第238話 盤上の支配者

 「俺様の相手はお前らか」


 刀身の長い剣と短い剣の二刀流である。その歪な形に二人は顔を顰める。


 相手がどんな龍か知っているため、それが何を表しているかを知っている。


 「時間を司る龍⋯⋯」


 「俺様を知っているか。ならば話が早いだろう。お前らでは俺様に勝てない」


 「そんなのやってみないと分からんだろ」


 ローズの血を使って付属的に翼を用意してあるアイリス。


 自分では飛行操作をできず、ローズがアイリスの移動を行う必要がある。


 「やらんくても分かるだろ。どんな生物にも時間には抗えない。【時間停止】」


 時が停まった世界。


 アイリスは全く動かず、ゆっくりと龍は迫って行く。


 「ん? 女がいないな」


 一人姿が消えた事実に不思議に感じつつも、先にアイリスを始末する思考を持つ。


 長い方の剣を振り下ろす。


 身体を両断する予定だったが、アイリスの身体が異様に固く弾き飛ばす事が限界だった。


 時間を停止させると言うのはとても高度な技術であり、集中していないと龍とて長時間の発動は難しい。


 攻撃と同時に停止世界は動き出し、アイリスに強烈な痛みが走る。


 「我慢っ!」


 歯を食いしばり痛みに耐え、戦斧を振りかざす。


 「『鬼王化』」


 最初から全力と言わんばかりに能力を発動して肉薄する。


 短針の剣を向ける。同時に背後から滝のように血が降り注いだ。


 「これは⋯⋯毒かっ」


 血の動きを止める事で滝から脱出。その場所にはアイリスがいる。


 今のアイリスは半分ローズの操り人形。それ即ち、彼が一番力を発揮すると言う事だ。


 「オラッ!」


 「おっと」


 ブォンっと音を鳴らして空気を切り裂いた戦斧。龍とて避けなければならないと本能が訴える威力を誇っている。


 「毒は通じないか⋯⋯でも、動かせるな」


 「ぐふっ」


 ローズが滝を出した時にやったのは体内に血を入れる事。


 さすがは龍と言うべきか、ローズの相手を腐敗させ崩壊させる毒は通じなかった。


 龍の知らない毒であっても通用しない程に耐性が高いのだ。


 だから早々に毒感染を諦め血を武器にした。


 内部から突き破る血の刃。それが龍から血を流させた。


 「チャンス!」


 アイリスが怯んだ隙に攻撃を与えようとするが、ローズがそれを許さなかった。


 後ろに引っ張られるアイリス。同時に世界が停止する。


 「【時間逆行】女はどこだ!」


 龍は傷の時間を戻して再生させ、ローズを探すが見当たらない。


 「⋯⋯どこにいる!」


 怒りのままに叫べば集中力が低下して魔法は解除される。


 そしたら再びアイリスが龍を攻撃に向かうのだ。


 「オラッ!」


 「侮るな!」


 長針の剣で防ぎ、短針の剣で攻撃する。


 「くっ」


 皮一枚で抑える事に成功したが、僅かに血飛沫が舞った。


 横一文字に斬られた腹。


 「自分を忘れてない?」


 「そこかっ!」


 背後に現れたローズが刀を背中に振るうが、力不足なのか鱗に傷が入っただけだった。


 「【時間停止】」


 世界を停止させ、実態が現れたローズを粉々に斬り裂いて時間の流れを戻す。


 すると、血の弾丸が龍を襲った。


 「⋯⋯本体は別のところにいたか」


 「吸血鬼らしい戦い方でしょ?」


 血の刃を無数に作り出し、その全てを龍に向けて放った。


 刃の時間だけを止めて接近する。


 「させるか!」


 「邪魔だ!」


 アイリスが守るべく斧を振るうが、長針の剣で無情にも弾かれる。


 アイリスが邪魔だと判断したのか、追撃の尻尾の薙ぎ払いで吹き飛ばし、時間を停めながらローズに肉薄した。


 「再生の時を停めながら斬れば死ぬ。俺様の前で再生能力は無意味」


 真っ二つに斬られたローズの時間が戻る。再生能力の時間だけを停めた状態で。


 再生できなければいずれ死ぬ⋯⋯それが本体ならば。


 ローズが血に覆われて吸収される。


 「自分は臆病なの本体で戦う訳無いじゃない。本体はこっちの世界に置いて来たわ」


 「それは無いな。本体がいなければ空間の狭間で戦う事はできん」


 「バカかと思ったけど中々に頭が良いのね。関心関心。こいつにも見習って欲しいね」


 「おいっ」


 アイリスの肩に座るローズが彼の頭をグリグリと撫でる。


 「俺様を攻撃しても時間を戻せば解決だ」


 「でも攻撃も戻っちゃうよね? アナタの身体に自分の毒があるのよ」


 「それも時間の問題だ。いずれ耐性がついてお前の血は俺の血に馴染む。そしたら遠隔での操作もできなくなるはずだ」


 「アイリスと違って本当に賢いのね」


 ローズは再び飛び立ち、血の剣を大量に生産する。


 手数の勝負がローズの得意分野だ。


 この手数はローズ以外に誰もマネできない。ナナミのスピードとテクニックの暴力とは話が違う。


 「お前がくたばるまでこの血は疼き続ける」


 「ローズ、お前⋯⋯」


 「次哀れんだ目を向けたら先にお前の息の根を止めてやる」


 「ごめん」


 遠距離攻撃は時間を停めてしまえば終わりである。


 しかし、ここは敢えて絶望させるために停止能力は使わなかった。


 自分の動きを加速して迫る。


 剣を潜り抜け、時々巻き戻しで自分の場所を瞬間的に戻して回避したりもする。


 様々な動きをする事でローズの剣から逃れる。


 そして肉薄して、長針の剣を翳した相手はアイリスだ。


 「【時間停止】」


 速攻かつ絶対に殺す勢いの攻撃が空振りで終わる。


 ローズが瞬前にアイリスの位置を動かしていたらしい。


 「あぁん?」


 そこで龍はまたローズが姿を消している事実に気づいた。


 どうして見えないのか、理由を探るのは簡単だ。


 世界の時間を戻せば良い。


 「いや。それで新たな手を打たれるのも厄介か。確実にコイツを仕留める」


 アイリスの首に振るわれた攻撃力の高い長針の剣。


 ガコンっと鉄でも殴ったかのように鈍い音を響かせてアイリスを吹き飛ばした。


 「がぁ。クソ痛ってぇ!」


 「なんだと? 今のは確実に決まったはずだ」


 「知らねぇよ。俺は生きてる。それだけで十分だ」


 ローズの遠隔操作とは思えない程に違和感のない動きで振るわれる戦斧。


 その一撃は龍の翼を落とすに足りる力を持っている。


 当たるのを避けるため、自分の時間を加速させて後ろに下がる。


 止まった瞬間、最初の頃と似たように血の滝に襲われる。


 「クソっ」


 咄嗟の事で対応できずに浴びてしまうが、脱出する。


 もしも内側から突き破られても巻き戻して再生させれば良い。


 「龍とあろうものが、ローズの手の平で踊りやがって」


 「黙れ!」


 「嫌だね! 言ってやるよ。所詮俺もお前もあいつの前では面白く踊るだけのマリオネットさ」


 「お前と一緒にするな!」


 「確かに違うな。俺はそれを望んでるんだからな!」


 アイリスの動きをサポートして火力を最大限高める事ができる飛行を実現させるのは、アイリスの事を良く知っているローズだからできる事であった。


 アイリスを信用しているからこそ、多少乱暴な扱いもできている。


 「オラッ!」


 「ぐうっ」


 アイリスの力は龍に匹敵する。


 現に龍はアイリスの一撃を防ぐために二本の剣を交差させたのだから。


 時間を停めようとしたら距離を稼ぐためにアイリスが下げられる。


 まるで魔法を使うタイミングが分かっているかのように。


 言い方を変えよう。


 まるで魔法を使う『運命』が視えているかのように動かしている。


 全てローズの手の上。もはや盤上の支配者である。


 「時間の龍よ。自分らにあまりダメージを与えられてないようだけど?」


 「ローズ、俺らは1ダメージも与えられてないぞ」


 「黙ってなさい」


 「ごめん」


 龍はローズの煽りを静かに受け止めていた。


 そして大きく息を吸って、吐いた。自分の心を沈めるかのように。


 ゆっくり深く吐いたのだ。


 「実に面白い。俺様を倒すために考えて来たのだな」


 「そうね」


 ローズは魔王後継者の力を手に入れて、龍の情報を手に入れた時から戦い方を考えていた。


 時間の龍と対決するのは自分達がやるべきだと、聞いた瞬間から確信していた。


 「こっちは万全の準備をして来た、アンタと言う化け物を倒すためにね」


 「嬉しいねぇ。長い間ずっと退屈だったんだ。俺様の相手をしてくれる奴が少ねぇし、どんどん減っちまった。ようやく、本気で楽しめそうな相手が来やがったぜ!」


 「戦闘狂め。アイリスや主人の様」


 「ユリの姉御やナナミの姉御、ローズだって十分戦闘狂だろ。女子陣だけ棚上げするな」


 「⋯⋯自分は違うわ」


 「違くないだろ」


 「間違った情報を見て来たようね。目、潰すわよ」


 「ごめん」





◆あとがき◆

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