第32話 兄の押し入れに眠るもの

「ただいまーと。あれ? リビングにいないのか?」


 珍しく用事があって帰るのが遅くなった俺は、帰宅後にリビングを覗くなりそんなこと言葉を漏らしていた。


 美優と帰るタイミングがずれたり、俺が一人で外出したりしたときは、美優はリビングにいることが多い。


今日もそのパターンかと思ったのだが、どうやら違うようだった。


「自室にでもいるのかな?」


 美優は俺が部屋にいない時は、俺の部屋に入ることはあまりない。


 さすがに、勝手に部屋に入るのは抵抗があるみたいだ。


 まぁ、帰ってくるなりラノベの続きを要求されたことがあって、普通に部屋に入って次巻を取っていって良いという許可は出したんだがな。


 俺はそんなことを考えながら、階段を上がっていって自室へと向かって行った。


 そして、自室の扉を開けると、そこにはこちらに背を向けて立っている美優の姿があった。


「あれ? 美優?」


 美優は俺の声を聞いて、小さく体をびくんとさせたあと、こちらに振り返った。


 学校の制服姿のまま、振り返る拍子で翻るスカートが揺れるのをそのままに。


……頬を真っ赤にさせながら。


「お、お兄ちゃん」


「?」


 きょとんとして見つめ返すと、美優は少しだけあわあわとした後、小さく咳ばらいを一つして表情を作った。


 大人びたような笑みを浮かべていて、余裕のある佇まいで後ろ手を組み、何かのキャラになりきっているようだった。


「お兄ちゃん、私に隠してることあるよね?」


「隠していること、だと?」


 これは一体、何系妹だろうか?


 しっかり系妹? もしくは、ドS妹か?


 そんなことを冷静に考えるほど、俺は思った以上に落ち着いていた。


 しかし、いつまでもそんなことを考えている訳にもいかないだろう。俺は美優に返答するため、俺の隠し事についていろいろと考えてみることにした。


 ……いや、オタクに対してその質問をして、首を横に振る奴がいるだろうか?


 隠してある性癖なんて山のごとし。それがオタクという生き物なんじゃないのか?


 ただ状況的に考えて、美優が急に俺の性癖を曝け出させようとしているようには思えない。


そうなると、他に何か理由があるということになるのだろう。


 例えば、引き出しの中や押し入れの中にある何かを見つけたとか。


 ……押し入れの中?


 気がつくと、俺の頬には冷や汗が垂れていた。そして、そんなふうに動揺する俺を見て、美優の口元がさらに緩んだようだった。


 やっぱり、あれを見てしまったのか。


 俺は生唾を呑み込んだ後、意を決したように口を開いた。


「もしかして、『妹の左手を禁止します』ってゲームのことか? いや、違うんだよ、あれは妹たくさん出てくるから買っただけで、えっちなゲームだけど、別に邪な気持ちはーー」


「ち、ちがう」


「あ、じゃあ、『妹、翌朝までぎゅっとして』ってゲームか? いや、違うんだよ、あれは妹たくさん出てくるから買っただけで、えっちなゲームだけど、別に邪な気持ちはーー」


「それもちがうっ」


「ああ、『妹シェアリング。シェアリング♪』の方か? いや、違うんだよ、あれは妹たくさん出てくるから買っただけで、えっちなゲームだけど、別に邪な気持ちはーー」


「だから、違うってば! なんでさっきからえっちなゲームしかないの! それも全部妹物ばっかり! これ、これのことだから!!」


 美優は少しずつ体を震わせながら顔を真っ赤にさせると、最後に羞恥の感情に耐えられなくなったように小さく吠えていた。


 それから、その勢いに任せるように美優は後ろに隠していた物を、前に突き出してきた。


「そ、それはっ……」


「ふふっ、お兄ちゃん、これなーんだ?」


 その手にあったのは、以前に貞治から勧められた義妹物の小説。昨晩読んでから、そのまま机の上に置きっぱなしにしていた物だった。


「さっき、ラノベ借りようと思って部屋に入ったんだけどね。机の上にこれが置いてあったの」


 美優は深呼吸をしながら途中まで演じていた妹キャラに戻り、また大人びたような笑みを浮かべていた。


 未だに頬の熱が冷めきっていないのは、ご愛嬌ということにしておこう。


「それは、ただの義妹物のラノベだろ? 別に、今までだって義妹物を全く見なかったわけではないし、本棚にも義妹物はある」


「うん。それはいいの。ただ、前に実妹の良さとかは聞いたことあったけど、他に聞いてないことがあったなって思って」


「聞いてないこと?」


「義妹の良さについて、私に教えてくれないかな?」


 美優はそう言うと、浮かべていた笑みを静かに深めた。


 まるで、これまで実妹のことを推し過ぎていた俺に仕返しでもするかのような、そんな少しイジワルな笑みにその色を変えながら。


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