第229話 ローズとアイリス、丑と午
「もう! うちらの相手はこいつらじゃけ!」
「ひん! うちらの相手じゃないやんけ」
「ローズ、こいつらどんな英雄だ?」
「知らん」
英雄には珍しいペア行動で戦う相手がアイリスとローズの敵となっていた。
片方はアイリスのような戦斧を持ち、もう片方は弓矢を持っていた。
ローズが先手を制して血の矢を放つと、矢でそれを正確に撃ち落とす。
しかし、血は自由自在に操れるため落とされてもすぐに復帰して来る。
「もう!」
戦斧を振り上げて血を粉砕し、繋がりが消えた事でただの毒を持った血として地面に落ちる。
「血は本体に繋がっている限り動くじゃけ。根元から破壊するんじゃ」
「ひん。分かったやんけ」
二人は一緒に攻めて来る。一定の距離感を保っているらしい。
ローズは遠距離攻撃をチマチマしながらもアイリスと共に接近する。
「力比べと行くか!」
「もーう!」
「オラッ!」
アイリスと英雄の斧が衝突し停止する。均衡状態になった。
「アイリスと力が互角なのか」
「よそ見やんけ!」
轟速の矢がローズの腹を狙うが回避する。
再生妨害の効果がある矢でも回避すれば問題ない。ローズの場合受けても問題ないが。
それだとアイリスが悲しむと言うもの。
「力強いな。お前はどんな英雄だ」
「もう。うちは
「ひん。うちは
アイリスが距離を取ればローズも一緒に取る。
同じように英雄達も同時に進行して来る。
ローズは弓矢を使うにも関わらず距離を潰す午の英雄に警戒心レベルを上げていた。
「アイリス」
「了解」
アイリスはローズが何をしたいのか察して、正面衝突を行う。
丑の英雄は力が強く、アイリスと互角にパワーで勝負している。
そして矢もアイリスを狙うが、放つ前にローズが午の背後に回っていた。
血を刀にして。
「ひん!」
「ぐっ」
背後に来たローズの気配を一瞬で察知して足を動かす。
馬の後ろにいたらどうなるか、子供でも知っている。
馬の脚力の破壊力は高く、後ろに立った相手を粉砕する。
ローズに後ろ蹴りが炸裂し、蹴られた箇所を中心に粉々になる。
「くっ。警戒心が強い⋯⋯そもそも足技が強い」
ローズが再生しながらアイリスの元へ戻った。
「腕力と脚力か。良いじゃねぇか。相手に取って不足なし」
「面倒なだけだ」
アイリスはローズの力を最大限活かせるように彼女の行動を察しながら戦う。
その時、彼も最大限の力を発揮する。
「もう!」
「もっぺん行くぜ!」
同じように丑の英雄に接近するが、その間に午の英雄が入る。
アイリスに背を向け、強烈な後ろ蹴りを放つ。
「ぐおおおお!」
身体で受けていたらタダでは済まなかっただろう。だが、きちんと斧で防いでいた。
吹き飛んだアイリスに追撃の矢を飛ばす。
後ろの守りが無くなった丑の英雄にローズが肉薄し、血のダガーを振るう。
「もう!」
防ぐ努力はしたが、それでも数太刀入る。
相棒が攻撃を受ければ微かに意識がそっちに向かう。故に午の英雄にアイリスが肉薄していた。
正面からならば後ろ蹴りにも対応できる。振り向く動作があるからだ。
弓矢をメイン武器にしている事からも近距離戦では部が悪い。
しかし、位置関係を改めて考えるとそうでも無い。
丑の英雄と背中合わせに午の英雄が戦っている。
つまり、ローズには後ろ蹴りがノーラグで当てる事ができる。
邪魔が無くなれば大振りの横薙ぎができ、相棒としてタイミングをバッチリ把握している午の英雄が屈んで太刀筋を通す。
いきなり現れた斧に超反応を示すも、防御に向けての力の加え方が間に合わずに吹き飛ぶ結果になった。
「アイリス!」
「た、助かった」
吹き飛んだアイリスを再生したローズが回収。
「血はどうだ?」
「入れたけど、少量過ぎて倒すのは難しかも⋯⋯毒が全身を蝕む前に自分の血が奴の血に馴染む」
「そうか」
「皮が硬くてダガーの攻撃力じゃなかなか斬れ無かった。次は刀でやる」
数ではなく質で勝負するらしい。
ローズがアイリスの首から血を吸い、能力を上昇させる。
アイリスも『鬼王化』を発動させて全力で戦う準備を終える。
「もう。ならばうちらもじゃけ」
「ひん。全力やんけ」
「「【英雄覇気】」」
同じ色のオーラーを放出して、全員が一斉に接近する。
アイリスが丑の英雄と正面から衝突し、ヘイトを集めた頃合にローズが丑の英雄に攻撃を加える。
護るように矢を放ち、後ろ蹴りをアイリスに放つ午の英雄。
「男は気合いじゃ!」
「ひんっ!」
強烈な後ろ蹴りを半歩後ろに下がりながら身で受け捕まえる事に成功した。
動きを制限したらやる事は一つ。
「蜂の巣になれ!」
ローズが大量の血の刃を飛ばした。
こちらもまた護るように丑の英雄が盾となり斧で弾く。
互いにバディを護り信頼する立ち回りの連携を繰り返す。
作戦や行動方法など、言葉での会話は一切なく視線だけで決める。
信頼、信用、絆が無いとできない芸当だ。
「はああああ!」
「もおおおう!」
力ある男は正面から衝突し、頭の回る女は臨機応変に攻撃の対象を変える。
能力での強化もあり、アイリスペアに軍杯が上がる。
ローズ以外の三人が肩を多く揺らしながら激しい呼吸をする。体力を大きく消耗しているのだろう。
体力の消費は力の低下と集中力の低下を招く。
「お前ら、何で龍なんかに手を貸す」
アイリスが回復したい事もあり雑談を挟む事にした。
体力概念が無いローズは動いても良かったが、気になる所があるのだろう。手出しはしなかった。
「そんなの一つじゃけ」
「うちらは人間に戻りたいやんけ」
「人間に戻りたい?」
「もう。龍の長の力があれば、この力も封じて人間に戻れるじゃけ」
「人間に戻って何がしたいんだ?」
アイリスは率直は感想を漏らした。
人間は全員兵器とされた。戻ったところで元の生活が戻る訳では無い。
英雄の今ならば寿命と言う鎖からも解き放たれた状態だ。
全てにおいて人間の方が劣っているのに、二人は人間に戻りたいらしい。
「限りある命だからこそ、尊き価値があるんじゃけ」
「制限ある人生をコイツを全力で歩みたい。悠久の時など不要やんけ。むしろ全力で楽しめない足枷」
「死ぬのは、怖くないのか?」
アイリスが感じた事を口に出す。
限りある命だから尊く、全力で楽しむ事ができる。
しかし、楽しい時間にも終わりが来るように命にも終わりが来る。
いつ来るかも分からない終わり。それは唐突にやって来るだろう。
それだけでは無い。英雄ならば老いる事も病気に苦しむ事も無いだろう。
「もう。怖くないと言えば嘘じゃけ。やけどな、共に老い共に終わる、そして来世で新たな生を謳歌する。不確定要素だろが我らはまた巡り会えると確信してるんじゃけ」
「闇があるから光があるやんけ。同じように、苦があるから楽があるやんけ」
「⋯⋯すげぇな。俺には真似できねぇ」
「アイリス?」
同情を示したアイリスにローズは鋭い視線を向ける。
彼女は喉元まで出かけた本音をさらけ出すかを考える。
きっとアイリスならばすぐに本音を口に出していただろう。だけどローズは違う。
何十回と繰り返される思考。それは訓練所でのアイリスの叫びに対する返事。
「アイ⋯⋯」
「確かにお前らの生き方はすげぇ。俺には真似できん。でも、俺にも俺の生き方がある。俺はこの先永遠に生きようがローズと一緒にいたい。それだけで幸せだ。来世とかそんなんはどうでも良い。ただ、今をローズと大切にしたい。それを永遠に繰り返すだけだ」
「⋯⋯アイリス」
「姉御に叱られたり、姫様やレイ様と訓練したり、皆とバカ騒ぎしたり、時にローズに叱られたり。そんな生活を繰り返す。それが俺の楽だから。どんな苦も全てひっくるめて楽だ」
アイリスが整理した自分の心をさらけ出してから力を出し切るための構えを取った。
ローズもそれを察して集中力を最大限まで高める。
最後の攻撃になると本能で察知したのか、英雄二人も本気の構えを取る。
一泊置いて共に接近。
「二人で次を楽しんでくれや!」
アイリスはそう叫び、飛ばされた後ろ蹴りに向かって刃を叩き付ける。
彼に振り下ろされる戦斧を右腕を犠牲にしながら押し込み軌道を逸らすローズ。
足を分解して血の剣として形成し丑の英雄の首に向けて振るう。
刃の大きい剣ならば深く攻撃は入る。
アイリスの方は後ろ蹴りを突き破り、武器を捨て拳を握った。
「お互い、幸せを掴もうな」
「ひんっ!」
アイリスのパンチを受けるのは人間がプレス機を受けるモノ。
腹を貫き、衝撃で臓物を破壊した。
毒と大量の出血で倒れる丑の英雄と足が砕け内部が破壊された午の英雄は、手を繋いで地に眠った。
「ローズ、俺のこれからの道にはお前が必要だ。ずっと、隣にいて欲しい」
「え、ちょおま。不謹慎だろ。こ、こんなところで、ぷ、プロポーズって⋯⋯」
ローズが困惑し、オドオドとする。
タイミングを逃がしたくなかった、アイリスの先行した気持ち故だろう。
きっと倒れた英雄二人も答えが気になっている事だろう。
そもそもアイリス達が恋人同士にもなってない事実はさておき。
「ローズ、答えが欲しい」
「⋯⋯ッ!」
短い前髪をいじりながら、瞳を何回も左右に揺らす。逃げ道を探るように。
「⋯⋯はぁ」
大きなため息を吐いた後、英雄を持ち上げる。
「この人達を静かで長閑な場所に送り届けよう。きっと喜ぶだろうから」
「あ、ああ」
はぐらかされた、そう考える。
「自分にとってお前は仲間だ」
「うっ」
「でも、それ以上の奴だと思ってる。自分にとって、相当に特別だと感じてる」
「⋯⋯」
「自分はヴァンパイアだ。異常な再生力を持ってる。きっと不老だ。本当に永遠に生きる。⋯⋯だがらお前は、永劫の時を生きる覚悟と永遠の愛を誓え。誓いが破れん限りはお前の事をこの瞳に映そう」
「なんでわざわざそんな回りくどい言い回しをすんだよ。素直に言ってくれ⋯⋯ぐへっ」
丑の英雄を運んでいたアイリスの腹にローズのドリルのように回転したキックが炸裂した。
◆あとがき◆
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