第38話 幼馴染系妹
「うわっ、いつの間にこんなに本だらけになったんだ」
そして、舞台は変わって俺の部屋。
色々と話すためには俺の部屋を見てもらった方が早いと思い、夏希には俺の部屋に上がってもらった。
ベッドに並んで座る俺と美優をそのままに、夏希は本棚に並ぶ本の背表紙に指を置いてそのタイトルを眺めていた。
「『未確認で妹系』、『やはり、俺の妹ラブコメは間違っている』、『人類は妹になりました』。……え、全部妹物なの? 昔は少年誌とかの漫画しかなかったのに」
夏希はそのラインアップに引くというよりも、素直に驚くようにそんな声を漏らしていた。
そして、ちらりと恥じらうように顔を赤くしている美優に視線を向けた後、ジトっとした目をこちらに向けてきた。
「それで、春斗は美優ちゃんに二次元みたいな妹を演じさせていたと?」
「ち、違うから。私が自分で色んな妹をしてるの」
美優は頬の熱をそのままに、俺に向けられた言及するような言葉を否定した。
夏希もまさか否定されるとは思わなかったのだろう。驚くようにその目をぱちくりとさせていた。
「え、なんで?」
心から漏れ出たような不思議そうな声。純粋になんでそんなことをするのか分からないといった声を前に、美優は夏希から視線を逸らしたまま口を開いた。
「お、お兄ちゃんの理想の妹になるため」
「っ!」
恥ずかしがりながらも、しっかりと芯の通ったような言葉。
一瞬こちらにちらりと向けられた視線と目が合って、俺は一気に体温が跳ね上がったのが分かった。
そして、そんな目配せのようなやりとりは、正面にいる夏希にバレないはずがなかった。
「……ふーん。なるほどねぇ」
夏希は俺たちのやり取りを見て、少しだけつまらなそうに口を尖らせていた。
い、一体どんな感情なんだろうか?
「夏希。このことなんだけど、学校では言わないで欲しいんだ。美優のキャラ的にも、あんまりよくないだろ?」
「別に、人様の家庭の事情をひけらかさないよ。……ていうか、春斗は私をそんな人間だと思ってたの?」
夏希は前のめりになって、俺にムッとした表情を向けてきた。
確かに、今の言い方はあまりよくなかったかもしれない。俺は他意がなかったことを告げるように、小さく手を振りながら言葉を続けた。
「いや、何かしら弱みとして握られる程度には」
「思ってたんかい。あとで、お姉さんのご指導が必要みたいだね。チョークスリーパーとか、チョークスリーパーとか」
夏希は眉をピクピクとさせながら、手をワキワキとさせてそんな言葉を口にした。
どうやら、結構お怒りの様子だった。
「それはご勘弁願いたい。あれだ、最近暴力ヒロインは敬遠されがちな傾向にあるし、やめとこうぜ」
「ヒロインって、またマンガの話? そんなにこういうのって面白――」
夏希は不意に本棚の方に目をくれると、何か気になるものを見つけたのか、そっと本棚の方に手を伸ばした。
そして、そのまま一冊の本を引き抜くと、表紙をじっと見つめていた。
「なんだ、何か気になったのか?」
「え、うん、まぁ」
「それだったら、借りていってもいいぞ。別に家もすぐそこなんだし」
「そう? それじゃあ、そうさせてもらおうかな」
夏希はそう言うと、先程までの感情をどこかに捨て去ったように大人しくなった気がした。
心なしか頬を朱色に染めているような気がしたが、気のせいだろうか?
夏希はその本を早く家に帰って読みたいと言い出したので、俺たちはそのまま夏希を見送って、再び俺の部屋に戻って来ていた。
ていうか、もっと色々と言及されるかと思ったが、そんなこともなかったな。
「なんか結構あっさり解決? ん? どうした美優?」
「確か、ここにあった本って……」
夏希が持ち去って空いている本のスペースを見つめながら、美優は深刻そうな顔で何かを考えているようだった。
「?」
美優が真剣な顔をしている理由も、夏希がなんであの本をすぐに読みたくなったのかの理由も分からず、俺はただ小首を傾げていた。
そして、翌日。
事件は起こった。
学校に登校して、いつもと変わらず教室で美優と別れて席に着こうとした瞬間、背後から軽やかな足音が近づいてきた。
「おにーちゃんっ!」
「おわっ!」
少しの猫なで声と共に、そのまま座っている俺の肩付近に柔らかい双丘が押してられた。その声とこの状況に既視感を覚えた俺は、首を死守しようと思ったのだが、俺に回された腕はそのまま首を絞めるようなことはなかった。
「な、夏希?」
俺が声を裏返しながら驚くような反応を見せると、夏希は満足げな笑い声と共に俺から少しだけ距離を取った。
そして、そのまま上機嫌な様子で口元を緩めると、結んでいた髪を軽く手で持ち上げながら言葉を続けた。
「へへへ、どうよ? ツインテール姿の私に見とれた? このこのっ」
「……それよりも、今なんて言った?」
「『お兄ちゃん』って言ったんだよ。幼馴染系妹? ていうのが好きなんでしょ? どうよ、可愛かった?」
「まずい! 抑えろ、春斗ぉぉ!!」
夏希の言葉が遠くにいても聞こえたのか、突如現れた貞治が俺を羽交い締めにして俺の体を押さえ込んできた。
「くっ、止めるな貞治!!」
「え? なんで春斗怒ってんの?」
暴走寸前の俺の姿を見て、夏希は何が起きているのか分からないといった様子で小首を傾げていた。
どうやら、夏希は無自覚で事に及んでみたみたいだ。
それでも、俺は言わなければならない。全ての妹好きが感じていることを、世界の中心で妹愛を叫ぶように。
「幼馴染系妹? ふたを開ければ、ただの年下幼馴染じゃないか。幼馴染や妹分、ただの後輩ポジションであるにも関わらず、妹ポジションを強調するようにタイトルに『~の妹』と付けて売り出すんだ。『こんなにお兄ちゃんって呼んでるってことは、もしかしたら、どこかで兄妹だったっていうオチになるのでは?』って期待だけさせて、買わせるんだ。……それが人間のやり方かぁ!!」
「春斗! 倫理観や世間の目がある以上、本当の妹を強調するタイトルは敬遠されてしまうんだ! 仕方がないことなんだ! ……あと、そんな勘違いをして買ってるのは多分お前だけだ」
淡い期待を軽く裏切る偽妹物。純粋な妹に対する冒涜に近い最近の勢力を、誰かが止めなければならないのだ。
そうでなければ、純粋な妹物が可哀想ではないかっ。
「……ふぅん」
夏希は納得したのかどうか怪しげな声を漏らすと、不意に俺の耳元に顔を近づけてきた。
そして、わざとらしく熱のある吐息を耳元で吐いた後、そっとそのまま呟いた。
「私は嫌いじゃないよ、『春斗お兄ちゃん』のこと」
「ふわっ」
夏希は耳の中をくすぐるように囁くと、にやりとした笑みを浮かべながら俺の顔を見つめてきた。
夏希の微かに朱色に染められた頬の色を見せられて、俺は思わずどきりとしてしまっていた。
「『ふわっ』だって。なんだ、やっぱり好きなんじゃん」
「ち、ちがっ」
「またいつでも呼んであげるからね、おにーちゃんっ」
夏希はそう言うと、小さく手を振った後に自分の席に上機嫌な足取りで戻っていった。
席に着いた夏希は、俺をからかうようで、仕返しでも成功したかのような笑みをこちらに向けていた。
おかしい。ただの呼び名でしかない『お兄ちゃん』という言葉。妹でもないようなただの女の子に、そんなことを言われて体を熱くさせるなんて、俺ももっと精進しないとーーあれ? 体が熱くない?
なんか急に温度が下がったような気がするのだけど。
俺は不思議に思いながら辺りをきょろきょろとして、その正体と目が合った。
「――ひゅっ」
以前に感じたことがあるような、氷点下まで下がりきった瞳。
見るものすべてを凍らせるチート能力を持ったような目をこちらに向けている、美優の姿がそこにはあった。
そんな目を向けられて、俺は喉の奥が締まったような声を漏らしていた。
急に大人しくなった俺のことを心配する貞治の影に隠れながら、俺は美優から向けられていた視線から逃れることにしたのだった。
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