第37話 幼馴染とおうちモード妹
「急にどうしたんだよ、家に来るなんて久しぶりだな」
「いやー、中学ぶりだよね、ほんと」
とある休日。外出していた美優が帰ってきたのかと思って玄関を開けると、そこには幼馴染(仮)の夏希の姿があった。
俺はその突然の訪問に驚きながらも、夏希を招き入れた。
本日は両親も休日出勤のため、文字通りの二人きりという状況。
すぐ近くに住んでいるということもあって、夏希がこの街に帰ってきてからは何度か顔を合わせることもあったが、こうして家にやってきたのは久しぶりだった。
夏希は家からそのまま出てきたようなラフな格好をしていて、白色のタンクトップに薄手のパーカー、下は橙色のショートパンツといった服装だった。
すると、この家の住人かというくらいにラフな服装でダイニングテーブルに座る夏希は、正面に座る俺ににんまりとしたような笑みを向けてきた。
「あんな可愛い妹さんと一緒に暮らしてるって知ったから、ムフフな生活をちょっと覗きにきたんだよ」
「ムフフ生活って、そんな生活あるわけないだろ」
俺はため息を吐く演技をしながら、やれやれと首を横に振って誤魔化そうとしていた。
正直、色んな表情を見せてくれる義妹との生活に満足しているが、ここで全てを晒すわけにはいかない。
美優だって学校での立場という物があるのだ。
俺の前では色んな表情を見せてくれる美優ではあるが、あくまで美優は学校では氷姫と言われているクールキャラ。
そんな女の子がツンデレ妹から甘々妹まで、色んな妹になりきってくれていることなんて、言えるはずがない。
まぁ、本人も言いたくもないだろしな。
「嘘つくなよー。ほれ、お姉さんに教えてみなさいな」
「いや、だから、お姉さんじゃないだろ。幼馴染(仮)だろうが」
「(仮)じゃないですー。お、さ、な、な、じ、み。ほら、リピートアフターミー」
しかし、夏希は俺の言葉を聞いても納得していないのか、にやにやとした表情を浮かべるだけだった。
まぁ、それなら美優の帰りを待ってもらうとするか。
美優は家族以外には素を見せようとしない。というか、人見知りで素を見せられないのだ。
だから、夏希が目の前にいるという今の状況で、美優は俺と一定の距離を保って接してい来るだろう。
そんな美優の態度を見れば、それがいつもの俺たちの関係だと思い込むはず。そうすれば、いらぬ誤解を生まないで済むし。
ありのままという体の美優を見てもらうとするか。
そんなことを考えていると、玄関の方から物音が聞こえてきた。
どうやら、美優が帰ってきたようだ。大丈夫、玄関に夏希の靴があるのは一目瞭然だし、美優が何か妹を演じながらリビングに入ってくることはないだろう。
そんなふうに考えて美優がリビングに来るのを待つこと数分。
ん? 数分? 玄関からリビングまで数秒で来れるはずなのだが、一体何をしているんだ?
そんなことを考えていると、突然廊下をどたどたと走ってくる音が聞こえてきた。
そして、その勢いのままリビングの扉を開けると、幼いような明るい笑みをこちらに向けている美優の姿があった。
所々にフリルが拵えてある白色の半袖のブラウスに、ジーンズ生地のハーフパンツ姿。そこまでは、家を出る前と変わらなかった。
大きく変わっていた点を挙げるとすれば、その髪形がサイドテールに結ばれていたことだろう。
「お兄、ただいま! 外に出てきたついでに、夕飯の買い物も済ませてきたよ! お兄、私えらい? 褒めて褒めてっ!」
美優はそう言うと、俺の元まで駆け寄ってきて、その太陽のように明るいにぱっとした笑みを向けてきた。
どうやら、美優は玄関でサイドテールに髪を結んでから、妹キャラとして帰宅してきたらしい。
そして、悲しいことに、今の美優の目には俺しか映っていないようだった。
現に、夏希がいるというのにお構いなしで、ご機嫌にサイドテールに結んだ髪をぴょこぴょこと揺らしていた。
「……美優、ちゃん?」
「ちゃんと褒めてくれないと、私寂しーーえ?」
当然、普段のクールな氷姫と呼ばれている美優のことしか知らない夏希が、今の状況を見て驚かないはずがなく、夏希は凍ったように口を開けたまま固まってしまっていた。
声をかけられれば、美優も夏希の存在に気づくわけで、リビングにいた夏希を見て美優も言葉を失って驚いているようだった。
数秒間の沈黙。互いに目が合っているはずなのに、何も言えなくなってしまった二人は膠着状態に入ってしまっていた。
そうなると、今を救えるのは俺しかいないだろう。
俺は小さく咳ばらいをした後、美優を助け出すためにそっと口を開いた。
「違うんだ。今の美優は甘々妹とダル絡み系妹のハイブリッドだっただけなんだ」
「あの、元気っ子妹の要素も足してみたんだけど?」
「なるほど、確かに少し舌足らずな感じだけでなく、屈託がないような笑みも浮かべていたしな」
俺が現状の美優が本当の美優ではないことを告げようとすると、すかさず美優側から訂正が入った。
確かに、ただの甘々妹という感じではなかったもんな。
「……まぁ、つまり、そういうわけだ」
「いや、どういうわけ?!」
俺たちが現状を伝えたというのに、夏希は納得いかなげに強めのツッコミを入れてきた。
まぁ、これで理解しろという方が無理か。
はてさて、どうしたものか。
顔を真っ赤にさせて、プルプルと恥ずかしそうに身を震わせている美優と、ただ困惑しているような夏希。
俺はそんな二人をそのままに、先程していた美優の妹キャラの余韻に浸るのだった。
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