第231話 アララトとジャクズレと未

 ジャクズレとアララトが迎え撃つのは未の英雄である。


 「メイが相手である事を感謝せよ」


 「なんですと?」


 「どう言う意味だ?」


 「メイは最弱の英雄。真の英雄の力は使えぬ。他の者らと比べて力の弱い君達には絶好の相手と言う事だ。勝敗は関係ないが」


 自ら手の内を明かして最弱だと自称する。


 それが真実なのかは戦わないと分からない事だろう。


 嘘だと思い警戒レベルを高める。


 「【遊軍】」


 英雄の魔法によって羊が大量に召喚される。


 「ジャクズレと同じですな!」


 ジャクズレは配下のアンデットを大量に召喚する。しかも、その全ては人類の未到達階層で仲間にした上級のアンデット達だ。


 ジャクズレだけの力では仲間にできなかった彼らだが、サキュドル魅了を利用して仲間にしたのである。


 単体のステータスではジャクズレよりも強いが、配下として加わっている。


 理由は完全な不死の身体になるからだ。


 ジャクズレの魔力が尽きぬ限り無限に復活するアンデット。


 迎え撃つのは動物の羊だ。


 「ボスを叩く」


 「頼みますぞ」


 アララトが英雄に特攻する。


 「メイは弱い。運良く英雄になれたに過ぎん。本来はその器も無い。ここで戦うのも場違いな存在。しかし、メイよりもか弱い子供が使命を背負って戦った。責任から目を逸らすのは大人のする事では無い」


 「山割!」


 縦に一閃。アララトの戦斧が英雄に直撃した。


 しかし、本体に攻撃を命中させた感覚が全く存在しなかった。


 それもそうだろう。


 今、英雄は毛玉になったのだから。


 「なぬ?」


 「【コットンガード】」


 膨らませた羊毛が攻撃の勢いを殺して止める事に成功させたのだ。


 どんな攻撃でも障害物があれば勢いは弱まるのだ。


 「メイ!」


 金属物質に変化した羊毛を纏った拳がアララトを襲う。


 防御するもジャクズレの位置まで戻される。


 この流れが開戦の合図となったのか、羊とアンデットの群れが正面から争う。


 羊には大きな角が生えており、そこから繰り出される突進攻撃はアンデットの身体を一撃で粉砕した。


 しかし、二秒もすれば回復が可能である。


 再生したら反撃開始。武器による攻撃を繰り出す。


 羊に再生能力も復活機能も無い。倒されたら終わりだ。


 「ジャクズレ、この調子で魔力は持つか?」


 「ジャクズレには残り数十万と言う兵がおります。その者達と魔力は共有、分かりますかな?」


 「冗談じゃないんだな?」


 「はい」


 「⋯⋯お前の魔力量はレイ様も超えてそうだな」


 「量だけならば」


 魔力の心配は無くなったアララトは咆哮をあげて加速する。


 英雄を護るべく壁になる羊達を拳で叩き飛ばし、肉薄する。


 大振りの攻撃では先程と同じような方法で防がれてしまう。


 攻撃の威力では無く速度を重視。


 守りが固められる前に攻撃を命中させる。


 「はっ!」


 「【モコモコジャンプ】」


 「なんと!」


 足から羊毛を出す事によって生み出された弾力で高く跳ぶ。


 速度を意識して振るわれた横薙ぎを見事に回避し、自分の羊毛をちぎってばらまく。


 「【ウールボム】」


 落とされた羊毛はただの爆弾。


 空爆のようにアララト達を爆破の海に沈めた。


 「その程度ではダメージにならんぞ!」


 アララトが跳躍した。


 「サポートしますぞ!」


 バフを魔法で与え、さらに攻撃魔法も展開する。


 「【闇弾ダークスフィア】」


 闇の球体が英雄に飛来する。


 「【コットンガード】」


 距離があれば攻撃までの時間稼ぎになる。そうすれば守りを磐石にする事が可能だ。


 「【アイアンボディ】」


 膨らませた羊毛を鋼鉄に変え単純な防御力も上昇させる。


 加速した車は急には止まれない。同じようにアララトも魔法も止まらない。


 鉄製の羊毛により斧は途中で止まり、魔法は完全に防がれた。


 「【メタルカウンター】」


 「ぐあああああ!」


 受けたダメージを反射する魔法。


 アララトの全身が強烈な痛みに包まれる。それは自らが羊毛に与えたダメージ。


 未の英雄にはダメージは与えれていなかった。


 「メイは弱い。だから弱さを補う努力をした」


 「努力を誇るか」


 「誇れない努力では自信にも強さにも繋がらない」


 努力を自慢している人はきっと真に努力している人に劣るだろう。


 だが、未の英雄は努力を自慢している訳では無い。


 強くなるために重ねた努力を自分の誇りとして、自信に繋がているのだ。


 それはキリヤにも同じ事が言える。


 探索者に向けて様々な訓練をした。自慢はしないが誇っている。


 自信無き刃ではナナミの心は動かせなかった。


 「メイはただ責任から逃げたくない。運が良くて手に入れた力。与えられただけの力。だからこそ、重い責任がある」


 もしも神に強大な力が与えられたら何をするだろうか。


 力をひけらかし横暴に振る舞うか。あるいは目立たないように力を隠すか。


 誰かを守るために使うか。自分が平和にのんびり暮らすために使うか。


 未の英雄は与えられた力に似合う活用をしようと考えた。


 大いなる力には大いなる責任が伴う。


 「良い生き様だ。このような出逢いでなければスカウトしていたところだ」


 アララトもジャクズレも仲間にしようとは考えない。説得もしようとも考えない。


 それは戦士としてやって来た彼に対する無礼だから。


 戦士の覚悟と信念を持って戦う者ならば、それを突き通させるのもまた仁義。


 「ジャクズレ、どう戦う?」


 「そうですな。数のゴリ押しと言う手もありますが、個としての火力はアララト殿に届きませぬ。先程のカウンターを受けるだけでしょうな」


 「カウンターを突破しなければ話にならんか。相手も全ての兵力を出しているとは限らん」


 周囲では羊とアンデットが戦争を繰り広げていた。


 「コットンガードをどう破る?」


 「それは羊毛を増幅させる魔法のようですからな。最大まで増幅されるには二秒程の時間を有しますぞ」


 「なるほど⋯⋯」


 ジャクズレ達は作戦を固めた。


 「【山羊推進】」


 拳を前に突き出して衝撃波を放つ。


 「【屍の壁ゾンビウォール】」


 突然の攻撃に瞬時にゾンビの壁によって衝撃波を防ぎ、攻撃の魔法を展開する。


 「【闇弾】【腐食の風ロットストーム】」


 闇の弾丸と腐食の竜巻が英雄を襲う。


 「【コットンガード】【アイアンボディ】【クリティカルブロック】」


 吹き飛ばされないように身を丸めて全力で防御する。


 未の英雄は防御からのカウンターが基本戦術だ。


 「はあああああ!」


 武器に魔力を込めてガードを突き破るべく斧を振り下ろす。


 「【山羊突】」


 「ぐはっ」


 アララトの腹に食い込む英雄の拳。防御も間に合わず突き上げられる。


 「【山羊突進】」


 英雄の額に魔力でできた角が顕現し、アララトに向かって飛躍する。


 「ジャクズレ」


 「分かってますぞ」


 壁、風、自らの防御によって視界から外れた。


 ジャクズレは身体の一部を自ら外してアララトの背中に引っ付いていた。


 「ほう?」


 暴走トラックは急には止まれない。突進も急には止まれない。


 「ゼロ距離ですぞ。【闇弾】」


 増幅させた羊毛も移動の時には無くなっている。防御が疎かな状態で近距離から魔法を顔面に受けてしまう。


 防御は当然間に合わず、地面に向かって叩き落とされる。


 「ぐぬぬ」


 土煙の中立ち上がる英雄にアララトが追撃の一撃を与えるべく落下した。


 「【コットンガード】【アイアンボディ】」


 「何度も同じ手は通じんぞ!」


 鋼の羊毛の中に右手を突っ込む。


 硬い毛に肉が裂かれても止めずに本体の首を掴む事に成功した。


 後は力任せに地面に叩き落とす。


 硬くなった分衝撃は内側に伝わって行く。


 「ぐはっ」


 もしも柔らかい状態だったら問題なかっただろう。


 斧での攻撃が来ると思っていたからこそ起こった選択ミス。


 そもそも素手を中に入れるとは思わなかっただろう。


 「この距離ならば防御は間に合わないだろう」


 「何度も攻撃を受けて、それでいて立つ」


 「こちらだって背負っているんだよ。仲間の信頼を!」


 アララトが繰り出したのは命を刈り取る一撃だった。


 未の英雄。最弱の英雄。


 弱さを自覚し、それでも強くなろうと努力した英雄。


 しかし、他の英雄との力の差はこの瞬間まで埋まる事は無かった。




◆あとがき◆

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