第232話 水の龍
「はぁ。はぁ」
「さすがは天才と呼ばれたサキュバスよ。ワタシを相手にここまで粘るとは」
「う、るさい、わね」
魔剣を取り出してない水の龍。まだまだ力は隠している。
魔王の因子が無くなった事により大幅に力を失ったレイでは龍に勝てない。
「魔王の力があったならば話は違っただろうな」
「ほんとそうよね。さっさと来てワタクシに殺されれば良かったのよ」
レイを息を整えて手刀を作る。
「【三日月】」
光の斬撃をシュッと移動して回避し、口に水を溜めてブレスを放つ。
キリヤのような飛行方法で回避すると、巨大な水球から水が貫かん勢いで迫る。
「厄介ね!」
「優雅さの欠けらも無い飛行だ」
「良いのよ。愛しき子孫が会得した飛行方法だもの」
「子孫?」
水の龍は少し考えた。
レイが子を成したのは初代勇者との間のみ。
その子供達も初代勇者と魔王を討伐する際に処刑された。
レイの血族は誰も残っていなかった状態なのだ。
この世界で新たな恋をするにしても、子を成すには同等の魔力量が無くては不可能。だからその線も無い。
「勇者は高齢だった。だと言うのに生殖機能は生きていた⋯⋯逃げる時に腹に子が⋯⋯これはこれは。面白い情報よ」
「なんかキモいわね」
「興味深いと思っただけの事よ。半魔族の半端者がどれ程の力を持つのか⋯⋯あそこで進化をしておる者か? お主の子孫とやらは」
「それがどうしたのよ」
レイは話を切り上げて逸らすために魔法を展開する。
「【上弦】【下弦】」
右手には赤色の光、左手には青色の光が灯る。
「右と左の光を合わせて、【満月】」
紫色の月を作り出して、水の龍に向けてぶつける。
それもブレスによって破壊されてしまう。
「【暁月夜】」
淡い炎の月を放つ。水球から放出される水で防がれ、カウンターのブレスが襲う。
反応が遅れたため、身体を深く抉る。
「はぁ。はぁ」
至る所から血を流して飛んでいるのも不思議な状態。
満身創痍でも戦う意志だけ強く残っており、鋭い眼光で龍を睨む。
憎しみと怒りが背中を押す。
「【空明】」
影で構成された刃を飛ばす魔法。
同じように水の刃によって相殺される。
レイの魔法は龍の手加減された魔法で簡単に相殺されてしまう。
一矢報いてやる事もできない。
相手が英雄ならば今のレイでも容易に勝利を収めれただろう。
しかし、相手は世界の秩序を護るために生まれた龍。いわば世界の意思。
そんな相手には勝ち目が無かった。
「久しぶりね。この無力感と絶望感」
逃げる事しかできなかった昔を思い出すかのようにレイは目を閉じた。
愛した人達が理不尽に奪われた時に感じた憎しみ、怒り、逃げる事しかできなかった無力感。
「ワタクシ達はただ、平和に生きていた。それだけだった。争いも何もしないで⋯⋯だと言うのに、貴様らは」
「苦言を聞く気は無いぞ」
「そうでしょうね。【月華】」
月光で花開き宙を照らす。
「どうして世界が崩壊しているか、貴方は知っているのかしら?」
「既に調査済みよ」
「ならば成功したとしても時期にこの世界も滅びへと向かって行く。そうなったらまた奪うのかしら?」
「そうかもしれんな⋯⋯と言うより、魔王の知識でしか無いと思うがどこまで知っている?」
水の龍が殺気にも近い敵意を向ける。
ようやくちゃんとした敵として見られた瞬間だった。
「魔力が世界の崩壊を招く。濃密な魔力を持ち世界の意志に創造された龍種。あんたらが一番世界の崩壊に貢献している事実までよ」
魔力は超常現象を起こす不可思議な力だ。
その力は世界のバランスを簡単に崩し、耐えれなくしてしまう。
「魔力によって崩れたバランスを調整するために勇者と魔王の定義が生まれた。その定義を崩してバランスを崩壊させ。最初は膨大な魔力を持った者が減った事に崩壊は緩やかになったでしょうね」
「ああ。数百年もすればバランスを失った世界の崩壊は元に戻った。一時しのぎでしか無かったのだ。⋯⋯魔王め、よもやそこまでの知識を独自で手に入れていたとは」
「あんたらみたいな老害と違って優秀なのよ魔王様は」
「そのようだな」
水の龍は世界崩壊の理由を知っている。
だと言うのに止める気は無いらしい。
「ここも魔力に侵されている。いずれ滅びるだろう。我々は⋯⋯」
「今現在模索中でしょ崩壊を止めるための方法。完成しているなら侵略せずに復興に手を回すもの。止めれないから逃げるしかないんでしょ」
「そうだ」
「潔良いのね。でも安心して、この世界は滅びないわよ。彼がそれを許すはずが無いもの。⋯⋯さて、長話も終わったしそろそろ協力して貰うわよ」
ナナミをおんぶしたユリがレイの前に現れる。
「かなりの魔力を消耗しているの。頼んで良いかしら?」
「もちろんです!」
「任せて」
「頼もしいわね。【天満月】ワタクシのバフよ。本物の月よりも能力を上昇させてくれるわ」
ユリとナナミを月明かりが包み込んだ。
水の龍は一撃で吹き飛ばす勢いで魔法陣を展開したブレスを放つ。
噴火のような水のブレス。
「【炎龍の息吹】」
「【雷獣の咆哮】」
雷炎のブレスによって相殺。
「【龍鬼化】」
「【雷獣化】」
全力を出して加速する二人。身体は肉体を保つ事無く炎と雷に化ける。
水の龍もその速度には驚きを隠せないでいた。
「本来の持ち主を超えたか」
炎と雷の魔剣の刀から繰り出される袈裟斬り。
鱗を切り裂くには十分な火力を秘めていたが、それでも大きなダメージにはならなかった。
「【ハイドロスチーム】」
「「ぐっ」」
身体を中心に水蒸気爆発を起こして二人を引き剥がす。
宇宙空間を動き回るナナミに狙いを定めて水の弾丸を瞬きで放った。
「⋯⋯シュッ」
誤差驚異のコンマ3。1ミリ未満の超ギリギリの回避を見せる。
極限に高めた集中力と判断力。ナナミだからこそできる回避術。
反撃の刺突が龍を狙う。
「【雷獣突】」
「【エンチャント】」
ユリの炎でのサポートもありさらに加速した刺突が龍の胴体を貫いてトンネルを開通。
「ぐうっ」
致命傷は避けたようで、すぐに反撃へと移る。
海底の水圧を秘めた破壊力抜群のブレスが襲い来る。
「【フレアバースト】」
ユリを中心に高熱の炎が広がる。
「我が水を蒸発させようと言うのか。愚かな」
自信ありげの言葉。
自信の裏付けと言わんばかりにユリの炎では一切蒸発せずに首に接近する。
「ユリっ!」
ナナミが叫ぶ。
このままではユリの首は吹き飛んでしまうからだ。
威力すら殺せない事実にユリも焦る。
「しまった⋯⋯」
魔法をキャンセルして回避するにしても間に合わない距離まで来てしまった。
相手の攻撃力を見誤ったのだ。
炎を展開しているせいでナナミも近づけない。そもそもナナミのスピードでも間に合わない。
「くっ」
耐える覚悟を決めて目を瞑ったユリ。しかし、どれだけ時間が経過しても痛みは襲って来なかった。
目を開けると、そこには六枚の翼を生やしたサキュバスが立っていた。
レイのような後ろ姿。しかし、レイでは無い。
「⋯⋯あぁ。ご主人様。私は相変わらず、貴方様に助けられますね」
「主名利に尽きるな」
ユリの炎で蒸発する辺りに飛び散った水。
「ブレスを斬ったと言うのか」
「魔法を斬るのは得意なんだ」
キリヤの隣にナナミとユリが移動。
「⋯⋯これは、全力を出しても勝てるかどうか」
「命乞いするか? 助けてやらん事も無いぞ」
「冗談を。ワタシとて龍よ。敵の軍門に下るモノか」
「だよな」
勇者と魔王の力を宿したキリヤ。
考えないようにしているが、服装は本気モードであり露出度はかなり高めだ。
進化した途端その服装だった事に戸惑う余裕も無く、ユリ達の援護に向かった。
進化を終えたばかりの身体で万全とは言えない。
しかし、水の龍を屠る力は出せるだろう。
「二人とも魔剣貸して」
「「え?」」
二人から魔剣を奪い取る。
キリヤを焼こうとする炎の魔剣。電撃で破壊しようとする雷の魔剣。
感じる痛みを無視しながら無理やり構える。
「魔剣の本来の力も使えんだろうに」
水の龍も魔剣を取り出す。
薙刀である。
薙刀に水球の水を全て乗せ、魔力を練る。
「【
キリヤの魔力は今やこの世界ナンバーワン。
進化したてとは言え膨大な魔力量なのは変わりなく、それを魔剣に無理やり流し込む。
『うがああああああああ!』
『やめてケロおおおおお!』
炎と雷の魔剣から流れてくる悲鳴。
『なんか悪い気がしてくるわね。と言うかナナミちゃんの相棒そんな喋り方なのショック』
魔力を流し込んでいるのはもちろんツキリである。
「準備は良いか?」
『おっけーよ!』
『止めろおおおお!』
『壊れちゃう! 壊れちゃうよ!』
「八咫烏、
全身全霊、一撃必殺の奥義。
その刃は空を斬り裂く。
「【水牙】」
薙刀から放たれる月を真っ二つにできる一撃。
二つの刃は重なり、時空を歪ませる程の衝撃を生み出した。
その波動は当然地球にも届いている。
「はあああああああ!」
「グガアアアアアア!」
キリヤの身体から光が放出し、速度を上げる。
「この世界を奪いに、来るんじゃねえええええ!」
キリヤの刃が水の龍の刃を突破した。
身体を一直線に斬り裂く。
「⋯⋯見事」
一言残して、左右に身体が分かれた。
「終わりの時だ」
◆あとがき◆
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