしい。




「お兄ちゃん、ここ来て」


 それから少し準備をしてくると言って部屋を出た美優は、耳掃除をする道具一式を抱えて俺の部屋にやってきた。


 髪型をツインテールに結んだ美優は、部屋着の丈の短いショートパンツ姿でベッドの上で正座をすると、ぽんぽんと自身の太ももを軽く叩いてそんな言葉を口にした。


 いつもよりも少しだけ甘い声色で、微かに家庭的な印象を受ける優しい笑み。


そんな声色と表情で俺を誘惑に誘うのは、『ブラコン妹~仄かな甘々妹を添えて~』というフランス料理にでも出てきそうなタイトルの妹キャラだった。


まぁ、『どんな妹に耳かきして欲しい?』と美優に聞かれて、俺がリクエストした妹キャラだったりするわけなのだが。


「お兄ちゃん、私が耳掃除してあげないと放置するでしょ?」


 兄の世話をするのが当たり前で、それが生きがいとなりつつある妹キャラ。面倒そうなことを言いながらも、滲み出てしまったように上がった口角は隠せていなかった。


 この妹……できるっ!


「ほら、お兄ちゃん横になって」


 そんな『ブラコン妹~仄かな甘々妹を添えて~』状態の美優に急かされて、俺は少し焦りながら、美優の太ももの上に片耳を乗せる形で頭を置いた。


 そこには程よく引き締まった脚の反発力と、微かな筋肉の硬さ、それと微かに沈む柔らかさがあった。


 滑らかで吸いつくような肌感と、すぐ近くに感じ取れる微かな甘い香りが鼻腔をくすぐり、俺は落ち着くよりも先に女の子の脚に顔をつけているという事実に、心臓を跳ね上がらせていた。


 そして、今の状況を客観的に見て、俺は一つの答えにたどり着いていた。


「制服のスカートで隠されている部分に頭を置いている状況……つまり、今は『ブラコン妹~仄かな甘々妹を添えて~』な妹のスカートの中に顔を埋めているという状況と同義なのでは?」


「~~っ。そういうこと言わないのっ」


 美優はそう言うと、恥ずかしさから俺の口を黙らせようとして、両手でむぎゅっと俺の顔を押してきた。


 当然、その下には美優の太ももがあるわけで、俺は美優の太ももを右側の顔で堪能せざるを得なくなっていた。


先程以上に美優の太ももの感触を味わせられて、俺は心臓の音がうるさいくらいに大きくなっていくのを隠せずにいた。


「……それじゃあ、始めるからね」


 美優は俺がただ静かに黙り込んだと思ったのか、俺の顔を押し付けていた手を離して、そっと俺の耳に指先で揺れてきた。


「っ!」


「お兄ちゃん、耳弱いんだよね? 大丈夫、ちゃんと優しくするからね」


 美優はそう言うと、綿棒のような物で耳の淵をそっと撫でるようにして耳掃除を開始した。


 片頬は妹の太ももがあり、もう片頬には妹の手が乗せられている。耳元には妹の優しい手つきがあり、鼻腔をくすぐるのは妹の甘い香り。


「お兄ちゃん、痛くない?」


 右も左も妹という妹分に満たされているという状況。当然、顔が緩まないはずない。


「最高ですっ……」


「ふふっ。それじゃあ、もっと最高になってもらおうかな?」


 美優はそう言うと、耳かきで耳の中を優しく掻き始めた。


 一定のペースで刻まれる音と、微かに漏れるような美優の息遣い。


そんな多くの感覚を通じて伝わってくる妹要素を前に、俺はそのまま蕩けしまいそうになっていた。


 妹の膝枕+妹の耳かき=ASMR。


 なるほど、音声だけでもこれを体感したいと思うのは、至極当然のことのようだ。


 ASMRのような体験を妹にしてもらえる俺って、恵まれすぎてやしないだろうか。


「ふぅーーっ」


「ふわっ」


 そんなことを考えていると、美優の優しい息が俺の耳に吹きかけられた。ぞわっとしながらも、体の奥にある感情を沸々とさせる感覚を前に、俺は情けないような声を漏らしてしまっていた。


「ふふっ、『ふわっ』だって。お兄ちゃんの耳は敏感さんだねぇ」


 美優はそう言いながら耳の溝を優しく指先で撫でた後、少しだけ顔を近づけて、俺の横顔を覗き込むようにしながら言葉を続けた。


「お兄ちゃんの妹は私だよ? 他の女の子に『お兄ちゃん』って呼ばれたくらいで反応しちゃダメだからね?」


「は、はいっ」


 近くなった美優の声を前に俺はその顔を見ることもできず、俺は少し体を硬くさせながらそんな返事をしていた。


「うん。いい返事だね、お兄ちゃん」


 美優は満足そうに声のトーンを上げると、優しく俺の頭を撫でた後、耳かきを再開した。


 こうして、俺は実写妹ASMR(膝枕+耳かき)によって、俺が誰のお兄ちゃんであるかをわからせられたのだった。




 そして、翌日。


「おはよー、『春斗おにーちゃんっ』!」


 俺が美優と共に教室に入るなり、俺の元に駆け寄ってきた夏希は、にやけた笑みと共にそんな言葉を口にした。


 そして、そんな声をかけられた俺はというとーー


「おはよう、夏希」


 動揺の欠片も見せず、挨拶を返すことができていた。


「あ、あれ? 『お兄ちゃん』呼びに反応しなくなった?」


 そんな俺を見て、夏希は昨日まであれだけ動揺していた俺が反応しないことに驚きを隠せないようだった。


 それなら説明してやろうと思い、俺は少し演技が買ったような口調で言葉を口にした。


「悪いな、夏希。俺はすでに『ブラコン妹~仄かな甘々妹を添えて~』な妹に調教されたのだ。妹でもない夏希に『お兄ちゃん』と呼ばれたくらいじゃあ、動揺なんてしないぜっ」


 もう妹以外の女の子に『お兄ちゃん』と呼ばれたくらいでは反応しない。それを証明した後、俺は決め顔でそんな言葉を夏希に言い放った。


「調教? え、美優ちゃんって、そんな一面も……」


 あ、あれ? なんか変な誤解をされている気がする。ん? いや、俺が変にノリノリになって口走ったのか。


 すぐに訂正しなければと思うと同時に、俺の隣にいた美優が一歩前に踏み出した。そして、美優は口元をきゅっと閉じた後、少し大きく息を吸い込んでから口を開いた。


「お、お兄ちゃんに調教とかしてないからっ!」


 夏希の言葉を受けて、一気に顔を赤くさせた美優は、恥ずかしさを誤魔化すように大きな声でそんな言葉を口にしてしまったのだった。


 そして、思った以上に大きくなった声量は、一気に教室からの視線を集めることになりーー


「~~っ!」


 美優は耳の先まで真っ赤にさせながら、教室を飛び出ていってしまった。


「えっと、なんかごめんね?」


「いや、今のは俺の言い方が悪かったわけだしな」


「美優ちゃん、追いかけないの?」


「んー、そうだな」


 これは追いかけない方がいいパターンだろう。うん、多分ゆっくり顔の熱を冷ましたいだろうしな。


 俺は美優の氷姫という呼び名が、氷の女王様に変わることがないことを祈りながら、廊下を走っていく美優の後ろ姿を静かに見守ったのだった。


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