第31話 メイド妹

「おかえりなさいませ、ご主人様、お嬢様」


 意気込んだ俺は、スマホを片手にとある条件にヒットするお店を検索した。


 そして、期間限定でイベントをやっていたお店を見つけるなり、俺は恥ずかしがる美優を引き連れてメイド喫茶に突入していた。


 案内された席に座るなり、メニュー表を確認して期間限定のメニューを見つけた俺は、思わず笑みを零してしまっていた。


「俺はコーヒーとオムライスにしよう」


「じゃ、じゃあ、私も同じものでいいかな」


 少し緊張していたような美優だったが、俺が注文するものを聞いてから美優は小さく息を吐いていた。


 もしかして、俺がそれを注文しないとでも思ったのだろうか?


 俺は小さく首を傾けた後、近くにいた店員さんに手を上げて注文を取りに来てもらった。


「おまたせしました。ご注文はお決まりですか?」


「コーヒーとオムライスを二つずつとください。あと、『メイド体験~メイド服を着た私は、新人メイドきゃぴっ♡』をこの子に」


「~~っ!」


 俺が注文メニューをさらりと告げると、美優が何かに悶えるような声を出して下を向いてしまった。


「あ、コーヒーとオムライスを『メイド体験~メイド服を着た私は、新人メイドきゃぴっ♡』をしたこの子に持ってきてもらうことってできますか?」


「お、お兄ちゃんっ。何回もきゃぴきゃぴ言わないでっ」


「ふふっ、もちろんできますよ」


「じゃあ、それでお願いします」


 美優は熱を帯びた頬をそのままに、微かに睨むように俺のことをじっと見た後、メイドさんに別室へと連れていかれた。


 そう、俺は目を血走らせながら必死に検索して見つけたのだ。お客さんがメイド服を着ることのできるサービスを。


 そして、このサービスの素晴らしい所は他にもある。


なんと、このサービスを利用したとき、その卓のメイドさんは『新人メイドきゃぴっ♡』を利用したメイドさんに変わるのだ。


 つまり、お客さんがメイドとして、お連れ様にご奉仕をするというサービスなのだ! 本当に素晴らしい!!


 おそらく、観光客や家族連れ、カップルを対象にしたサービスだろう。


 しかし、そんなのは関係ない。隣に妹がいたら、メイド服を着て欲しいと思う。これは心理なのだから。


 そんなことを考えながら、少し落ち着かない調子で待つこと十分ほど――


 その時はやってきた。


「お、おまたせしました。コーヒーとオムライスになります……お兄ちゃん」


「っ!」


 美優の声に誘われて視線を向けると、そこにはトレーを両手で持っているメイド妹がいた。


 短いスカートの裾やエプロンの肩紐に付けられたフリルが可愛らしく揺れ、脚は絶対領域の近くまでを白の二―ソックスによって包まれていた。


 頭に付けられているフリル付きのカチューシャに、その少し下くらいの位置からぴょこんと生えているようなツインテール。


 美優は羞恥の感情によって頬を染めながら、似合っているかどうか不安そうな目でこちらを見つめていた。


 ブラコン妹が兄のために仕方なしにメイド服を着たはいいが、実は前から可愛い服には興味を持っていて妹。でも、実際に兄の前にその服を着ている所を見られるのは恥ずかしくて照れくさくて、『勢いに乗せられて着ちゃったけど、大丈夫かな?』とか考えながら、それでも兄の反応が気になって、ちらちらと兄の様子を見てしまう二次元妹。


 それが、そんな二次元のようなメイド妹が目の前にいるなんて……。


「ああああぁぁぁっ!!」


「お、お兄ちゃん?」


「い、いぎてでっ、よがったぁぁ(生きててよかった。神よ、ああ、神よ)!!」


「ちょっ、声でかいよ! みんなこっち見てるからぁ!」


 崩れ落ちるようにしながら感動していると、美優がすぐに駆け寄ってきて俺の衝動を抑えようとしてくれた。


 駆け寄ってきたときに揺れるスカートから見えた絶対領域を見て、さらにその衝動が大きなものになろうとしていたことなんて、言うまでもない。


「すまない、少しだけ取り乱してしまったみたいだ」


「あれで少しなんだね、お兄ちゃん」


 落ち着きを取り戻して席に座ると、美優もそれになるように俺の正面に座った。


 メイド服を着た妹を正面に眺めながらのランチ。きっとそれは青山での高級ディナー以上に満たされる光景なのだろう。


 美優は周囲の目を気にしてか、こちらからも視線を外して体をもじりとさせていた。


そんな美優の姿を見て、俺は小さく首を傾げていた。


「あれ? 意外に恥ずかしそう?」


「そりゃ、恥ずかしいよ」


「え、でも、いつも色んな妹を演じてくれているじゃないか」


 いつも俺の部屋で色んな妹を演じてくれている美優。それだけに、こういったことも苦手ではないのかと勝手に勘違いしていたようだ。


 美優は頬の熱をそのままに、こちらに少しだけ睨むような視線を向けながら、独り言でも言うかのように呟いた、


「……お兄ちゃん以外の人に見られるのは、あんまり嬉しくないし」


「っ!」


 誰に聞かせるでもなく、ただ気持ちを吐露させたような言葉。そんな妹度が高い言葉を前に、俺はアッパーカットでも食らったかのような衝撃を受けてしまっていた。


 脳震盪でも起こしそうなくらいの衝撃を受けながら、俺は一つの可能性にたどり着いた。


「ん? ていうことは、俺の部屋だったらコスプレしてくれるのか?」


 こちらも自然と心の内から漏れ出てしまったような言葉。思ったよりも大きな独り言みたいになってしまい、その声はしっかりと美優まで届いてしまったみたいだった。


「~~っ」


 美優は顔を赤くしながら、声にならないような声を出した後、視線を外した状態のまま言葉を続けた。


「お兄ちゃんが、どうしてもって言うなら考えなくもない、かも」


 照れと恥ずかしさが混じるような美優の返答を聞いて、一気に俺の中で妄想が駆け巡った。


 そして、膨れ上がってしまった妄想は頭の中だけで完結することができず、口から次々に零れ落ちていった。


「これは、コスプレ妹の伏線か? コスプレ妹……いや、コスプレにこだわる必要はないのか。部分的に何かを着てもらうのもいい。それこそ、くるぶしソックスや黒ストッキング、す、スパッツ姿というのも捨てがたいなっ」


「お兄ちゃん、やっぱり脚フェチなんだ……」


「え、やっぱりってどういうことだ?」


 何かを思い出したように頬の熱を高めた美優。言葉から察するに、俺が脚フェチであることを以前から疑っていたような物言いだ。


 あれ? やっぱり、未だに美優がショートパンツを履いているときに、美優の脚をチラ見してるのがバレている?


「そ、それよりもっ、早く食べようよ! 冷めたら勿体ないしね!」


 美優は思い出したようにそう言うと、合唱していただきますをしてオムライス食べ始めようとした。


 しかし、俺はそんな美優に手のひらを向けて小さく首を横に振った。


「待ってくれ、美優。まだ肝心なものが足りていない」


「肝心な物?」


「美味しくなる魔法、妹バージョンが足りていない」


「そんなものは初めからないでしょ」


 俺はジトっとした目を向けてきた美優のために、メニュー表を取り出してそれを美優に見せつけた。


 すると、美優はそれを見て眉をぴくんとさせた後、この後の展開を考えてか口元をきゅっと閉じた。


「ふむっ、メニュー表に美味しくなる呪文はあるから、『お兄ちゃんのオムライスさん』を頭に付けて言ってみてくれ」


「な、なんですぐにそんなの思いつくの?」


「ほら、秋葉原に来た思い出を作るんだろ? さぁ、早く、さぁ!!」


「お、お兄ちゃん、ここお外だよ?」


「おわっ! ちょっ、いきなり妹度強めなの放られると、心臓がヤバいって」


 恥ずかしそうな上目遣いで妹からそんなことを言われてしまうと、妄想と心臓がえっちなゲームのオープニングに合わせて踊り出すからやめて欲しい。


 自然な会話の中にブラコン妹のエッセンスを加えてくるなんて、なんて高等技術だ。


 ……まさか、無自覚でやってのけたとでもいうのか?


 美優は俺が一人で驚いたり、悶絶したりしている様子をしばらく見た後、やがて諦めたように小さく咳ばらいを一つした。


 そして、他のお客さんがこちらを見ていないか確認した後、少しだけ姿勢を正して俺のオムライスにじっと視線を向けた。


 来るぞっ! そう思った瞬間、俺はポケットからあるものを取り出して構えた。


 美優はと言うと、そんな俺の様子に気づいていないくらい羞恥の感情によって、その顔を赤くさせていた。


 メニュー表に書かれていたポーズに合わせて、小さく胸の前でハートマークを作ると、美優は意を決したようにきゅっと閉じた口を小さく開いた。


「お、お兄ちゃんのオムライスさん……お、美味しくなーれっ。萌え萌えっ、きゅんっ」


 耳の先まで真っ赤にさせて、恥ずかしさが有頂天にでも達したのか、その瞳には涙のような輝きが見えた。


 羞恥の感情は声にも乗ったようで、所々上擦ったような声が俺の鼓膜を揺らして、そのまま胸の奥の方までを激しく揺らしているのが分かった。


「ね、ねぇ、反応がないと、さすがに恥ずかし過ぎーーえ?」


 美優はちらりと視線をこちらに向けたところで、どうやら俺が何をしているのか気づいたようだった。


 俺は目をぱちくりとさせている美優と目が合って、そっと手に持っている物を操作した。


 そして、確認のためにそれに目を向けた。


「お兄ちゃん? なんでスマホこっちに向けてるの?」


 スマホの動画で撮影した映像のチェックとして、俺は再生ボタンを押してその画面をじっと見ていた。


「『お、お兄ちゃんのオムライスさん……お、美味しくなーれっ。萌え萌えっ、きゅんっ』」


「ふへっ」


「お、お兄ちゃん!!」


 こうして、俺たちは兄妹としての思い出を共有することができたのだった。


 そして、その思い出は映像として俺のスマホに記録されたのだった。


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