第235話 雷炎の開幕戦
「行くよユリ」
「もちろん」
ユリとナナミ、龍の力を取り込んた二人が黒色の龍に向かって接近する。
「個人的には弟達の力を持った君達にはこちら側に来て欲しいな」
「「お断り」」
「だよね」
黒色の鱗を持つ龍は刀を取り出した。それが魔剣なのは言うまでもないだろう。
「空間を司る龍に君らはどう戦う?」
その発言と共に振るわれる刀の一太刀。
それは虚空を斬るだけ。ユリ達には当たっていない。
しかし、空間的な距離など関係無いと言わんばかりにユリの頬を浅く斬った。
「おや。全身を切断したつもりだったんだけどね」
「私は勘が良いんですよ」
「しっかり動きを見てから反応した。直感じゃなく予測に近い。既に知ってたから対応できたんだ」
空間の龍はこの一撃でユリ達が事前情報を持っている事を理解する。
相手には元々この世界の住人で龍同様世界の意志で作られた力を持った存在がいる。
知っていても不思議では無い。
「油断してなかったんだね」
「油断されるために水の龍や英雄達を送ったんですか?」
ユリが怒りを滲ませながら質問する。仲間を捨て駒にする行為は敵でも許せない。
「そんなはずは無い。きちんと役目を果たしてくれると思ったのさ。⋯⋯結果は惨敗だったらしい。悲しいな」
「あまりそう思えませんね」
「長生きしてるんだ。感情を表に出すのが難しくなったんだよ」
キリヤ達は油断する事なく敵の情報を手に入れ、自分達の相手を決めている。
後は情報外の攻撃に気をつける。
「【炎龍の息吹】」
ユリがブレスの攻撃を正面から放ち、二人同時に肉薄する。
ブレスで視界は遮った⋯⋯だが、空間がその炎を弾いた。
「空間を操る相手に無意味だよ」
ユリとナナミの刃がねじ曲がり、軌道を変えて重なる。
魔剣が交わり火花を散らした。
「仲良く眠るが良い」
「「くっ」」
二人は足裏をくっつけて蹴飛ばし、文字通り空間を斬り裂く斬撃を回避する。
ナナミが落雷の速度で接近し刺突の構えを取る。
「【爆炎刃】」
時間差を作って攻撃を命中させる作戦。
刺突は何も無い空間に阻まれ、遠距離から飛ばされた斬撃は軌道を変えて龍に命中しなかった。
「空間の硬質化?」
「正確には固定化だね。空間を固定して不純物を弾く性質を持つ」
龍の攻撃は距離を無視した攻撃である。動き出したタイミングでは避けなくてはならない。
翼を動かしたため、ナナミが回避行動に出る。
「ッ!」
戦闘者の本能故だろう。ステップをする方向を変えた。
元々回避する予定だった場所には何かが強く動いた時にできる風圧が起こった。
「なぜ気づいた」
「女の勘⋯⋯猫の勘?」
尻尾でクエスチョンマークを作りながら答える。
空間の龍の攻撃は空間的距離を潰して攻撃を当てるのだが、真っ直ぐだとは限らない。
至る所からどんな所にも攻撃を当てる事ができる。
空間を自由に操る、それがこの龍の能力である。
「諦めてくれるとこちらとしてはありがたい。暖かく迎え入れよう。妹達よ」
「止めろ」
「超嫌だ」
「あら。かなり嫌われている?」
「私は主君の剣として戦うのみ」
「キリヤの意志は私の意志でもある。大切な人達を護りたいんだよ」
二人が再び刀を構える。
「残念だよ」
龍が二回刀を振るう。
どこにどんな攻撃が来るか分からない。だから無茶苦茶な方向に躱すか本能で察知するしか無い。
相手の振るう角度などは関係無いのだから。
不幸中の幸いと言うべきか、時間的距離は消せないため、命中するまでの時間は数秒必要となっている。
斬撃を飛ばしているのに近いかもしれないが、威力は直接攻撃だ。
斬撃を飛ばしている訳では無いため、目視する事はできない。
風の刃とも違い空間に歪みが一切存在しない。
「⋯⋯ふぅ」
ナナミが心を落ち着かせ、集中力を上げる。まだ極限の集中力まではいかない。
来るタイミングを完璧に掴んで見事に回避する。
ユリは足から炎を出して龍からかなりの距離を離れる事で回避する。
回避場所を予測して違う場所に斬撃を放ったとしても、数百メートル以上の範囲で予測攻撃などしないからだ。
斬撃を回避した二人。龍が警戒したのはナナミだった。
斬撃を振った時、攻撃が到着する時間を完全に見切ったからだ。しかも攻撃を放った場所も。
それがどれだけの精度が確かめるために何回か刃を振るう。
位置関係を掴むのは難しい、そう考えた。
しかし、ナナミはまるで斬撃が発生する場所を事前に知らされたかのように全て回避した。
さらに、煽るかのように敢えて発生場所で待機して、来るジャストタイミングでの回避を繰り返す。
偶然だとは言えない回避の連続。ナナミの脅威度が龍の中で数段階上がる。
先にユリを倒すべきと考え、ユリに向かって斬撃を放つ。ただし、刀を向けたのはナナミの方にだ。
方角なんてのは関係無い。
ナナミが危険を知らせる可能性もあるが、それにもタイムラグが存在するだろう。
そもそも声が届く空間を掌握しているのだから、その辺を制限してやれば終わりだ。
「⋯⋯ムッ」
斬撃を放ったにも関わらずナナミの変化は一切無かった。
「がっ」
「ユリっ!」
「大丈夫」
ユリに攻撃が当たった事にナナミは心の底から心配する。
その光景に考察の余地はあるだろう。
なぜ何もしなかったのか。本気で心配しているのに助ける動作をしなかったのか。
「⋯⋯そうか」
そこで龍は一つの考えに至る。
斬撃の発生する場所は分からない。
ただ、自分が当たる斬撃の発生場所は直前に分かるのだ。
「優れた感覚だ。とても研ぎ澄まされている。極めて厄介」
戦いの中で察する力はとても優位に働くだろう。
相手の弱点を見抜き、相手の能力も看破できる。
「だが狙いは変えん」
ユリを先に倒せばナナミは動揺する。それが付け入るチャンスとなる。
龍は本気の一刀をユリに振るう。
が、振り下ろす前に刀は止められる事になる。
「【火炎の手】」
「なんとっ」
「私は色々とできるんですよ」
炎を宿して巨大化させた手で龍の手を掴んだのだ。
攻撃のタイミングが分からない?
そんなの関係無い。攻撃を止めてしまえば良い。
賢いようで単なる脳筋プレイ。しかし実用的だろう。
「剣だけの攻撃だと思う?」
「私に構っている暇ある?」
ユリに気を取られていればナナミが背後から襲って来る。
「刺突など防御は可能だ」
空間を固定化すれば問題ない。龍はそう判断した。
そしてナナミは刺突を繰り出す。
「ナナミはとても疾いんですよ」
「シュッ」
一本の刺突が背中に向かう。それは空間の壁に阻まれる。
落雷の速度で新たな刺突が黄金の軌跡を描いてもう一つ現れる。
それが続いてその数は無数に増えて行く。
しかも、背中を狙ったモノだけでは無い。
腹や尻尾、至る所を刺突が襲うのだ。
一秒で数え切れない数の刺突が龍を襲った。
連撃に近いので一つ一つの誤差はあるが、それが分からない。ほぼ同時攻撃。
「ぐっ」
そんな攻撃ができると予測できなかった龍は胴体部分に攻撃を受けてしまった。
背中しか守っていなかったのだろう。
「なんだ。その動きは」
「突いて、走って、また突く」
「ナナミ。わざわざ説明する必要は無いよ」
「大丈夫。キリヤに言っても理解してくれなかったから龍じゃ到底理解できない」
端的な説明過ぎてとても簡素。だからこそ分からない。
光速高火力の刺突を打っておきながらすぐに移動できる事実が。
能力の扱い、元から備わっている技術。
それを上手く活用する思考回路と集中力。
もしもキリヤが同じ事をしようとすれば、超人ならば気づける程の誤差を生じさせるだろう。
何より、数え切れない程の刺突を一秒以内にキリヤは繰り出せない。
「不覚だ。だが、もうその手は通じない」
「うん。大丈夫。キリヤに一度見せたら対応されたから」
「⋯⋯そのキリヤと言うのは誰だ? かなりの化け物に聞こえるのだが」
「君達のトップと戦っている人だよ」
「⋯⋯キリヤ。響き的に男の子のように感じたが、違うのか?」
「合ってるよ」
龍はこの戦いの中で一番混乱した。
◆あとがき◆
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