第4話 ツンデレ妹というものは
雪原と理想的な兄妹を目指すことを決めた翌日。
「……さ、さすがに期待し過ぎだよな」
休日だということもあり、少し遅めに起床した俺は、自分の部屋に雪原がいないかを確認していた。
兄を起こしに来る系妹の姿が一瞬頭によぎったのだが、雪原と俺はクラスメイトでもあるのだ、いきなりそんな距離の詰め方はしてこないだろう。
「……ちらっ」
だから、布団の中を確認しても雪原がいないのは当然のことなのだ。今のはただの確認作業、他意は全くない。
『えへへ、起こしに来たらお兄ちゃんが気持ちよさそうに寝てたから、私も一緒に寝ちゃった』なんて言ってくる妹がいるかも、なんて思ってもいない。
あれ? なんか言動がかなり気持ち悪くなってないか?
落ち着け、それは元からだろ。
あとは自分に何度か言い聞かせておくとしよう。俺たちはクラスメイト、クラスメイト。二次元の妹と一緒にするな……。
「よっし」
俺は寝起きだった頭を切り替えて、平常運転に切り替えた。
雪原のことを変に妹だと意識し過ぎないこと。それを何度も頭の中で反芻して、俺はベッドから下りて自室を出た。
すると、そのタイミングに合わせたように雪原の部屋の扉が開けられた。
そこには淡い桃色のパジャマ姿の雪原の姿があった。
寝起きのはずなのに整えられた髪が綺麗で、思わず見惚れてしまいそうになった。
「あっ、おはよう。雪原さん」
いつもだったら、『あっす』くらいの挨拶だったかもしれないが、兄妹を目指すと決めた以上、挨拶はちゃんとするべきだ。
そう思って挨拶をしてみたのだが、雪原は俺を強く睨むと、俺の挨拶を無視してこちらに歩いてきた。
「……え?」
俺の部屋の方が階段に近い位置にあるため、階段を下りるためには俺の部屋の前を通らなければならない。
だから、仕方なく近づいているのだと言わんばかりの嫌悪感を露にしていた。
え? な、なんでこんなふうになってるんだ?
昨日何やらかしたのか、俺?
昨夜俺の部屋を後にした時とは、まるで別人。教室にいるときよりもその目は冷たく、クラスでの雪原とも別人だった。
そんな俺をそのままに、雪原は俺の部屋の前まで来ると、そのままこちらを見ずに階段を下ろうとした。
そして、その瞬間にスマホを落した。
「ゆ、雪原さん。スマホ落してーー」
「触らないで」
俺がその落ちたスマホを拾おうとすると、俺の手をぺちんと弾かれた。そして、そのまま冷たい目で睨まれた俺はーー
「……ひゅっ」
喉の奥が締まったような声を漏らしていた。
な、なんだ? 嫌いよりも無関心の方が酷いとか聞いたことあるけど、そんな比じゃないくらいに嫌われてるじゃねーか!
昨日の今日でこんな心境の変化があるって、一体何があったんだよ。
そう思って小さく震えそうになっていると、徐々に雪原の口元が緩んでいくのが分かった。
そして、脳トレのようにゆっくりと表情を変えていくと、そのまま最後にはどや顔になっていた。
え? な、なにこれ?
しかし、俺がそのまま固まっていると、雪原は小首を傾げて少しだけ不安そうな表情になっていった。
そして、雪原はそのまま小首を傾げながら口を開いた。
「あ、あれ? ドキッとしないの?」
「ど、ドキッ?」
確かに心臓が変な動き方をしているけど、それのことを言っているのだろうか?
なんか、心の奥底の取れない所でカメムシを潰されたような、嫌な感じが胸の中にあるけど、それのこと?
「あれ? ツンデレ妹ってこういう感じなんだよ? 今はそのツンをやってみたんだけど、違ってた?」
「つ、ツンデレ妹……え?」
本気で訳が分からなそうな表情をしている雪原の表情を見て、徐々に雪原がしようとしてきたことが分かってきた。
あれだ。昨日貸したラノベの中に、ツンデレ妹がいたわ。
俺はずっと早くなり続けている鼓動を抑えるようにしながら、その場にへたり込んでしまっていた。
「よ、よかったぁ。いや、全然よくはないんだけどぉ」
そういえば、貸したラノベのシーンの一つにこんなシーンがあったな。まさか、それをいきなり実践されるとは。
これは……朝一で経験するには重すぎる体験だ。
俺たちはそのままリビングに移動して、朝食を食べながら先程のやり取りを振り返っていた。
朝食は簡単にベーコンエッグとトースト。雪原さんが作ってくれたわけだから、これは義妹の手料理ということになる。
……美味しくいただくことにしよう。
「それにしても、びっくりしたぞ。マジで嫌われたのかと思った」
「嫌わないよ! 昨日の感じで急に嫌ったら、私情緒がおかしい人じゃん!」
いや、普段の学校と家での違いを見せられれば、多分結構な人が雪原情緒を疑うような気もするけどな……。
「な、なに?」
「いや、なんでもない。それよりも、なんで急にあんなことをしようと思ったんだ?」
「だって、昨日理想の兄妹目指すって約束したから、こういうのが好きなのかなって」
「いや、好きは好きだけどさ。……なんか、経験してみると結構胸に来るものなんだな」
ツンデレ妹とか大好物だったはずなのに、実際に食らって見ると結構胸に来るものがあるな。
「……やっぱり、ニュータイプなんだろうな、今の時代は」
「ニュータイプ?」
俺が独り言のように呟くと、雪原はきょとんと小首を傾げていた。
そうか、まだ雪原の中ではツンデレというのは一括りにされているのかもしれない。
それなら、教えておかなければならないな。
今後、朝一でプロトタイプツンデレを食らうような悲劇を生まないためにも。
俺は咳ばらいを一つすると、無駄に意気込んでから口を開いた。
「いいか、ツンデレというのは二つのタイプが存在するんだ。元祖ツンデレと言われるプロトタイプと、現代に合わせたニュータイプのツンデレだ。プロトタイプのツンデレは、最終回のみにデレを見せるタイプや、ラノベの一巻の最後一文だけデレたりするタイプだ。それに対して、ニュータイプツンデレというのは、デレるまでが早い。極端に早い。昨今、ツンデレのツン気が長すぎると、そのままファンが離れてしまう傾向があるからだな。どちらがいいのかと問われると難しいが、俺的には本来のツンデレのプロトタイプの方が好きだと思っていたがーー」
「『お兄ちゃんのことなんて、全然好きじゃないんだからねっ!』とか、軽く発言すればいいってわけじゃないんだね」
「――っ!」
俺の頭の中で広がっていたツンデレ理論。その理論はただの一言によって、散り散りに吹き飛ばされてしまった。
昨今の符号化されたようなツンデレ。ただ言葉をそれっぽく言っただけだというのに、なぜこうも俺の鼓動を速くさせているのだろうか。
「えっと、どうしたの?」
「も、もう一度言ってくれないか?」
別に、もう一度聞きたいとかじゃないんだからねっ! ただこの鼓動が不整脈かどうかを確かめるだけなんだからねっ!
そんな需要がないような男ツンデレを脳内でしながら、俺は必死な表情でそんな言葉を口にしていた。
俺の懇願するような勢いに少し引いた後、雪原は少し考えた後に咳ばらいを一つした。
そして、腕を組んで少しだけ体を斜めにして、微かに眉を逆ハの字にさせて、頬を赤く染めながら口を開いた。
「お、お兄ちゃんのことなんて、全然好きじゃないんだからねっ!」
「……ふへっ」
「あっ、やっぱり好きなんだ」
テンプレートを寄せ集めたような表情とワード。それだというのに、俺は情けなく顔を緩ませて、どこから出たのか分からないような声を漏らしていた。
どうやら、俺もニュータイプのツンデレが好きみたいだった。
ていうか、この子は二次元的な立ち振る舞いが絵になる女の子だな。いや、本当に。
「ふふっ。お兄ちゃんも、クラスとは結構違うところあるんだね」
「そ、そりゃあ、家族の前で見せる顔とは違うさ」
正確には、ただのオタクだから、オタク談義になると饒舌になるだけなのだがな。
「そ、そっか」
サラッと出てきた、『お兄ちゃん』という言葉の余韻に浸っていると、なぜか雪原は照れたように顔を赤くしていた。
「あ、雪原さん。今日のお昼ご飯どうしようか」
本日は休日ということもあり、昼ご飯も一緒に食べることになる。
ちょうど朝ご飯を食べ終えたばかりだが、雪原さんの自室にまで押しかけてそのことを聞きに行くのはどうかと思い、俺は今聞いてしまうことにした。
すると、先程まで照れていたはずの雪原の表情が曇ってきたのが分かった。
「ゆ、雪原さん?」
「私たち、家族なんだよね?」
「俺はその認識だけど……」
なんだ、どこかで地雷でも踏んだのだろうか?
そう思って先程まで口にした言葉を振り返ってみるが、なにかおかしなことを口にしていた自覚はない。
それだというのに、会話が続けば続くほど雪原の機嫌が悪くなっていくのはなぜだろうか?
「『雪原さん』って、他人行儀過ぎると思わない? お兄ちゃん」
「え? あ、あー……」
俺たちは両親の仕事と、学校上の関係から夫婦別姓でいこうということになっていた。
だから、俺は今も変わらず雪原のことを『雪原さん』と呼んでいるのだが、どうやらそれに対して、不満があるようだった。
「これから、兄妹の呼び方について話し合いをします!」
そして、急遽そんな宣言をされてしまい、俺たちは日曜日の朝から引き続き妹談義を続けることになったのだった。
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