第239話 二人の戦い方

 「ぐっ」


 アイリスが加速した龍の剣を防御する。


 威力が高い長針の剣と速度の速い短針の剣を織り交ぜた斬撃がアイリスを翻弄する。


 自分の攻撃を加速させたり、敢えて減速させる事で相手に慣れさせない。


 「行け!」


 ローズの血の剣も時間を停止する事で全てが無に還される。


 アイリスを執拗に狙うのはローズを倒せないと考えたからだ。


 本体がどこにいるか分からない状態で狙っても意味が無い。


 時間停止した世界でアイリスを狙っても、異様に硬くなって一撃では倒せない。


 それによって時間停止の世界は動き出すを繰り返している。


 停止しない限りは普通の硬さなため、停めずに倒す事を考えている。


 アイリスの戦闘スタイル的に傷を負うのは仕方ない事ではあるが、その数がどんどんと増えて行く。


 反撃しようと斧を振るえば、長針の剣で受け流され反対の剣で反撃を受ける。


 遠距離攻撃が無意味だと判断してローズが接近すれば、時間を停止して分身のローズを瞬殺してアイリスを狙う。


 アイリスとて防戦一方ではなく、相手の攻撃を躱してカウンターを仕掛けている。


 だが、運良く攻撃が当てられてもすぐに巻き戻されてしまう。


 「もっと俺様を楽しませろ!」


 「うっ」


 深い斬撃を腹に刻まれ、短針の剣から手を放してアイリスの首を掴んだ。


 グギギ、と骨が軋む音が鳴る。


 「かはっ」


 「このまま締め殺してやろうか?」


 ローズを挑発するように言葉にしながらアイリスの首を握る手に力を込めて行く。


 じっくりとゆっくりと恐怖心を逆撫でするように。


 「舐めるなよ!」


 「おん?」


 斧から手を放して、掴まれている腕を掴み返す。


 そして全力の力を込めて鱗を砕く。


 「おいおいまじかよ」


 龍を驚愕させる握力。その隙にアイリスは腕を握り潰した。


 巻き戻しで当然治る。


 「アイリス!」


 「サンキュっ」


 落とした斧をローズが拾って投げ、キャッチする。短針の剣も巻き戻しで手元に戻す。


 「だが時間が経てば死ぬのはお前だ」


 「俺達は死なない。お前を倒すっ」


 「威勢だけは良いな!」


 自分の動きを加速させてアイリスに迫る。


 剣を振りかぶると同時に時間停止、するとアイリスが後ろに下がるため剣は振らずに接近してから攻撃する。


 攻撃の仕方も変えて腹を突き破る勢いでの攻撃である。


 「がはっ」


 「やっぱ硬ぇ」


 「ゴホゴホ」


 攻撃を受けて逆流した血を吐き出して深呼吸する。


 「あの女がお前を停止するタイミングで守ってんだな。霧状になるから目にも映らない。違うか?」


 「ローズ⋯⋯」


 「そう正解。時間を巻き戻さずに良く気づいたね」


 「何度も同じ事を繰り返していれば分かるさ」


 「分かったところで対策はできないけどね」


 龍は自分以外の個の時間を操る事ができない。


 時間を戻せたり加速させられるのは世界と自分だけ。


 霧状となったローズの時間だけを戻して防御を薄くして停めたアイリスを倒す、そんな芸当はできないのである。


 単純な攻撃力だけでは決着は長引くだろう。


 「俺様は時間を司る。相手の時間を奪う事も可能なんだよ」


 「へぇ」


 「お前らが今後一緒に歩むはずだった時間、それを今ここで吐き出させてやるよ」


 相手の時間を奪う。それは寿命を奪うと言う事である。


 命はいずれ尽きる。どんなに長くても。


 今の世の中には不老なんてのもいるが。例としてあげるから目の前の龍やローズだってそうだ。


 龍は己の寿命の時を停め、ローズは再生によって老いる事が許されない。


 アイリスは不老では無い。龍の本気はアイリスにとって致命的になる。


 「自分らの時間を奪う、か。面白くない冗談だな」


 「そうか?」


 「そうよ。コイツは永劫に自分の隣にいると誓った。自分も誓った。ここから先、ずっと一緒にいるんだ。そのまだ訪れてない大切な時間は奪わせない」


 アイリスの隣を飛んでいるローズが龍を怒気と共に睨む。


 こんな状況じゃなければアイリスは顔を赤らめていただろう。


 しかし、戦いに集中しているため心臓の鼓動は落ち着いている。


 「行くよ」


 「いつでも良いぞ」


 ローズが後ろからアイリスに抱き着いた。


 自分の身体を分解してアイリスに纏わり着く。


 ドロドロの血となったローズが細部までアイリスを包み込んだ。


 それは赤黒い鎧となり、斧も同様に赤黒い血に覆われる。


 「こっちも全力だ」


 「大切な女を武器や鎧にして良いのかよ。それでも男か?」


 「これが俺達の戦い方だ!」


 アイリスが今までに無い速度で加速する。


 しかし、すぐにその動きはいつも以上に遅くなってしまう。


 当然だろう。


 世界の速度を遅くされたのだから。


 時間の龍の本気はここからだ。


 世界の時間と己の時間を乖離させる。別の時間として操作する。


 世界を遅くし、自分を早くする。


 「本気とか知らねぇな!」


 それ即ち、一方的な攻防となる。


 「それが女の本体か知らねぇが、同時にぶった切ってやるよ!」


 この状態は時間停止と同じくらいに難しい高等技術だ。


 攻撃したら元に戻る⋯⋯なんて事も無かった。


 本気となった時間の龍は自分の能力が解除される時間も遅くできる。


 巻き戻す事はできないらしいが、遅延させられるのだ。


 遅くなった状態、そして自分は加速している。


 後はアイリスを殺すまで二本の剣で何百と言う攻撃を浴びせるだけで良い。


 絶対的な攻撃。


 なぜ時間停止しないかと言うと、解除時間の遅延ができないからだ。


 【時間停止】と【時間減速】を単体で見たら【時間減速】の方が簡単な魔法。故に解除時間も遅延させられるのだ。


 反撃すら許されない支配された時間の世界。アイリス達にできる事は無い。


 ⋯⋯それが普通。


 普通だった。


 「なんっ、で」


 「俺達を舐めるなって」


 減速した世界でアイリスは通常と同じスピード、ローズと組み合わさりさらに速くなって動いのだ。


 龍の加速した攻撃を弾いてみせた。


 「なんでだ。どうして動ける! ⋯⋯まさか、お前も時操魔法を⋯⋯」


 「そんなのは持ってねぇよ。つーか、時間を操る魔法は高度過ぎて魔王達誰も使えねぇよ。つまり俺らじゃ無理」


 「なら、どうして⋯⋯」


 「お前の魔法に耐性ができたんだ」


 「⋯⋯は、はぁ?」


 語られた内容が全く理解できなかった。


 確かに、毒などを受けていればいずれ身体に耐性がつくだろう。


 しかし、この短時間の戦闘の中では不可能。


 「だいたい魔法への耐性は魔力の性質に関係する⋯⋯耐性が無い状態からどうやって耐性を得ると言うんだ。魔力の性質を変えたと言うのか!」


 「変えたのは魔力の性質じゃない。純粋な遺伝子よ」


 「⋯⋯どこから声が?」


 ローズの声がした。目の前の鎧からでは無い。まるで頭の中に直接響くような、自分の中から話されているような奇妙な感覚だった。


 「アナタは凄いわ。時間を司る龍なだけある。もしも時間を操る魔法だけだったら厄介だった。でも、それは能力。それはアナタの遺伝子に刻まれた力」


 魔法は魔力を使って扱う。外部的な力。


 能力は自分の中にある特殊な力。内部的な力。


 内部的な力は遺伝情報に組み込まれている。


 ローズは吸血鬼やゾンビのウイルスを自分の中に入れて進化した。その際にDNAを書き換える力も得ている。


 「さすがに能力全てを手に入れる事はできなかった。でも、耐性は貰えたわ」


 「一体、なんの話を⋯⋯」


 「自分は吸血鬼よ。血を吸いその力を得る⋯⋯もう分かる?」


 「血だと? だが吸血⋯⋯まさか」


 そこで時間の龍は理解した。


 それは最初に受けた血の滝まで遡る。


 内部から切り裂かれた刃。時間を戻した時に内部に戻っている。


 ただの攻撃用の血だと思っていた。しかし、それは違ったのだ。


 その血の刃こそがローズ本体。


 細かく言えば、一度出した刃は身体の一部のようなモノで核的部分はずっと龍の中にいた。


 「攻撃だと思わせて、耐性を得るために俺様の中に潜伏していた、と言うのか」


 「そう。大正解。流石は龍の遺伝子よね。中々に馴染ませるのに苦労した。でももう終わり。耐性ができた今、世界の時間を戻しても自分らは耐えられる」


 時間魔法がほぼ無力化された。


 「ちなみに加速しても無駄よ、攻撃の運命が視える。対応は可能」


 完全に完封されてしまう事実。


 もしもユリやナナミが相手だったら勝てた可能性がある。


 時間を操る魔法への耐性なんて得られないのだから。


 「アイリス、良く耐えたわね」


 「ローズのお陰だ」


 「そうかもね。でも、自分を信じて疑わずに戦ったアナタじゃなきゃ成功してない⋯⋯さぁ時間の龍を終わらせよう」


 「⋯⋯侮るな。俺様も龍だ。そう簡単にはくたばらん。最後まで、貴様らを道連れにしてくれよう!」


 「意気込みは良し。内部と外部両側から破壊してあげる。時間の逆行ができなくなるまで、徹底的にぶっ壊す。アイリス!」


 「おうよ!」


 アイリスの力があれば龍の鱗を砕いて肉体を切断する事が可能だ。


 そして内部からは龍の血を吸いながら元のサイズに戻って行くローズが肉や神経を斬って行く。


 自分の身体を戻したところで内部にいるローズが出る事は無く、何回でも致命傷を与えられる。


 痛みや苦しみが無い訳では無い。


 もはや地獄。


 壮絶な痛みの中で耐え、必死に道連れの方法を考える。


 ⋯⋯だが、思考がまとまらない。上手く頭が動かなくなって行く。


 「流石に本体が直接毒を使えば効き目はあるのね」


 脳を腐らせ壊す。


 時間を操る魔法が通じない相手。そして操るための知力も失って行く。


 反撃策、打開策なんて考えさせない。敗北の線路を一直線に進ませるだけ。


 内側と外側、両方から攻撃を浴びせられた時間の龍は悲惨な死を迎える。


 惨すぎる結果。


 「命の鼓動が止まった。勝ったよ、アイリス」


 「はぁ。はぁ。そうか。やったな」


 アイリスがグータッチをしようと拳を伸ばす。ローズはそんな彼に手を伸ばした。


 手首を掴んで自分のところに引っ張り、唇を重ねた。




◆あとがき◆

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