第228話 ナナミと酉

 翼を生やして空を飛ぶ英雄。無垢の英雄と違い翼は天使のようなふわっとした翼では無く、鶏のようなシュッとした感じの翼である。


 純白でもなく淡い白色だ。


 見るからに酉の英雄だと分かるその見た目に対するナナミはいつも通りの無表情を貫いていた。


 「ピー!」


 「うるさっ」


 英雄が甲高い咆哮をあげる。


 その大きさにナナミは堪らず頭の上辺りにある猫耳を折った上で手で抑える。


 それでも完全に音の遮断はできず、咆哮が終わっても耳の中で音が反響している。


 「狙撃」


 英雄はそれをチャンスと捉えたのか、速射による矢を放つ。


 しかし、いくら耳鳴りが起こっていてもナナミの集中力を掻き乱す事はできないのである。


 聴覚を自ら遮断するレベルに集中力を高めて矢を切り弾く。


 「飛行、不可、攻撃、不可、ピー!!」


 ナナミは翼が無いので飛ぶ事はできない。つまり、飛んでいる自分には攻撃できない。


 そう判断した英雄は遠距離から銃弾のように速い矢を放ち続ける。


 ナナミの刀に雷が宿る。


 「【雷電一突】」


 雷が一直線に英雄に伸びるが、それをひらりと回避する。


 反撃の矢を回避して再び遠距離攻撃を放つ。


 「遠距離攻撃、可能、命中率、皆無」


 「⋯⋯なんだろう。凄く腹立つ」


 ナナミは表情を変えて無いが苛立ったらしい。足に雷雲が集まる。


 「【雷雲独歩】」


 空中に足場があるかのように歩き、そして走って接近した。


 空を自由に飛び回れる訳じゃないが、それに近い動きを可能にする。


 「回避」


 「私の攻撃を躱したくば、初動のタイミングを掴まないと無理だよ」


 有言実行するかのように、ナナミの刺突は英雄の肩を貫いた。


 「ピー!」


 高い声を出しても集中力を上げたナナミには通じず、再び刺突が飛ぶ。


 警戒していた分かすり傷で済んだ。


 反撃の一撃として手に持った矢を直接刺すように伸ばす。


 「苦し紛れだね」


 敢えてギリギリで回避してキックを突き出した。


 地に堕ちる英雄。


 「強者」


 「ありがとう」


 「勝率、計算不能」


 「私いつも思うんだよね。運や体調、様々な要因がある戦いで計算された勝率って意味あるのかな?」


 酉の英雄の翼の羽が一枚一枚抜けて行く。


 それが自立飛行型の武器となってナナミに向かって飛行する。


 「地で戦うのは私の得意とするところだよ」


 羽を躱して刺突を飛ばす。


 今度は英雄がそれをギリギリで回避しナナミに背中を見せる。


 テコンドーのような後ろ蹴りがナナミの腹部を捉えた。


 「ぐっ」


 弓を捨てた酉の英雄、羽が防御したナナミを全方向から襲う。


 「【英雄覇気】」


 赤白いオーラを放出してナナミに接近した。


 ナナミの苦手とする超至近距離である。


 「くっ」


 刺突が最大限の効力を発揮するのは腕を伸ばしきったところだ。それが封じられた。


 だからと言ってナナミに対抗できない手が無い訳では無い。


 「えいっ!」


 膝を英雄の顎に向けて電流の如きスピードで上げた。


 「忍耐」


 歯を食いしばり顎で受け止め、顔面に向けて拳を素早く突き出した。


 ジャブのような動きだった。


 「ぐぅ」


 手を間にギリギリで挟んだ事により直接攻撃は避けたが、それでもダメージを受ける。


 「嫁入り前の顔に何かあったらどうしてくれるのよ」


 キリヤ達が聞けば目を飛び出しそうな発言をして、刺突の構えを取る。


 英雄が棒立ちで羽が襲い来る。


 羽の攻撃を考慮せず、電光石火の如きスピードで接近した。


 「【硬質】」


 手が金属のようになり、刺突が最大限の効果を発揮する前に手で止めた。


 否、効果どころか伸ばす事すら許さなかった。


 ナナミの神速の突きは身体の捻りを利用して繰り出している。


 絶対に一旦『引く』予備動作があるのだ。


 「見切られた?」


 ナナミが驚愕するのを他所に英雄は軽くジャンプして三回転する。


 「ッ!」


 「【粉砕】」


 ナナミが今までに見た事の無い綺麗な回転蹴りが横腹を襲う。


 「がはっ」


 骨の折れる音が聞こえ、地球に向かって一直線に吹き飛ばされる。


 羽を戻した英雄がナナミの追撃に向かう。


 「がはっ!」


 再生能力が低いナナミは懐に隠し持っていたポーションを飲んで身体を回復させる。


 とてつもない重力が身体に加わっていたが、それでも身軽に回転して着地してみせた。


 「ふー」


 大きな湖の上を滑るように着地。


 「お、なんだなんだ」

 「猫さんだぁ」

 「ひ、人が落ちて来たぞ!」

 「なんなんだ!」


 多くの人が集まっている場所に飛ばされたらしい。しかも日本である。


 「まずいな」


 「殲滅、開始」


 「させない。【雷獣化】」


 落雷その物になって羽を次々に叩き落として湖に沈める。


 「逃げて。【天雷】!」


 自分自身に落雷を落として電気を確保しつつ、それによって人の心を揺るがす。


 恐怖した人間達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


 「それで良い」


 「殲滅不可、猫人討伐必須」


 「会話ってできるのかな。一応なんで戦うのか聞いてみたいんだよね。人は戦う中で自分の心を技に変えるからさ」


 「殲滅」


 「まぁ無理だよね」


 ボクシングのようなパンチの連続がナナミの顔面を狙って来る。


 先程とは違いそれを全て回避する。


 「【水破】」


 ナナミの首に両腕を回してから引く、倒れる顔。膝を鼻に向けて放つ。


 だが、ナナミは地を蹴って額でその攻撃を受けながら、自分の足を英雄の首に回した。


 ピンチだと判断したのか回避に移る英雄にナナミは踏み込んで距離を潰す。


 刀を捨てて相手の左腕を捕まえて捻り、身体を横向きにジャンプして両足で相手を挟み地面に倒す。


 腕を折るように力を込める。


 「無意味」


 「身体柔らかいなぁ」


 拘束から無理やり脱出してナナミの太ももに向けて蹴りが飛ぶ。


 「ふんっ!」


 刀を鞘から抜いてその攻撃を防ぐ。衝撃が地面を破壊し湖から津波を起こす。


 即座に英雄は次の攻撃に切り替え、顔面にストレートのパンチを伸ばす。


 「そりゃ!」


 ナナミの刺突と同じ原理。


 伸ばし切る前に額で相手のパンチを受け止めて攻撃力を削減する。


 だが、これは二度も通じない。


 次は顎を狙ったアッパーが飛んで来る。


 「とっ」


 バックステップで距離を取れば後ろ蹴りがナナミを襲う。


 防げば骨が砕けるだろう。


 「私は身軽なんだ!」


 「驚愕」


 ジャンプで後ろ蹴りを回避し、刀を地面に刺して支えとして回転蹴りを踵で放つ。


 「防御」


 手の甲で受け止められる。しかし、電気も付属されているので無傷と言う訳には行かなかったらしい。


 あまり魔法攻撃を使わないのはナナミの悪い癖なのかもしれない。技で戦うなら技で対抗したい。


 バチバチとした闘争心。


 「【硬質】」


 「やったるわ」


 拳の連撃が正確にナナミの急所を狙っている。十八番の刺突でそれを防御する。


 「ふぅ」


 埒が明かない膠着状態になったためか、二人とも同時に距離を取る。


 ナナミが刺突を出したところで対応されてしまう。


 予備動作を無くすとスピードが落ち、火力が低下してしまう。


 上げようとすると捻る動作が入る。


 結果的に両方とも対応されてしまうのだ。


 「⋯⋯すぅ」


 身体中に雷撃が駆け巡る。闘争心と共にその電気が増して行く。


 ナナミはただ一言、本音を呟いた。


 「本気で戦いたい」


 その言葉がトリガーとなったのか、月の都で放置されていた雷の龍が所持していた双剣の魔剣がナナミに向かって堕ちる。


 落下の最中に二つの剣は一つの刀となった。


 「ようやく応えてくれた」


 ナナミの武器は特注で作ったモノでペアスライムでは無い。


 だが、両方ともナナミの全力には耐えられない。


 ユリへの対抗心もあり、何回も魔剣を手にしようとしていた。


 全てにおいて門前払い。


 「心変わりしたきっかけは⋯⋯私が本気で戦いたいと本心から思ったからかな?」


 魔剣は答えなかった。


 「ユリは魔剣と会話しているらしいよ。私もしたかったな」


 ユリの場合、魔剣からの指示もあって面倒な事この上無かっただろう。ナナミはそれが少し楽しみだったらしい。


 しかし、会話してくれないならそれまで。


 「全力でやらせて貰うよ。はぁあ」


 極限の集中力まで高める。


 使っている刀を鞘に収めて地面に突き刺し、魔剣を手に取る。


 全身の機能を停止させるべく駆け巡る電流。


 「酉の英雄、私の全力を受けてみて」


 ナナミの身体から青い稲妻が迸る。それは徐々に電気の塊になる。


 「【硬質】【加速】【超加速】【怪力】【鉄壁】【重化】」


 「【神雷の太刀】」


 神速、その言葉が似合う速度だった。


 本人しか認識できない極限の加速と攻撃を命中させる集中力。


 一撃、一突きで酉の英雄を倒した。


 本人が死んだ事を自覚できずに命の灯火を消したのだ。


 「⋯⋯はっ! ゴホゴホ。死ぬかと思った。意識飛ぶなぁ危険危険」


 回復した思考力。立ったまま意識を失った英雄に目を送る。


 「まるでロボットだったな」


 感情が乗っておらず、正確過ぎる攻撃の数々。


 ナナミはそんな英雄をロボットと称した。




◆あとがき◆

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