第236話 炎の龍と龍を裂く猫

 「男⋯⋯来てる⋯⋯でも⋯⋯いない」


 「ユリ、相手今凄く混乱しているよ」


 「本当だね。なんでだろ?」


 性別が反転すると言うのが無いのか、龍は混乱を余儀なくされた。


 普通に隙なので二人は攻撃に向かう。


 二人が動けば自分の世界に入っていた龍も我に返り、即座に戦闘態勢に入る。


 しかし、油断は確かに響いたようで能力を発動させる前に二人の刃を受ける。


 「ぐっ」


 「どこまで能力が使えるか分からないけど」


 「押し切るまで」


 炎と雷の刃が舞い踊る。


 空間を操り防御するが、いずれ能力の隙間を見つけ出されるだろう。


 どんなに強力な力でも全能では無いのだ。


 「あまり、舐めないでいただきたいね」


 龍が正面に拳を伸ばす。打撃の攻撃が襲って来る。


 空間飛ばしの攻撃が来るから躱す。二人の判断は正しいが、今回は一味違う。


 「がっ」


 「ユリッ!」


 空間を繋ぐゲートを用意して手を通し、ユリを捕まえたのだ。


 これならば時間的距離をも潰す事ができる。


 どこからでも空間を繋げばゼロ距離で戦う事を可能にしているのだから。


 「はああああああ!」


 「無駄だよ」


 ユリが炎を全身から出して脱出を試みるが、より強い力で締められる。


 「ユリを離せ!」


 ナナミが怒りを滲ませ、ユリを助けるべく動く。


 「なんっ!」


 飛行でもなんでもない。いきなり龍が視界から消えた。


 ナナミの動体視力でも追うことのできない速度。


 それは正しく瞬間移動。


 自分の存在する空間の座標を操作する事で瞬間移動を可能にした。


 「悪いがこのまま死んでもらうよ」


 空間を切り取ったような箱を呼び出し、その中にユリを入れようとする。


 こことは違う空間。そんな所に入れば死ななくても出てこられなくなるだろう。


 それは実質な死である。


 「ユリ、出し惜しみは無しだ」


 「【龍鬼化】」


 「力が上がった⋯⋯でも」


 それだけでは脱出できない。空間の固定化も行いさらにユリを縛る。


 龍と鬼の力が混ざったモノを呼び覚ましても空間の龍を越えられない。


 龍には龍の力が必要だ。


 「【炎龍化】」


 「ぐおっ」


 ユリの姿が大きな龍になる。


 その姿は炎の龍を彷彿とさせるが、身体の大きさは5メートル近くと小さい方である。


 「グガアアアアアアア!」


 ユリは龍の力を発揮できる状態まで強くなっていた。


 魔剣も呼応するように大きくなった。


 「【灼炎の太刀】」


 「【空間切断】」


 空間を斬り裂く刃と灼熱の炎を宿した刃が重なる。


 「重いっ!」


 「まるで怪獣対決だな」


 空間の龍が押され初め、遠くから観戦するナナミは感想を漏らした。


 「クソっ」


 龍は不利だと判断して瞬間移動で脱出する。


 「【灼熱の息吹】」


 「遠距離攻撃は無意味だよ」


 空間を操作しブレスを逸らせば本体がやって来る。


 刀を掲げ、振り下ろす。


 「ッ!」


 瞬間移動で回避すると、その場所は炎で囲まれていた。


 「【黎明】【円環】」


 「ヌオオオオオオ!」


 豪炎に包み込まれる龍は全身が焼かれて行く。


 「この炎は⋯⋯あの子を越えるっ」


 再びの瞬間移動で回避する。超加速したユリが肉薄していた。


 刀での攻防は不利だと判断するが、そうするのが良いと思ったのか刃を重ね合う。


 「【豪炎の砕牙】」


 炎を宿した牙で龍の首を噛み切らんと突き立てる。しかし、空間の盾でそれを防いだ。


 逃げらる前に一撃でも、ユリは尻尾に炎を宿して攻撃した。


 「躱すッ!」


 「【巨炎の鉄拳】」


 巨大な炎の拳が空間の龍に飛来する。


 それも軌道を逸らすが、大きすぎて掠ってしまう。


 龍となったユリの攻撃を防いだ龍にご褒美と言わんばかりにユリのサイズが戻って行く。


 「はぁはぁ」


 「元々龍じゃないんだ。だから龍の状態は長くは維持できないのね」


 「⋯⋯ナナミ、頼んだ」


 ユリは切り札を切った。しかし、致命傷を与えるまでにはいかなかった。


 嫉妬にも近い感情を持っている相手にバトンを渡す。


 最初からキリヤに実力を認められ、友達として隣に立てていたナナミ。


 魅了されて仲間になって、隣に立つ事が難しかったユリ。


 だけど、同じ力を得て共に過ごして行く中でユリもナナミを認めた。


 強さはもちろん、その心もだ。


 「任せてよ」


 ユリを支えて、飛ぶように言う。


 「今は休んで」


 「うん。少し休む。⋯⋯倒しても構わない」


 「そうしたいのは山々なんだけど、難しいかもね」


 「そう」


 ユリは空中に身を預けて休む事にする。


 「それを見逃すと思う?」


 「見逃すよ。だって、君は私一人に全神経を注ぐから」


 「龍にも成れない君に何ができるのかな?」


 龍の中で評価は逆転していた。龍の力を完璧に出せるユリの力は絶大だったからだ。


 ナナミのスピードやテクニックは確かに常軌を逸している。


 だが、言ってしまえばそれまでだ。


 自分を倒せる相手では無い。


 「猫が龍に勝てない事実はこの世、どんな世界にもないんだよ」


 「そもそも猫は龍に噛みつかない」


 「そう。だから初めて噛み付くのが今日だ。そして勝つのも今日」


 ナナミは心を落ち着かせ、叫ぶ。


 「【雷獣化】」


 巨大な猫になる。魔剣が大きさを合わせた猫手に姿を変える。


 ナナミの得意分野は刺突である。なので本気を出そうとするなら八割の【雷獣化】を使っている。


 だが、今回は十割で使っている。


 「魔剣を爪の火力上昇に使うのか」


 「シャー」


 ナナミがユリとの訓練で伸ばした十割の力。今まで見せて来なかった力。


 それを今発揮する。


 「シャッ!」


 そこからは一方的と表現するのが正しいのかもしれない。


 光なんてのは無い。


 ナナミのスピードが速すぎて瞬間移動にしか見えない。


 移動タイミングの予測、攻撃場所の予測⋯⋯そんなのは不可能。


 未来を視る以外には対処が難しい高次元のスピードである。


 「ぐっ」


 全身を空間の盾で護ったとしても、隙間は存在する。


 そもそも全身を覆えるのなら最初からやっている。できないからこそ、攻撃に合わせているのだ。


 必ず攻撃は通せる。


 「かはっ」


 鱗を裂いて肉を斬り裂く。


 猫の爪が龍の鱗を抉っているのだ。


 スピードと引っ掻き攻撃しかしていない。小細工も魔法も無い。


 ただ、本当にスピードと引っ掻き攻撃だけで龍を圧倒していた。


 今のキリヤと今のナナミ、どちらが速いかと魔王達に質問するとしよう。


 そうすると全員から一律の答えが返って来る。


 『ナナミの方が速い』


 反撃、防御、回避、この理不尽とも言える速度の前では意味を成さない。


 やはりと言うべきか、弱点を上げるなら火力の低さだろう。


 ナナミの刺突が繰り出せる貫通力があれば今頃龍は瀕死の状態に追い込まれている。


 引っ掻き攻撃だからこそ感じる火力の低さ。


 龍とて一方的にやられている訳では無い。


 相手の攻撃の癖を探っている。反撃のチャンスをひしひしと待っている。


 ⋯⋯龍は気づいていない。


 癖を見抜き動きを模倣するライバルがナナミにはいる事実に。


 その対策をしている事に。


 十回の攻撃の中で三回は全力で狙っての攻撃、三回は適当な考え無しの攻撃、四回は癖とは違うバラバラな攻撃の仕方だ。


 それを繰り返して癖を見せないようにしている。


 連撃を繰り返せばそのパターンも見抜かれてしまうだろうが、龍には難しいらしい。


 「近寄るでない」


 ナナミに刀を振るえば反対側から攻撃を受ける。


 霞のように攻撃が当たらない。


 「これならばどうだ!」


 龍は真正面に黒色のブレスを放った。


 前にはゲートが用意されており、違う空間から出て来る。


 ゲートから出て来たブレスはまた新たなゲートに入り違う場所から出て来る。


 それがいくつも用意され、ブレスの障害物が完成する。


 ブレスの隙間を縫って攻撃は可能だが、それは予測されやすい。


 そして、一度でも空間の壁に阻まれようモノなら反撃を受けてしまう。


 回避すら間に合わない。空間で感知されたら空間がナナミを襲うのだ。


 「ぎゃう」


 「ギリギリの勝負だったようだな」


 かなりのダメージを与えたナナミ。


 一撃受けたら、その衝撃故か【雷獣化】が解除された。


 「ナナミっ」


 「ありがとうユリ⋯⋯さっきの行ける?」


 「短期間に二回も龍には成れない」


 「同じ」


 ナナミを支えて体力を回復させたユリが龍を睨む。


 「攻撃のターンが変わったね。回復の時間は与えないと思え」


 「「同感だね!」」




◆あとがき◆

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