第3話 兄妹、お部屋探索

「おー、これが春斗君のお部屋か」


 そして、俺は少し湧き出た欲望に負ける形で雪原を自分の部屋に招き入れていた。


 リビングで話をした後、流れるように二階に上がってきてしまったので、部屋を片付けるような時間はなかった。


「結構片付いてるね」


 運が良かったのは、ちょうど週末に片づけをしたばかりだったこと。


 机の上は少しだけ散らかっているが、目も当てられないほどではない。


 雪原は部屋を見渡すと、何かに気づいたように部屋の一角へと向かった。


「あっ、本いっぱいあるんだね」


 感心するように見ていたのは本棚だった。


 確かに、普通の男の子の部屋よりも本自体は多いと思う。趣味が読書ということもあり、その数だけなら少し自慢できるだろう。


「まぁ、本って言っても漫画とかラノベとか……あっ、まった」


 雪原に褒められて少し浮足立っていたのかもしれない。俺はその本棚に収納されている本がどんなものだったのか、すっかりと忘れてしまっていた。


 当然、そんなことを把握していない雪原は、悪気なく本棚に並んでいる本を眺めていた。


「ふんふん、『僕の妹がこんなに可愛いわけないでしょうが』、『近年、妹の様子が僅かばかりおかしい』、『妹だけど愛さえあれば関係ないよね』……」


 並んでいるラノベのタイトルを一通り読み上げてから、雪原は少しだけ気まずそうに頬を掻いて、こちらに申し訳なさそうな視線を向けてきた。


「えっと、春斗君って……妹、好きなの?」


「あ……ああああーーー!!!」 


 俺はそんな気まずそうな笑みを向けられて、膝から崩れ落ちてそんな声を上げていた。


うな垂れるようにしながら、俺は力なく膝を地面に打ち付けながら。


「うわっ、びっくりした。えっと、どうしたの?」


「クラスの女子に、結構きつい系のラノベを読んでるのがバレてしまった」


 ただのオタクだと思われるのはいいんだ。実際にオタクだし、結構最近はオタクに対する風当たりも優しい。


 でも、さすがに妹特化型オタクは気持ちが悪いだろう。そう思われも仕方がない。


 そう、何を隠そうと俺は妹オタクなのだ。


それは、結構重度なオタクに部類されるほどの。


 それがバレてしまった。それも、同じクラスの可愛い女子にだ。


「だ、大丈夫だよ! ほら、私妹だし!」


「……いや、なお悪いわ」


 それに加えて、最近兄妹になったばかりの女の子にバレるという展開。


 完全に失念していた。この部類の本だけはバレたらいけなかったはずなのに。


「ふーん、でも、そっかそっか。春斗君って妹好きなんだ」


 俺が床に張り付くように、ショックを受けていると、どこか嬉しそうな声が頭上から聞こえてきた。


 なんだよぉ、そんなに人の弱みを握れて嬉しいのかよぉ。


 もはや、こちらからは何も言うことができない。


「ねぇ、春斗君」


「なんだよぉ」


「あのね、私は春斗君に妹として扱って欲しいのね。それで、春斗君は妹が欲しいんでしょ?」


「ん?」


 なんか流れが変わった気がして、俺はぱっと顔を上げてみた。


 すると、そこにいたのは重度な妹オタクに対して、侮蔑的な視線を向けているような顔ではなく、むしろその逆のような表情をしている雪原の姿だった。


「だったらさ、私達なら理想的な兄妹になれるんじゃないかな? それこそ、アニメみたいな」


 雪原は照れくさそうな笑みを浮かべながら、そんな言葉を口にしてくれていた。


おそらく、俺に気を遣ってそんなことを言ってくれているのだろう。


 引いていないことを分からせるために、俺の趣味を受け入れるよと言ってくれているのだ。


 なんて優しい女の子なのだろう。


 でも、そんな優しい提案に俺は乗ることができない理由があった。


「……いや、違うんだ。妹って言うのはそんな簡単なものではないんだ」


 俺はすくっと立ち上がると、本棚の前まで移動してから雪原の方に振り返った。


 そう、雪原の気持ちは嬉しいが、俺にとっての妹萌えとはそんな簡単なものではないのだ。


「まず、妹という物は実妹と義妹に分けられる。俺はその中でも実妹派なんだ。別に、義妹もダメって訳じゃない。ただ義妹の場合には兄妹として過ごした時間が必要なんだ。そうすることで、実妹に近いステータスを積むことができる。ただどうしても血の繋がりという絶対的な壁は飛び越せないが、昨今規制が厳しい中で実妹というのは難しくーー」


「お、お兄ちゃん」


「――っ!」


「えっと、こうやって呼ばれるのは嫌、かな?」


 妹について熱弁している最中、突然言われたその言葉を前にして俺は言葉を失ってしまった。


 なんだろうか、色々と熱弁をしようとしていた言葉が、散々に弾け飛んでいくほどの衝撃を受けた。


 それどころか、どくんと心音が一時的に激しくなったような感覚さえあった。


 いや、そんなはずはない。妹萌えについて真剣に考える俺が、こんな言葉一つで揺れ動くはずがないのだ。


「も、もう一度呼んでくれるか?」


「お、お兄ちゃんっ」


「くっ!」


 俺はその言葉を受けた瞬間、再び膝から崩れ落ちてしまった。


 ただの符号としてしか使われていないはずの『お兄ちゃん』という単語。それにここまでの破壊力があるとは。


 近年よく見るただの連れ子同士で、兄妹物を名乗るラノベの数々。


 それに対して、俺はそんなのは兄妹じゃないと強く否定していたはずだった。それなのに、こんな言葉一つで心を持っていかれるほどなのかっ!


「え、は、春斗君?! 大丈夫?!」


 俺が突然膝から崩れ出した様子を見て、雪原は心配そうに俺の元に駆け寄ってきた。


 さすがに、この短期間で二回も膝から崩れ落ちるのはまずい。そう思って、俺は片手をあげて問題がないことを告げた。


「大丈夫だ。ちょっと、俺の中での常識が覆りそうになっただけだから」


「全然大丈夫じゃない気がする!」


 まさか、お兄ちゃんという言葉の魔力がここまでだとは思わなかった。


 俺はなんとかその場で立ち上がると、息を整えて顔を上げた。


「えっと、それでどうかな? 春斗君が良ければ私も妹だし、春斗君が望むような妹になってみたいかも」


「の、望むような妹?」


「うん。その、あんまり詳しくないから色々教えてくれるなら、だけどね」


 そう言うと、雪原は照れくさそうな笑みを向けてきた。


 魅力的過ぎる言葉と共にそんな表情をされて、俺は小さく唾を呑み込んでしまっていた。


「そ、そんな……いいのだろうか?」


「お互いに兄妹が欲しかったんだし、いいんじゃないかな?」


 微かに頬を赤く染めながら、雪原は照れを隠すように髪を片方の耳にかけながら、小さく笑みを浮かべていた。


「これからよろしくね。お兄ちゃんっ」


 まるで、えっちなゲームの立ち絵シーンのように、その時の雪原の表情は次元を超越していた。


 そう、フォントまでもがその立ち絵シーンに組み込まれているようで、どこからどう見ても妹にしか見えなかった。


 そんな雪原の妹らしい姿を見て、俺は小さく頷いたのだった。


 こうして、俺たちは兄妹らしい関係を目指すことになったのだった。


 互いに理想的な兄妹像を夢見て、物語の中にしかいないような兄妹の形を目指して。




 私は『お兄ちゃん』の部屋から何冊かラノベを借りて、お兄ちゃんの部屋を後にした。


 私の部屋の紹介はまた今度にしてもらって、とりあえずは借りた本を読みふけることにしたのだ。


 抱きかかえるくらいの量を貸してもらったけど、もっと少しずつ借りてもよかったかもしれない。


 そうすれば、それを理由におしゃべりできたかもしれない。


「あっ、読み終わる度に返しに行けばいいんだ」


 それなら、一冊読むごとにお兄ちゃんの部屋に行けるしね。


 頭いいな、私!


私は両手が塞がった状態で何とか自分の部屋の扉を開けて、自室に入る前にお兄ちゃんの部屋の方にちらりと視線を向けた。


「……ちゃんと気づいてね、『お兄ちゃん』」


 私は誰に聞こえるわけでもなくそう呟いて、自室の扉をバタンと閉じたのだった。

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