第29話 兄妹デートとは~ツンデレ妹を添えて~

「さて、件の兄妹デートについてだが」


「きょ、兄妹デートって言うんだ、そういうの」


 俺は妹キャラの三大要素と、実妹について講釈を垂れたていた。


そのあと、俺と思い出を作りたいという美優のため、俺たちは兄妹におけるデートについて考えていた。


 俺と思い出を作りたくてデートをする。あれ? これって本当のデートみたいじゃないか?


「お兄ちゃん?」


「ん? ああ、悪い悪い。えーと、兄妹デートについてだよな」


 思わず関係のないことを考えようとしていたところ、美優によって意識を引き戻された。


 心なしか美優の頬が朱色に染まっている気がするが、今の状況的に気のせいだろう。


「兄妹デートなんだが……正直、これっていうのがない」


「え? ないの?」


「ないことはない。というか、兄妹デートというのは妹の数だけ種類があるんだよ」


二次元の妹に関する知識だけなら修士号くらいの知識があると自負している俺だが、正直これだと言えるものがすぐには思いつかない。


美優も俺がすぐに案を出してくれると思っていたのだろう。驚くようにその目を丸くしていた。


「妹とのデートイベント。それはどんなラノベ、アニメにもあるイベントだ。でも、それって基本的に妹の背景に沿ったイベントなんだよ。オタクな妹だったら秋葉原。水族館で働く母親がいれば、水族館。声優の妹なら、その妹が声を当てた映画。そんなふうに、基本的に妹キャラの趣味や背景に沿ったイベントが起こるんだ。だから、美優という妹キャラに焦点を当てたとき、デートイベントというのは水着選びのショッピングと、ばあちゃんちの田舎が該当する」


「というと?」


 美優は俺の熱い兄妹デートイベントについて聞いた後、こてんと可愛らしく小首を傾げていた。


「俺と美優のデートイベントは、すでに完了しているということになる」


「え、完了? デートした記憶ないうちに完了してるの?」


「ああ。CGも回収済みだ」


 まさか、デートに誘ったときにはすでにデートを終えていたなんて、気づきようがないだろう。


 一体いつからーーーーーー兄妹デートをしたことがないと錯覚していた。って感じだな、まさに。


 俺も長年二次元の妹を攻略していなければ、その事実に気づけなかっただろう。


 美優は大きく頷いた俺をぱちくりとした目で見た後、微かにむくれるような顔をして視線を逸らした。


「……別に、お兄ちゃんと私が出かけるのを、一回に限る必要はないと思うけど」


 まるで独り言でも言うような口調なのに、その言葉はきちんと俺の耳まで届いていた。


 学校の身体測定で特に異常がなかった俺は、その美優の言葉をきちんと聞き取ることができたのだ。難聴系主人公の素質は、俺にはなかったということだ。


 羞恥の感情によって、微かに染められた頬の色。素直に会話をするのではなく、独り言に混ぜることで感じ取れるその属性。


「これはっ……すんすんっ。微かにツンデレのスメルが」


 そんな香りに俺が気づかないはずがなく、俺はそんな言葉を呟いていた。


美優は俺の言葉を聞いた後、頬の熱をもう一段階赤くしていたようだった。


 そして、美優はおもむろに腕を組んで、微かに体の角度を捻りながら不満げに眉を潜めた。


 ぷりぷりっと可愛らしく怒りながら、兄のことが好きな心情が隠せていない様子。


そう、その表情と体の動きはまさに、ツンデレ妹のそれだった。


「お兄ちゃんは、私とはもうどこにも行きたくないの?」


「ふへっ、べ、別にそんなことはないぞ」


「べ、別に、休日にお兄ちゃんを占領したいとか、そんなこと思ってないんだからねっ!」


「ふへへっ、お、おう。そうだな」


「だから、妹イベントとか関係なく、私とデートすること! 分かった?」


「ふへへへっ、わ、わかったぁ」


 太鼓の達〇のような流れるコンボを前に、俺は心の底からにやけるような笑みを漏らしてしまっていた。


 やっぱり、ツンデレ妹は王道ながら兄心をくすぐるよなぁ。ニュータイプのツンデレも、中々どうして。


「ふふっ、じゃあ、約束ね」


「え? し、しまった! 誘導尋問か!?」


 美優は俺の返答を聞いてから、クスっと小さく笑って形相をいつもの調子に戻した。


 どうやら、俺は美優が演じるツンデレ妹によって、手のひらで転がされていたらしい。


「いや、別にそんなつもりはなかったんだけど。尋問とかしてないし」


「あれ? まだツンデレの仄かな香りが」


「そ、それは気のせいだから」


 俺がツンデレの残り香を感じ取ると、美優はそれを急いでかき消すように目の前の何もない空間を慌ててパタパタとして仰いでいた。


 それから、一度小さく咳ばらいをすると、少しだけ恥じらうようにもじりと足を動かした後、言葉を続けた。


「せっかくなら、お兄ちゃんが普段行くようなところに連れていって欲しいかな」


「俺が普段行っているような場所?」


「うん。昔お兄ちゃんが連れていってくれたみたいに、お兄ちゃんが楽しいって思う所がいい」


 昔俺が美優を連れていった場所。


 七年前にばあちゃんの家の近くで過ごした、一週間のことを指しているのだろう。


 確かに、あの当時は俺が楽しいと思った場所に美優を連れていった気がする。小学生のガキんちょが乙女心を理解して、女の子の行きたい場所を選ぶなんてことはしないしな。


 そして、多分それは今も変わっていないのだろう。


未だにゲームの選択肢で間違えて、初手から妹ルートに入れないあたり、乙女心を理解していないわけだしな。


「逆転の発想という訳か。兄の背景に密着したデートイベント……」


 そんな俺でも、普段俺が行っている楽しい場所に連れていって欲しいという願いなら、叶えることも難しくはなさそうだ。


「わかった。そういうことなら、任せてくれ」


 自分で行くと言ってしまった手前、今さらやっぱりなしという訳にもいかないだろう。


 それに、兄妹デートと言われて、この俺がそそらないわけがない。


 そんなこんなで、俺と美優は次の休日に兄妹デートを実施することになったのだった。


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