第227話 ユリと巳

 「シャシャ。きしゃまの相手はわたしゃじゃ」


 「⋯⋯巳の英雄⋯⋯なのか?」


 「しょうじゃ」


 巳の英雄を相手するのは炎の龍の力を宿したユリである。


 口から炎を吐いて剣に宿し、飛行する。


 ミダスと戦って一時間も経過してないが、消費した魔力の半分以上は月の光の効果で回復している。


 ほぼ万全の状態のユリに対して振るわれるのは鞭であった。


 「当たらない!」


 身体に打ち付けられる前に刀で弾く。しかし、弾いたと思ったら鞭は蛇のように刀に巻きついたのだ。


 力強く縛られて離脱が困難になる。


 「わたしゃの鞭からは逃れられない」


 「さて、それはどうでしょうか」


 刀を逆手持ちに切り替える。


 力の加え方を変えれば縛ろうとする鞭のベクトルも変化する。


 変化に移行する時に僅かに生じる微細な力の弱まりを狙って引っこ抜く。


 「なんじゃ?!」


 何が起こったのか理解できない巳の英雄。


 理解させるつもりもないユリは即座に踏み込んだ。


 「くたばれ」


 「こうじゃ!」


 鞭で全身を守るようにして攻撃を弾く。


 鞭は柔らかくしなるが、スピードが速ければ鋼鉄のような防壁となる。


 ユリとて無理やり切り裂く事はできなかったらしい。


 新たな攻撃が来る前にユリが追撃に走る。


 「【炎龍の息吹】」


 口から吐き出すブレスを鞭によって切断。さらに剣での攻撃も防いでみせた。


 ユリの攻撃を鞭一つで防ぐだけでも相当の技術レベルが必要となる。


 だがそれも長くは続かないだろう。


 ユリは憧れたキリヤのような強さを目指していた。器用貧乏なタイプ。


 だが、それによって相手の攻撃に対応できる力を得ている。


 弾かれる時の癖を見抜き、突破口を見出した。


 「はっ!」


 鞭の防御を弾き飛ばして懐に入ると、死角から拳をみぞおちに叩き込まれた。


 「かはっ」


 「龍のないじょうは把握しゅてんるんよ」


 「ごほっ。ま、だが」


 炎を溜め込む場所に拳を叩き込まて潰された。


 しかも、魔法により内部がロープで強く縛られた痛みに襲われる。


 実際に上手く機能させないように縛られている。


 「終わりでしゅ!」


 「二度目なら、問題なしっ!」


 ユリは身体の内部を爆破させた。


 しかし、前回の反省を活かして内蔵を破壊しないで魔法だけを破壊するように力加減もしている。


 詰まった炎も奥から無理やり吐き出す事で詰まりを解消させる。


 「ゴリ押しは好まないけど!」


 相手の攻撃を足裏から炎を出しての急加速で掻い潜り、懐を取った。


 防御も間に合わない英雄に向かってこれまた炎で加速した切り上げを飛ばす。


 「ジャ!」


 攻撃に合わせてバックステップを踏んだようだが、タイミングが若干遅れ袈裟を受ける。


 「【英雄覇気】」


 白いオーラを解き放ち、英雄の全身がぐにゃくにゃと安定しなくなる。


 「変幻じゅじゃいの体じゃ!」


 「ふーん」


 鞭と両腕の攻撃をユリは受け流そうとするが、絡み付く攻撃にそれは困難だった。


 再び武器が奪われる。しかも今度は両腕を使われてだ。


 初見殺しのような最初のやり方は通用しない。


 冷静に分析と解決策を考える余裕はあらず、無慈悲にも襲い来る。


 「くっ」


 身体に一撃を受けてから鞭の打撃を何発も身体で受ける。


 鞭は口で操作している。腕は刀を捕まえているから使えない。


 それだけではなく、片足も攻撃に加わる。


 「ジャジャ! おしゅきる!」


 「⋯⋯ふぅ。舐めるな。【龍鬼化】」


 自分の身体を強化して炎その物になって接近する。


 自由自在の身体はユリも会得しているのだ。


 「なにっ!」


 「【炎の拳】」


 ユリの拳に炎が宿り、火力を上げたパンチが巳の英雄の腹を貫く勢いで衝突する。


 もはや隕石が堕ちたレベルの破壊力で意識が飛ぶ衝撃を受けて吹き飛ぶ。


 手から離れた魔剣を回収して、ユリはゆっくりと近づく。


 「ごふっ」


 先程のパンチは柔らかい身体にも強い衝撃を与えたらしい。


 口から大量の血を吐き出していた。


 「一応問おうか。なぜ龍に加担する」


 「⋯⋯聞いてどうしゅる?」


 「どうもしない。ただ気になるだけだ。英雄にも自分の考えを持っている奴がいる。信念があって戦っている。⋯⋯それを知らずに倒すのは、気が引けるだけだ」


 「⋯⋯良いじゃろう」


 巳の英雄は最初からユリに勝てない事に気づいていた。


 龍には逆立ちしたって英雄は勝てない。そのくらいの化け物なのだ。


 龍の力を手に入れて鬼の力までも合わせたユリに勝てる通りは無い。


 元々の鬼の力が希薄だったため、あまり鬼の力は使えてない事実は英雄は知らない。


 巳の英雄はどうして龍と共に新たな世界を手に入れようとしたのか語り出した。


 巳の英雄には友達と呼べる動物の蛇が一匹いた。それは唯一の友達。


 身分の高い家で産まれ、自由とは程遠い生活をしていた。


 身分に合う友人を両親に選ばれ、立ち振る舞いや生活瞬間も強制される。それは友達と言えるだろうか。


 その分、学力などは備わったが反対に本心から楽しむと言う心が欠如して行った。


 外で遊ぶ同年代の人達が羨ましいと思う人生。


 裕福で衣食住にも困らない贅沢な暮らし。庶民から見れば羨ましい生活だったろう。


 だが、自由を謳歌できない人は自由な人がとても羨ましいのだ。


 巳の英雄は庶民を見下す心は持たず、ただ羨ましいと思うだけだった。


 高貴な身分と立場を弁えている。自分にあり相手に無いもの、その逆もしっかりと分かっていた。


 英雄はそれでも、小さな子供らしい普通の夢を持っていた。それは本音を話せる友達を持つ事。


 それが庭で拾った小さな蛇だったのだ。


 蛇を飼い心を通わせた。数年すれば体長十メートルを超えたが友達だった。


 ⋯⋯しかし、初代魔王討伐時期になり人間全員の兵器化が行われた。


 自我を保ったまま英雄となった巳の英雄は永劫の時を生きる事になり、友達の巳は寿命を迎える。


 だが、寿命を迎える前に魔族との戦争で命を落としてしまった。


 共に戦い本音で話し合える友達を。人生で初めてできた唯一の心の支えで友達を、失ったのだ。


 長い年月の悲しみの末、世界を再生できたら生き返らせてあげると言う提案を龍のトップから持ち出された。


 藁にもすがる思いで英雄は承諾し、再生は不可能なので侵略作戦に出た。


 「今じゃ友の名前も思いだじぇない。じゃけど、また友達に戻りたいんじゃ」


 「だから世界侵略に加担しているのか。私達を殲滅しに来たのか」


 「そうじゃ。じょっちは悪い事なんもじゅとらん。⋯⋯じゅまんなぁ」


 「⋯⋯同情して生かしておく選択肢もこっちにはある。わざわざ敵意の無い者を殺す必要も無いからな」


 巳の英雄は立ち上がり、シュルシュルと下半身が蛇のような動きを見せて距離を取った。


 「戦うと決めた。じゃから、じゃいごまで戦う!」


 「ならば良し、友の元へ最期まで勇敢に戦った戦士として送り届けてやろう」


 巳の英雄の鞭がユリに襲いかかる。既に何回も見た攻撃に刃を通す。


 鞭は本来の操縦者の意図しない動きを見せる。


 まるで刀に従うように移動して絡み合ったのだ。


 「じゃんだと!」


 鞭の攻撃を受け流してベクトルを捻じ曲げて自分の思うがままに動かす。


 相手の攻撃を奪ったと言っても過言では無い。


 「一瀉千里」


 炎を大量に放出して音速に到達、ソニックブームでクレーターを作りながら突き進む。


 前に進む音速のスピードを全て刀に乗せる。


 スピードだけじゃない。一撃で葬り友と再会する願いを乗せた。


 スピードをパワーに変えて一閃、英雄は防御も回避もできない一撃だった。


 【龍鬼化】を解除して、英雄に近づいた。


 「安らかに眠るが良い。闇を照らすこの場で眠れるのだ。お前の明日はこの月より明るい」


 「⋯⋯ありがとうじゃ」


 力尽きた英雄はゆっくりと前に倒れて行く。


 「おっと」


 ユリがそれを支えて、仰向けで地面に倒す。


 「お前が向くのは下じゃない。上だ。明日に向けて、良い夢を見ろ」


 ユリが最後にかけた、優しい言葉だった。




◆あとがき◆

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